静かすぎる世界
通路は思ったよりも長かった。
サクは青白く灯る結晶を頼りに、ゆっくりと遺跡の奥へ進んでいく。
足音だけが規則的に響く空間。誰かが話す声も、モンスターの咆哮もない。ただ、湿った空気と、石が軋むような微かな音だけがこの場所の「生きている証」だった。
「本当に、誰もいないんだな」
呟いてみるが、返事はない。
ゲーム開始エリアとしては明らかにおかしい静けさだ。
普通なら、他のプレイヤーの声や足音がどこかで聞こえるはずだし、チュートリアルのアナウンスが流れてもいい。
それが一切ない。
「まあ……そういうダンジョンってこともあるか」
サクは深く考えるのをやめた。
とりあえず動けるなら問題ない。そういうスタンスだった。
⸻
しばらく進むと、空間の構造が変わった。
狭い通路から、少し開けた円形の部屋へと出る。
天井は高く、中央には石の台座のようなものがあった。
その周囲には、壊れた柱と、床に刻まれた円形の模様。
まるで何かの儀式場のようだった。
「……イベントエリア?」
近づいてみる。
台座には薄く埃が積もっているが、その中心だけが妙に滑らかだった。
誰かが最近触れたような違和感。
だが、当然ながらプレイヤーの姿はない。
「うーん」
サクはしゃがみ込み、台座を軽く叩いた。
コン、と乾いた音が響く。
すると――
床の模様の一部が、ほんの一瞬だけ淡く光った。
「お?」
もう一度触れる。
今度は何も起きない。
「気のせい……じゃないよな」
サクは周囲をぐるりと見渡す。
装飾、模様、柱の配置。すべてが何かの意味を持っているように見えるが、今はまだ理解できない。
ただ一つだけ分かるのは、この場所が「ただのダンジョン」ではないということだった。
そのとき、視界の端に小さな文字が浮かぶ。
【環境情報を一部取得しました】
「おっ、やっと出た」
思わず声が出る。
しかし続くはずの詳細は表示されない。
代わりに出てきたのは、
【権限不足により一部データは非表示です】
という短い一文だけだった。
「権限……?」
サクは首をかしげる。
プレイヤーに権限があるゲームは知っているが、ここまで制限されているのは初めてだった。
普通は初心者こそ全部見えるものだろう。
「むしろ逆じゃないか?」
違和感は少しずつ積み重なっていく。
部屋の隅に、崩れた石板が倒れているのに気づいた。
近づいて持ち上げようとするが、かなり重い。
なんとか横にずらすと、下に細い溝のようなものが見えた。
その中に、かすかに光る線が走っている。
「配線……いや、魔力回路?」
どちらとも判断できない。
だが、この世界がただの中世風ファンタジーではないことだけは確かだった。
サクはしばらく考えたあと、石板を元の位置に戻した。
「とりあえず壊すのはやめとこ」
理由は単純だった。
面白そうだからこそ、壊したくない。
さらに奥へ進むと、通路の壁に奇妙な痕跡が増えていく。
爪痕のようなもの。
焼け焦げた跡。
そして、途中から明らかに「人工的ではない破壊痕」。
「モンスターでもいたのかな」
そう呟いた瞬間だった。
遠くで、低い音が響いた。
ゴォン……と、空間全体に反響するような音。
サクは足を止める。
「今のは……環境音?」
それとも何かの起動音なのか。
判断はつかない。
ただ一つだけ分かるのは、この遺跡が「死んでいない」ということだった。
しばらく進むと、細い通路の先に小さな広場が見えた。
そこには、朽ちたベンチのようなものと、倒れた灯りの装置。
そして――
人の形をした石像。
いや、正確には「人だったもの」。
顔は崩れ、性別も分からない。
だが、その姿勢だけは妙に整っていた。
まるで、何かを見上げたまま止まったように。
「……ここ、やっぱり普通じゃないな」
サクは静かにそう呟いた。
怖さはない。
ただ、知らない世界を見ている感覚だけがあった。
そのときだった。
視界の端に、また小さな通知が浮かぶ。
【未登録領域に接続しました】
【データ同期を試行します……失敗】
【再試行中……】
文字は途中で途切れ、消えた。
「同期……?」
サクはその言葉を反芻する。
何と同期しているのか。
そもそも何が「未登録」なのか。
分からないことばかりだった。
だが、不思議と怖くはなかった。
むしろ少しだけ、ワクワクしていた。
「この先、どうなってるんだろうな」
誰に向けたわけでもないその言葉は、静かな遺跡に吸い込まれていく。
そしてサクは、さらに奥へと足を進めた。




