第14話 最後の三冊
文書館の五日目。最後の三冊だった。
二十一冊目。
冒頭から、文体が変わっていた。
前世のルドの筆跡だが、書き方が違う。いつもより丁寧で、一言一言を確かめるように書かれている。
「カーラが大消失を引き起こした翌日、俺はここに残っている。魔物がいなくなった世界で、解体師には仕事がない。何をすればいいか分からない。でも、カーラが言っていた——「次の千年に備えて書き続けろ」」
「備えて書き続けろ」とエリカが繰り返した。
「カーラは俺が死ぬ前に去っていた」と俺は続けた。「一人で書いていた。この帳面は、大消失の後に書かれたものです」
「それから何年書き続けたんですか」とガルダが聞いた。
「……分かりません。この一冊がどのくらいの期間のものか」
ページを読み進めた。解体記録が続く。魔物がいなくなった世界での、仮想の解体記録——旧種の変異形態の予測。
「千年後に出現するものを、カーラから聞いて書き残した」
「カーラは千年後の新種まで知っていた」とガルダが言った。
「……カーラという人物は何者なんだ」
* * *
二十二冊目。
こちらは、ほぼ全ページが切り取られていた。
残っているのは表紙の裏の一文だけ。
「素材を無駄にするな。命を無駄にするな」
そして、その下に小さく一行——。
「この帳面には、封印の制御方法を書いた。千年後に必要になる」
「……制御方法」
「この一冊まるごと切り取られた」とガルダが低い声で言った。「最も重要な情報が、ここにあった」
「誰かが奪った」
「あるいは別の場所に移した。情報を消すのではなく、保護するために」
「そんな判断をする人間が、文書館に関係している」
エリカが言った。
「保護した人間と消した人間が、別にいる可能性があります」
「……二つの勢力が、同じ記録帳に別々に手を加えていた」
ガルダがメモを取った。
「制御方法の帳面が別の場所にあるとしたら、どこですか」
「王家の管轄下か、特定の組織か」
ソフィアが前日に「王家の宝物庫に封印核と同素材の結晶がある」と言っていたことを思い出した。
「ソフィアさんに相談します」
「宝物庫に関係があるかもしれない、ということですか」
「可能性を確認したい」
* * *
二十三冊目——最後の一冊。
「これを読んでいるなら、お前は俺だ」
最初の一行だった。
俺の手が、止まった。
エリカが俺の横顔を見た。何も言わなかった。
「これを読んでいるなら、お前は俺だ。千年後に転生した、ルドだ。カーラが言っていた通りになった」
「……カーラは、俺が転生することを知っていた」
「続きを」とガルダが静かに言った。
俺はページを読み続けた。
「この記録帳が散らばることも、一部が消されることも、全部カーラの計算の中にある。消された部分を探す必要はない。消された内容は——お前の体の中にある」
「体の中」とエリカが言った。
俺は自分の手を見た。
「俺が転生したとき、前世の記憶が丸ごと移植された。記録帳に書いた全てが——」
「書き残した情報は、お前の記憶として保存される。消された帳面のページも、記録帳に書かれていない部分も——お前が前世で知っていたことは全部、お前の中にある。思い出せるかどうかは、実際に必要になったときに分かる」
「俺の中に、制御方法がある」
声が出ていた。
「……前世の記憶として。記録帳に書いて、自分に渡した」
エリカが俺を見た。
「必要になったときに思い出せる、って書いてある」
「はい」
「じゃあ今は、まだその時期じゃないかもしれない」
「……そうかもしれません」
ガルダが言った。
「最後のページを読んでください」
俺は最後のページを開いた。
「素材を無駄にするな。命を無駄にするな。感謝を受け取ることを恐れるな。——千年前のルドより、千年後のルドへ」
これが、前世の自分からの手紙だった。
「感謝を受け取ることを恐れるな」
エリカが俺を見た。
「それ、できてますか」
俺は少し間を置いた。
「……できていないかもしれません」
「これからできるようになればいいです」とエリカが言った。
ガルダが帳面を閉じた。
「全二十三冊、読了です」
静かだった。
前世の自分が千年前に書いたものを、全部読んだ。
「……やっと、会えた」
口から出てから、少し恥ずかしいと思った。
でも、嘘ではなかった。
ブクマや評価をいただけると、続きの執筆がすごく捗ります。
楽しんでいただけたら、ぜひ応援してやってください!




