沈黙の神殿 後編
短くてすみません。。きりがよくて、、
七つの窪みを後にしたサクは、そのまま神殿のさらに奥へと歩みを進める。
回廊は先ほどまでと変わらぬ静けさを保っているはずなのに、進むほど空気はわずかに重みを増し、冷たいわけでも暖かいわけでもない、ただ長い年月だけが積み重なった場所特有の匂いが鼻先を掠めるようになっていくと、その感覚だけで自然と歩幅は小さくなり、何かを警戒しているというよりは、美術館や遺跡へ足を踏み入れた時のように「壊してはいけない」という意識が先に立ってしまう。
やがて回廊は緩やかに左へ折れ、その先に今までより一回り小さな部屋が姿を現した。
祭壇のような豪華さはない。
柱もない。
ただ四角い石室の中央へ、一脚の机と、その奥へ並ぶ幾つもの棚だけが静かに残されている。
書庫。
そう呼ぶには蔵書が少なすぎる。
棚へ並んでいるのは本ではなく、石板や金属板、木片に似た板状の物ばかりで、そのどれもが規則正しく収められたまま埃一つ被っておらず、まるで昨日まで誰かが整理していたかのような整然とした光景が広がっていた。
「おお……」
サクは思わず声を漏らす。
こういう場所は好きだ。
戦利品があるかもしれないという期待ももちろんあるが、それ以上に「この世界の暮らし」が感じられる場所を見つけることの方が何倍も嬉しい。
棚へ近付き、一枚の石板を手に取る。
思っていたより軽い。
表面には細かな文字がびっしりと刻まれているが、当然読めない。
システム翻訳も働かない。
それでも所々へ描かれた挿絵だけは理解できた。
大樹。
七つの光。
それを囲む人々。
そして、その下には何本もの道が枝分かれするような地図らしきもの。
「設定資料集みたいなもんかな」
そんな感想を口にしながら別の棚を見る。
そこには拳大ほどの透明な結晶が整然と並んでいた。
一つ一つ色が違う。
赤。
青。
緑。
白。
黒。
そして、一番奥だけが空になっていた。
「持っていったのかな」
軽く首を傾げる。
インベントリへ入るか試してみると、白い結晶だけが静かに光り、小さなログが表示された。
⸻
《名称不明》
分類:不明
説明:
記録媒体
⸻
「記録媒体?」
ゲームでは珍しくない。
イベントアイテムだろう。
容量もほとんど使わないため、とりあえずインベントリへしまう。
それだけだった。
しかし結晶が消えた棚には、小さく窪んでいた台座がゆっくりと元の高さへ戻り、その内部で長く停止していた歯車が、ごく小さな音を立てて一つだけ回転する。
神殿のどこか遠くで、石が擦れるような微かな音が響いた。
サクは気付かない。
「どっか開いた?」
それくらいにしか思わず、音のした方向へ歩き出す。
石室の奥。
壁だったはずの場所に、人一人が通れるほどの細い隙間が生まれていた。
「隠し部屋じゃん」
探索好きとしては見逃せない。
しゃがみながら中へ入る。
部屋というより、小さな保管庫だった。
棚も机もない。
中央へ石箱が一つ置かれているだけ。
蓋は半分だけ開いたまま止まり、中には何も入っていない。
空だった。
だが、その底だけに、小さな金属片が落ちている。
親指ほどの大きさ。
円形。
中央には穴。
まるで何かへ取り付ける部品のようにも見える。
拾い上げる。
⸻
《古びた輪片》
品質:???
説明:
欠けた円環の一部。
⸻
「また説明少ないな」
苦笑しながらポケットへ放り込む。
その瞬間だった。
部屋全体の空気が、一瞬だけ震えた。
音ではない。
光でもない。
誰かが静かに息を呑んだような、本当に僅かな気配だけが保管庫を満たし、すぐに元へ戻ってしまう。
そして、その出来事はサクではなく、この神殿だけが理解していた。
⸻
《巡歴神殿》
保管記録を更新
継承候補との接触を確認
認証段階を変更します
第一観測対象
↓
第一継承候補
⸻
ログは誰にも表示されない。
光も漏れない。
神殿そのものが、静かに記録を書き換えただけだった。
サクは最後にもう一度だけ保管庫を見回し、「取り逃しはないかな」と確認すると、そのまま来た道を戻り、静かな回廊を抜け、白銀の光が差し込む神殿の入口へ歩いていく。
振り返る。
誰もいない。
祭壇も柱も、何一つ変わっていない。
「結局、何だったんだろうな」
レアアイテムは少し手に入った。
景色も綺麗だった。
隠し部屋も見つけた。
探索としては十分満足だ。
そんな軽い感想だけを胸に、サクは神殿を後にする。
その背中を見送りながら、顔のない二体の石像は、誰にも気付かれることなくほんの僅かにその首を動かした。
それは侵入者を見送るためではない。
長い時を経てようやく現れた”巡る者”へ、静かに一礼するためだった。




