『スポーン地点、間違ってない?』
初連載です!よろしくお願いします!
「よし、と」
サクは小さく息を吐き、視界の中央に浮かぶログインボタンへ指を伸ばした。
何年も開発が続けられ、世界中から注目を集めてきたフルダイブ型VRMMO――《World Anomaly Online》。
公式サイトで公開された情報は決して多くなかったが、それでも広大な世界を自由に冒険できるという一点だけで、始まる前から胸が高鳴っていた。
攻略サイトも動画も、ほとんど見ていない。
せっかくの未知の世界なら、自分の目で見て、自分の足で歩いてみたい。
ただ、それだけだった。
『接続を開始します』
白い光が視界を包み込む。
身体がふわりと浮くような感覚のあと、ゆっくりと足裏に地面の硬さが戻ってきた。
目を開く。
そして、サクは思わず口にした。
「……スポーン地点、間違ってない?」
目の前に広がっていたのは、活気ある街並みではなかった。
崩れかけた石柱。
天井の高い地下空間。
床には長い年月を感じさせる砂埃が積もり、壁には風化した壁画が刻まれている。
どこを見ても、人の姿はない。
遠くで水滴が落ちる音だけが、静かに反響していた。
サービス開始直後なら、初心者の街は大勢のプレイヤーで賑わっているはずだ。
しかしここには、自分以外の気配がまるでない。
「隠しスタート……なんてこと、ある?」
冗談半分で呟きながら、サクはメニューを開いた。
プレイヤーネームは問題なく表示されている。
所持品も初期装備だけだ。
だが、地図を開いた瞬間、首をかしげる。
【現在地:取得できません】
「え?」
もう一度開き直す。
結果は同じだった。
念のため周囲を示すミニマップも確認するが、こちらも真っ黒なまま何も映らない。
通信エラーだろうか。
そう思ってヘルプを開こうとしたが、表示されたのは短い一文だけだった。
【現在、この地域では一部機能が制限されています】
「地域限定?」
初めて聞く仕様だった。
少し不安になる。
けれど、それ以上に好奇心が勝った。
「まあ、帰れなくなったわけじゃないだろうし」
サクは肩の力を抜き、ゆっくりと歩き始める。
靴音が静かな空間に響く。
近くに倒れていた石柱へ手を伸ばすと、表面には細かな彫刻が残されていた。
翼を持つ人影。
巨大な樹木。
空に浮かぶ輪のようなもの。
意味は分からないが、不思議と目を引かれる。
「凝ってるなあ」
壁画を眺めながら歩いていると、床に錆びた金属片が落ちているのを見つけた。
拾い上げてみると、歯車の一部のようにも見える。
近くを見回すと、壁に埋め込まれた装置の一部が壊れており、ちょうど同じ形の穴が空いていた。
「これ、はまるんじゃないか?」
軽い気持ちで近づき、金属片を差し込む。
カチリ。
思った以上にぴったりとはまった。
次の瞬間。
どこか遠くで、低い振動音が響いた。
ゴォン――。
遺跡全体が、眠りから目覚めるようにわずかに震える。
「……あ」
慌てて手を離したが、何も起きない。
数秒待ってみても、崩落する気配も敵が現れる様子もなかった。
「ただの演出、かな」
そう結論づけて苦笑する。
そのまま奥へ進もうとしたところで、ふと視界の端に青白い光が見えた。
振り返る。
先ほどまで真っ暗だった通路の壁に埋め込まれた結晶が、一つだけ淡く光っていた。
まるで誰かが、「こちらへ」と道を示しているかのように。
サクは少し考え、静かな遺跡を見渡す。
初心者の街で大勢と一緒に始める冒険も楽しそうだった。
けれど。
誰もいない場所を、自分だけで歩く冒険も悪くない。
「よし」
そう呟くと、サクは光の灯った通路へ足を踏み出した。
まだ知らない。
この遺跡が地図にも記されていない場所であることも。
ここでの何気ない行動が、やがて世界中のプレイヤーを驚かせることになることも。
そして、この場所こそが――
誰も知らない、本当の始まりだったことも。




