02
「先輩って、得意な教科とかあります?」
「数学」
「あー、なんかイメージ通りだな」
ミステリーを理系脳で楽しんでいそうなイメージがある。賢くて冷静だという噂で判断した先輩の性格にぴったり。
「イメージ、な」
「俺は現代文が得意ですね」
「理系クラスじゃないのか」
「よく知ってますね。理系科目もできますけど、一番っていったら現代文かなあって感じで」
よく知ってますね、というのは本当に何気ない台詞だったのに、ものすごく表情を曇らせてしまった。失敗したな、と素直に思う。この人の機嫌をとるのは大変だ。
他人に振り回されてきたことが原因の警戒心が、頑なさに繋がっているんだろうけど、気難しい人に映って損をしていそうだ。誤解を受けて、更に振り回されそう。無難にやり過ごす方がよっぽど、敵を作らなくて楽なのに、この人はきっと嘘がつけないんだろう。
「よくわからんやつだな」
「理系クラスの方が女子少ないでしょ」
「不純だな」
「女子が多いから文系選択するよりマシでしょ」
実際、女子の多さで選択をした馬鹿は、世界史と古典に苦しめられていた。本当に情けない話だ。
「だったら男子校に行けばよかっただろ」
「この辺あんまり良い男子校なくないですか? あと、妹と同じ学校通いたかったし」
「妹がいるのか」
「ええ、可愛い妹がひとり」
自分にとっての自慢の妹、この人と話したい理由の一つにそれも含まれていた。下手な男子に関わると、妹を紹介しろとしつこくされるから。
「そうか。家族が大事なのは良いことだな」
「本当にそう思います?」
言ってから、後悔した。この人の家の噂を知らないわけじゃなかったのに。
「なんか聞いてるのか」
「聞いてますけど、今のは先輩の話のつもりで言ってないです。俺は、両親が大嫌いなだけで」
「フォローはいい。どの噂を聞いたか知らんが、事実のものもある」
「そうですか。でもフォローとかじゃなく、事実ですよ。両親が大嫌いなのは」
「俺の話は気にならないと?」
先輩の噂。父親と上手くいってないだとか、母親が出て行った原因は先輩にあるだとか。くだらない噂。それが事実だろうと虚実だろうとどうでもいい。家族の問題は、家族にしか関係がないことだ。
「そんなに? 俺も親の話はしたくないですしね」
「そうなのか」
「ええ、しばらく顔も見てないので話すネタもないですけどね」
そう言って笑えば、先輩は顔を顰めて本を閉じて机に置いた。
「お前ん家の方が大変そうだな」
「大変なことを単純には比べられないでしょう。どっちがとかないですよ。結局主観ですし。俺は妹と二人きりの生活結構気に入ってますけどね」
大変も、苦しいも全部、他人と比べるものじゃない。自分がどう思うかは人それぞれだ。同じことが違う人間に起こった時に、同じような感情を抱くとは限らない。
「……お前本当に俺のこと好きなのか?」
「そんなことを聞かれるとは意外ですね」
「俺だって聞きたくて聞いてるわけじゃ」
「他の人と違い過ぎるって?」
そう聞けば、先輩は不貞腐れたような表情を浮かべる。この人は存外に表情豊かだ。いつもぶっきらぼうなイメージがあったから。これは嬉しい誤算ってやつかな。この人の隣がもっと心地よくなってしまう。
「先輩、最初に言ったじゃないですか。好かれたいわけじゃないって。俺は他の人と同じように、追い払われて無関心になられる方が嫌なんですよ」
「だから媚は売らないってか」
「そういうことです」
媚を売ってもこの人はおちないだろうし、俺もおとそうと思ってない。だから、やる意味がまったくない。
「本当、よくわからんやつだな」
「興味わきました?」
「……少しだけ」
「それは良かったです。少しでも興味がわいている方が会話も楽しめるでしょう?」
「まあ、そうかもな」
そう言って立ち上がる先輩の後を追って部屋を出る。その瞬間から、俺たちは会話もしない顔見知りになる。




