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明け方、階段を降りる音を聞いて、ザントは目を覚ました。
目の前で、ナオはすやすやと寝ている。
と言うことは、足音の主は自ずと判明する。
(寝坊するんじゃなかったか・・・?)
グエンがこの時間に起きるのは通常運転である。
(まあいいか。起きてるならさっさとナオのこと話さねぇと)
あの2人組がこの村に来るまでの時間は短いはずだ。
ナオを起こそうと、肩を軽く揺するが全く起きそうにない。
「ナオ?おい、起きろ」
声をかけても、「むにゃ・・・」と言うだけで、目覚める気配はない。
仕方がない。昨夜(厳密に言えば今日)、ナオがあまりに可愛く反応するので、初心者だと分かっていたのに大分無理をさせた。気がする。
その後も、ザントの話を聞きたいと、頑張って起きていた。
長い話ではなかったが、後日にすればよかっただろうか。
そっとナオの隣を離れる。
感じていた体温がなくなり、ひどく寒く感じる。
まだ何も着ていないナオが寒くないように、布団をしっかりかけ、脱ぎ散らかした服を着て、ザントは階下に向かった。
「早いなジジイ」
「おはようザント。なぁに、いつも通りじゃが?」
声をかけてから、ザントはしまったと思う。ナオが眠り薬を飲ませたことを、グエンは知らないのだ。
内心慌てるが、グエンは気にせず朝食の支度にかかる。
「ジジイ、話がある」
「なんじゃ?ナオがオッディスという話か?」
「・・・!なんで、それを!?」
驚きを隠せないザントに、グエンは「まだまだじゃのう」と呆れながら言う。
「ナオが初めてここに来た日。目覚めたときにそばにいたのは誰じゃ。まさかオッディスだと思っとらんからのう。目を開けたのが分かるように、前髪をよけておったのじゃが・・・」
「初日から知ってたのかよ!なんで言わねぇんだ!」
「わしから言っても意味がなかろう。本人の問題じゃ」
卵を焼きながら話すグエンはどこまでも淡々としていた。
「それで?追っ手でも来たか?」
「何でもお見通しかよ。・・・昨日、男が2人来た。とりあえず違う村を教えといた」
「とすると、2、3日で来るかのう。どうれ、作戦でも練るか。とりあえず本人がいないことにはな」
「ああ、起こしてくる」
2階に向かいかけたザントを、グエンが呼び止める。
「ザント」
「あぁ?」
「何事も程々じゃ」
「何について言ってんだよ!」
「別に。人生なんでもじゃよ」
そう言って朝食作りに戻るグエンを、ザントは睨みつけたが、まったく気にしていないようだ。
ガンガンと必要以上の音を立てて階段に八つ当たりしながら上り、ナオの部屋に向かう。
(もしかして、昨夜あったこと、全部知ってんのか?いや、まさか・・・)
直接聞くこともできず、悶々とした気持ちを抱えてナオの部屋まで来ると、中から声がした。
「おい、開けるぞ?」
声をかけてから扉を開けると、腕の中にシーツにくるまったままのナオが飛び込んできた。
ひっくひっくとしゃくりあげて泣いている。
「おい!どうした?具合でも悪いのか?」
慌ててザントが言うと、ナオはきっとザントを睨んだ。
「ひ、ひと、り、で、いなく、ならないでって・・・ひくっ、言ったのに・・・」
「いなく・・・いや、下に行ってたんだが」
「急にいなくなっちゃ、ダメなんです!ザントさんのバカー!!」
ナオはぽかぽかと、ザントの胸を叩いた。
正直、ザントは驚いた。今までのナオと違う。
いつもは、そう、笑っていてもどこか張りつめていて、こんなに感情を爆発させることはなかった。
(こっちが素なんだろうな)
ザントは思いながら、ナオを抱きしめ、頭をなでる。
「悪かった。早くジジイに話して、手立てを考えようと思ったんだ。声をかけても、お前が起きねぇから・・・その、夜、無理させちまったし、もう少し寝かしとこうと思って・・・」
我ながら言い訳がましいと思いながらも、今は謝るしかないと思う。
起きて、いるはずの人がいないことは、ナオにとってとても大きな恐怖だったのだろう。
「ナオ、大丈夫だから。な?見えないところに行って、本当に悪かった」
次第にしゃくりあげる声が小さくなっていく。少しは落ち着いたのだろうか。
「っくしゅん!」
代わりにくしゃみが出た。
「ほら、早く服着ろ。風邪引くぞ」
服と言われて、いまだ裸だったことにようやく気付いたらしい。
ナオは、みるみる顔が赤くなった。
「部屋、出ていってください!」
「何を今更。もう全部見たから気にすんな」
「気にします!いいから早く!」
ぐいぐい背中を押され、ザントは部屋から追い出された。
ようやく元気が出てきたナオにホッとしつつも、少し、いやかなり残念な気分になる。
(とりあえず、厄介事を片付けねぇと・・・)
自分の欲望はいったんわきに置いておき、目の前のことに集中する。
どうやって奴らの目を欺くか。
本当にどうしようもなくならない限りは、死を選ぶことはしたくない。
それは、ナオも同じはずだ。
何より、ナオには生きていてほしい。そのためにどうするか。
服を着たナオが、ドアから気まずげにそうっと出てきた。
いつものように、前髪が下り、その奥に秘められた目は見えない。
ザントが差し出した手を、ナオが遠慮がちに取る。
「ザントさん、その、すみませんでした」
「何が?」
「起きたらいなかったくらいで、取り乱して・・・」
「謝るなよ。俺が悪かった。次は気をつける」
手を引っ張って、進むように促す。
階下で待っているであろうグエンのもとに、2人で向かった。




