見てはいけなかったもの
扉の奥は暗闇というよりも「光の定義が曖昧な空間」とでも呼ぶべき異様な広がりを持っており、そこには床も天井も壁も明確には存在していないにもかかわらず、確かに足を踏み出せる“感触”だけが成立しているという矛盾した現実が広がっていた。
「……これ、ゲームっていうより別の空間だな」
サクはそう呟きながらも特に足を止めることなく一歩を踏み出し、その瞬間に視界の奥で何かがわずかに“こちらを見た”ような気配が走ったが、それが敵意なのか観測なのかすら判断できないまま、空間全体がゆっくりと呼吸するように揺らぎ始めた。
次の瞬間、音が消えた。
いや、正確には音という概念が一時的に剥がれ落ちたような静寂が訪れ、先ほどまで聞こえていたはずの足音や環境音がすべて存在しないものとして処理されたかのように完全に消失しており、代わりに“直接頭の中に響くような感覚”だけが残されていた。
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【Unknown Entity Detected】
観測開始
対象:未分類存在
状態:不安定
危険度:判定不能
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「またこれか」
サクは眉を少し上げるだけで特に焦る様子もなく、その表示をただのシステム演出の延長として受け取ろうとしていたが、その認識は次の瞬間にゆっくりと裏切られることになる。
空間の中心に、何かが“立ち上がった”。
それは形を持っているようでいて持っておらず、輪郭を見ようとすると視界が拒否反応を起こすように揺らぎ、認識しようとした瞬間に別の形へと変質してしまうため、脳が「存在」として固定することを拒んでいるかのような異様な存在だった。
「えっと……これ、敵?」
サクは少しだけ首をかしげる。
だがその問いに対する答えは返ってこない。
代わりに“それ”は動いた。
攻撃でも接近でもなく、ただ「情報を投げつける」という形で。
視界が一瞬だけ白く歪む。
そこに浮かんだのは文字でも映像でもなく、“意味だけが直接流れ込んでくる感覚”だった。
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【■■■■は観測を継続している】
【この領域は既に一度消失している】
【再構築は許可されていない】
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「消失?」
サクはその単語だけを拾い上げるように呟く。
だが意味は繋がらない。
この場所が何なのか、そもそも何が消えたのか、それを理解するための前提が足りていない。
そのとき、サクの視界の端にひとつの違和感が浮かぶ。
先ほど獲得したはずの“文字化けした称号”が、わずかに形を変えていた。
《■■■■■■》
その一部が、ほんの一瞬だけ。
“読めそうになった”。
「……ん?」
サクは初めて少しだけ真剣にその表示を見る。
だが次の瞬間、まるでそれを拒否するかのように文字列は再び崩れ、完全なノイズへと戻ってしまう。
空間の中心にいる“それ”が、ゆっくりとサクへ向き直る。
攻撃の構えでも敵意でもない。
ただ、確認するように。
観測するように。
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【観測対象に“干渉要素”を確認】
【記録対象を更新】
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「干渉?」
サクは軽く肩をすくめる。
「俺、そんな大したことしてないと思うんだけどな」
その瞬間だった。
空間全体が一度だけ大きく脈動し、“それ”の輪郭がほんの一瞬だけ明確になった。
そこには確かに“何か”が存在していた。
だがそれを認識した瞬間、サクの視界は強制的に遺跡の入口へと引き戻されるように歪み、次の瞬間には元の通路に立っていた。
「……戻された?」
サクは周囲を見回す。
さっきまでの異様な空間は消えており、目の前には再び現実的な石造りの通路と青白い結晶の灯りだけが広がっていた。
だがひとつだけ違う。
視界の端に、新しい通知が残っていた。
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【System Notice】
一時的観測ログを取得しました
“未登録干渉因子”を記録
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「未登録干渉……?」
サクはその言葉を軽く復唱する。
意味は分からない。
だが、なぜか先ほどよりも少しだけ、この世界が“自分を見ていた”ような感覚だけが残っていた。
そしてサクは、特に深く考えることもなく歩き出す。
「まあ、変なイベントだったな」
その程度の認識だった。
だがその瞬間、遺跡の奥深くでは確かに何かが変わっていた。
世界のどこにも記録されていない“何か”が、初めて観測され、そして観測した側とされた側の境界が、わずかに揺らいだのだった。




