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第12話 忙しない朝の忙しない会話

「う、うーん……?」


 ピピピッなんて機械っぽい音が、ぼんやりとする俺の頭に響いた。

 確かパポスをテーブルに置いていたな。これはたぶんアラーム音に違いない。


 そう確信し、俺は渋々と布団から手を出す。

 指先がパポスに触れるも、途端に音が遠ざかっていった。


 どうやら触って落下させたみたいだな。ちくせう、面倒くせえ。


「……あーもう!」


 俺は痺れを切らして起き上がった。周囲はまだ薄暗く、目を凝らさないと手元も見えない。

 あれか? 俺はそれっぽいものへ手を伸ばし――。


「ぐはっ!? ……いってええぇぇえええっ!!」


 重力に従ってベッドから落ちた。そのせいで顔を思いっきり打ちつけてしまう。


「鼻がぁ! 鼻がぁぁあああああっ!!」


 バルスと言いそうなアニメの如く顔を押さえる俺。

 別にふざけてやっている訳じゃない。本気で痛いせいだ。


「うるさい……!」


 なんて悶絶していたら電気が点けられた。

 こんな朝早くから奇声を上げてるんだから、怒られるのも仕方ない。


 だからと言って、はいわかりました。と痛みが治まってくれることもなく。


「いや、だって! 鼻っ! 鼻がっ!」

「もうちょっと声を抑えてくれない……? 寝れなくてめんどくさいんだけど……」

「うーんっ! ふう……おはよう二人とも。今日もいい朝だね」


 と、もう一人のルームメイトも騒ぎに気付いて目を覚ました。


 俺らが今いるのは、三人一組の相部屋となっている寮の一室だ。

 まずは入寮したばかりの俺。二人目は昨日のドタバタで知り合った友明。

 そして、三人目は野々宮拓哉(ののみやたくや)って男子だ。


 野々宮は少しネガティブな性格をしている。

 全体的に髪の毛が長く、中性的な顔立ちなのが特徴だ。

 髪が暗い紺色なのもあって、なんだか少し根暗っぽくも見えてしまう。


 ちなみに同室になってから、すでに野々宮から二十三回の「めんどくさい」という言葉を聞いた。

 さっきのも含めると二十四回に更新したところだ。


「って、そろそろ音を止めようよ駿くん」

「あ! おっと、すまない!」


 俺は鼻を擦りながら、床に放置されていたパポスを手に取る。それからアラーム機能を停止させた。


「申し訳ない。いきなり同室の相手に迷惑かけるとは面目(めんぼく)ないぜ……」

「そう思うなら明日からはしないで欲しい……」


 野々宮が眠たげに目を擦りながら抗議してきた。


「野々宮くん、それはもしかしてフリ?」

「違う……!」


 なんて悪戯っぽく聞く友明に、野々宮は眉間にシワを寄せて睨み返した。


「もう、寝起きの野々宮くんには冗談通じないなぁ」

「……まったく。おれはこれから二度寝するから、今からは静かにしてよ……」


 と言うが早いか、野々宮は速攻でベッドに倒れ込んだ。


「いやいや、さすがに起きないと朝飯食えないんじゃないのか?」

「……めんどくさい」


 二十五回目。俺の言葉に、野々宮は渋々といった感じで起き上がった。




 昨日、寮に戻った俺と友明は、すぐさま他の生徒たちに囲まれてしまった。

 それを寮の管理人である新土先生が介入して一蹴(いっしゅう)。即解散させられていた。

 カバンも新土先生が預かってたみたいで、それを受け取った俺は、同室の友明に部屋へと案内されたって訳だ。


 以上が自室に着くまでの話。

 これは余談なんだが、寮のエントランスは元の状態に直っていた。


 帽子も修繕したものを新土先生から渡される。

 だが、帽子のつばには請求書が貼り付いていた。なので、俺はそれを無言で剥がし、ごみ箱にダストシュートを決めたのは言うまでもない。




 それはさておき、今日は一学期の初日だ。

 俺にとって、星燐学園の生徒として過ごす初日であり、歌恋と再会した翌日でもある。


 朝食を食べるために制服へと着替える俺たち。壁に設置された鏡を使って、俺は自分の姿を確認する。


 あー……新品特有の着せられてる感があるなぁ。


 ブレザータイプの制服だが、見た感じ(あか)抜けない新入生と大差ない気がする。


「駿くんの制服姿、似合ってるね」


 そんなことを考えていたら、同じく制服を着終わった友明が話しかけてきた。


「そうか? なんか、個人的には着せられてる感があるんだが……」


 体を捻ってもう一度確認する。けど、俺の感想が変わることはなかった。


「そんなことないって。スマートで大人な雰囲気があるよ」

「そう言われると照れるぜ。まあ、個人的にはお前の方が似合ってると思うがな」

「もう、褒めても何も出ないよー?」


 そう言っておきながら、友明は「アメちゃんあげるね」とポケットから出した(あめ)を渡してきた。

 俺は礼を言って受け取り、飴を口に放り込む。


「うーん……」


 着替え終わってヒマだから、飴を舐めながら野々宮を見た。しっかし、制服よりも顔に視線がいくな。


 野々宮は、さっきまで目元を隠していた前髪をヘアピンで止めていた。

 後頭部の髪はヘアゴムで縛っていて、遠目から見ると女性と間違えそうだ。


 そんな感想を抱きながら見ていると、気付いた野々宮が振り返る。


「……何? えっと、もりすみ君だっけ……?」

「もりずみだ。いやなんか、昨日も見たからアレなんだが、やっぱり雰囲気変わるもんだな。髪型一つで」

「あ、うん。寝るときは下ろしてるけど、外だと髪で顔が隠れてるの、あらとが指摘してくるから……」


 目元がハッキリと見えるだけで、野々宮の印象はかなり変わる。

 切れ長な吊り目なんだが、ダウナーな雰囲気の野々宮にはちょっと合わない。


「野々宮くんは低血圧のせいで遅刻が多いんだよ。新土先生が寮の施錠をするんだけど、野々宮くんのせいで遅くなったりしてさ」

「なるほどな。その上で頭髪にも問題あったら、あの先生に目を付けられるわな」


 俺の言葉に拓哉が眠たそうに頷く。


「あらとは怒ると怖い……」

「なんだかんだ言って、あの先生はツンデレなだけなんだけどねー」


 新土先生のことを思い浮かべたのか、友明がクスクスと笑う。


「っと、野々宮くんも着替え終わったことだし、食堂に行こうか?」

「うん……」

「そうだな。腹が減ったぜ」


 こうして俺たちは、一階にある食堂へと移動した。




「Oh! とてもデカイここはパーティ会場か何かなのかいっ!? どうだい友明? 一曲ダンスでもいかが?」

生憎(あいにく)と僕の相手は愛ちゃんって決まってるから断るよ。というか、昨夜も来たでしょ?」

「わかってるっての。何かギャグの一つくらい混ぜないとやってられないんだよ。てかリア充爆発しろ」

「この学園は色々とスケールが大きいから、もりずみ君の気持ちは分かる……」


 パーティ会場って例えだが、あながち間違っていない。

 食堂とは言っているが、実際はホテルにあるバイキングタイプのレストランだ。好きなものをそれぞれ取る形式の奴。

 寮生が多いから当たり前なんだが、かなりでかい。


 億劫になってくる。昨日で色々慣れたつもりだったが、順応するにはまだ時間がかかりそうだ。


「もういいや。朝っぱらから驚くのにも疲れてくる。さっさと席を確保しようぜ」

「もりずみ君に賛成……」


 俺たちは入り口付近に設置してあるトレーを持ち、欲しい食べ物を探して回った。


「くふっ! ……やばい。昨夜のことを思い出した」


 そんな中、食べ物を見繕っていた友明が急に噴き出した。


「忘れろ」


 そんな俺が言えるのは一言だけだ。言うな。


「……? 何かあった……?」

「晩御飯のときは、野々宮くんは近くにいなかったっけ?」

「まだもりずみ君とは顔合わせただけだったから、一人で食べてた……」


 そういえば、野々宮は別行動だったな。一人で食っていたのか。


「えっとね。駿くんが昨日の昼、サンドイッチ一品だけじゃ足りなかったみたいでさー」

「昼ご飯がサンドイッチ一品って……。さすがにもりずみ君みたいな体系の男子が、それ一つだけって少なくない……?」

「そうなんだけどさ。僕は問題なかったんだけど、なんか駿くんは我慢してたみたいでね」

「仕方ないだろ。買いに行けなかったんだから……」


 歌恋が寝てたときから腹が減っていたが、俺は間食をせずに夕飯まで我慢していた。

 下手に間食を取ると、夜中に腹が減ったりするからだ。


「で、相当お腹が相当が空いていたみたいでね……ふふっ! 手当たり次第にバイキングのメニューを端から順に皿に乗せていった訳」

「……え? えっと、食べ切れなかったとか……?」

「いやいや、逆に全部食べたの! 大食い選手権のメンバーかってくらい!」

「……えー」


 トレーに好きな物を乗せていきながら、友明が楽しそうに話す。

 俺は会話に加わりたくなくて無言で食べ物を見繕い続ける。


「そうしたらさ、周りにいた人たちが先輩後輩関係なく拍手喝采(はくしゅかっさい)! 称賛の嵐! 更には新土先生が突然割って入ってきたかと思ったら、いきなり駿くんの腕を持ち上げて勝利者宣言するの! 僕なんかツボにはまっ、ちゃって、大っ爆笑でね……っ!」


 堪え切れずに笑い出す友明。俺の方は思い出して恥ずかしいんだが。


「うわー……なんか騒がしいところがあるとは思ってたけど、そんなめんどくさいことに……」

「あーもう! 頼む! 恥ずかしいからやめてくれ友明!」

「っはー! いいもの見させてもらいましたよー!」


 余は満足じゃ! と言わんばかりの笑顔を浮かべる友明。

 この野郎、あとで覚えてろよ。


「さーて、席も確保したし食べよっか」

「俺氏、いきなり食欲を失った件について」


 席は無事に確保したものの、俺は本気でげんなりしていた。そんな俺に友明は。


「なんで? ちゃんと食べないと、昼までおなかがもたないよ?」

「……おおば君って、たまにドSって言われない?」

「えー? またまたぁ、ご冗談をー」

「そのセリフ、そっくりそのままお前に返す!」


 バカ話をしていても空腹感が増す。

 そんな俺たちは話を切り上げ、食事を取り始めた。




 豪勢な食事に舌鼓(したづつみ)を打つ。そんな中で友明が話を振ってきた。


「そういえば、駿くんは寮の構造は覚えられた?」

「ん? あー……造り自体はなんとなくな。他の階層に知り合いがいる訳じゃないから、現状は自室と娯楽ルーム。あとは、トイレと浴場が把握出来れば問題なさそうだ」

「うん。それだけ覚えば大丈夫だと思うよ。なんだかんだで、寮にもいろんな場所があるからねー」


 そんなとき、俺たちのやり取りを聞いていた野々宮が口を挟んだ。


「まあ、部屋から出なくても問題ないし、平気……」

「は? いやいや、さすがそれはないだろ。野々宮も部屋から出ないと困らないか?」

「え……? 困る……?」

「ん? いや待て。なんでそんな信じられないみたいな顔するんだよ!?」


 俺は思わずツッコミを入れた。


「トイレは部屋にないんだから、廊下に出る必要があるだろ?」

「それは行くでしょ……」


 ……あれ? たった数秒で矛盾に直面したぞ。

 自分の発言がおかしかったのか? と一連の流れを思い返す俺。


「駿くん」

「ん?」

「知ってると思うけど、昨日までこの学園は春休みだったでしょ?」

「まあ、そりゃあな。今日から一学期だし」


 何を当たり前のことを言ってるんだ?


「その休みの間、野々宮くんが私用で部屋から出た回数は片手に収まるから」

「え? そ、それはトイレとか食事、風呂を除いた数か?」

「イエス、オフコース」

「……野々宮」


 さすがにそれはないだろ。

 俺に名前を呼ばれた野々宮は、顔を手で隠しながら目を逸らした。


「……し、死なないし」

「お前、春休みが何日あったと思ってるんだよ!?」

「……死ぬ訳じゃない」

「完全に出不精(でぶしょう)のヒッキーじゃねえか」


 常識的に考えてもさすがにおかしい。俺は呆れて頭を掻いた。


「ほら、駿くんだってこう言ってるよ」

「……でも、おれは無事に新学期を迎えた」

「それは野々宮くんが欲しいものがあると、ジュース買ってきてーとか、お菓子買ってきてーとか言って、僕を使いっ走りにしたからでしょ」

「それは……否定しない!」

「否定しないのかよ!?」


 決め顔をしておいて指摘を否定しない野々宮。

 俺はまたツッコミを入れていた。なんかツッコミ役が板についてきたなぁ。


「むぅ……二対一で責めてくるのは卑怯……おれ悪くないもん……」


 可愛く言ったつもりだろうが、野郎がそんなことしても心に響かねえっての。


 そんな他愛のない会話をしながら、俺たちは朝食を済ませるのだった。

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