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31 レミナ――やわらかくて、素敵な思い出って意味なんだよ!

誤字や不自然な表現などがありましたら、教えていただけると助かります。

レミナはアルタイルが会いに来たその翌朝、静かに息を引き取った。

穏やかな顔だった。

何もかも手放したみたいに、澄んでいて。

口元にかすかな形だけが残っていた。

笑っているようにも見える。

そうでないようにも見える。


窓の外は相変わらず灰色の空だ。

けれど病室の中にはもう何も残っていなかった。

痛みも苦しさも、すべてが静けさに沈んでいた。


十八歳の少年はその日を境に変わった。

泣き叫ぶことも取り乱すこともなく、ただ長い時間、その場に立ち尽くしていた。

動かず彼女の顔を見つめ続けていた。

その現実をゆっくりと骨の奥まで刻み込むみたいに。

アルタイルは元の道を選ばなかった。

一度離れた場所へ戻り、思い出の残るあの教室へ足を運ぶ。

そして最初から、やり直した。

机に向かう。

問題を解く。

単語を覚える。

夜が更けても、灯りは消えない。

浮かんでは消えないものをすべて押し込むみたいに、ただ繰り返す。

もうあの頃みたいに、「勉強なんてしない」と笑う少年はいなかった。

そこにいるのは、ただ黙って本に向かう影だった。

三年。

積み重ねた時間は千日を超える。

やがて一通の通知が届く。

遠い国から見慣れない消印と、金色の校章。

Y国の大学からの合格通知だった。

それを手にしたときも、アルタイルは笑わなかった。

ただ静かに受け取る。

長く続いていた何かに、区切りがついたみたいに。

その奥にあるのは消えない痛みと、それでも進むしかないという覚悟。


彼は辿り着いた。

レミナがあと少しで届きそうで、それでも決して踏み出せなかった場所へ。

その道の上に、今、彼は立っている。


アルタイルは合格通知を手に、かつて苛立ちのまま何度も蹴りつけ、樹皮に浅い傷を残したあの桜の木の下へと足を運んだ。

真夏の午後。

陽射しは容赦なく降り注ぎ、葉は青々と茂り、地面には揺れる光の斑がまだらに落ちている。

草と土の匂いが混ざった空気は、どこか記憶の奥にある午後と重なっていた。

蝉の声が満ちているのに、どこか遠い。

彼はざらついた幹に背を預け、腕を組んだまま、強い光に目を細めた。

――ふと。

低くて柔らかい声がすぐそばで聞こえた気がした。

「ねえ、あなたもこの木、好きなの?」


アルタイルはわずかに息を詰め、喉を鳴らす。

「……ああ」


少女の目がきれいな三日月のように細く弧を描く。

「きれいだよね、この木」


「……ああ、まあ」

正直、どこが綺麗なのかなんて、わからなかった。

それでも、そう答えるしかなかった。


彼女はそんな彼の素っ気なさなど気にした様子もなく、むしろ楽しそうに笑って続けた。

「ねえ、名前は?」


「アルタイル」


「わあ! 素敵な名前」

首をかしげ、きらきらした瞳でまっすぐ見つめてくる。

「アルタイルってね、星の名前なんだよね。希望の象徴なんだって。

だから――ちゃんと大事にしてね、その名前」

そう言って、彼女は軽く笑って、手を振る。

くるりと背を向けたその瞬間、ポニーテールが弧を描き、陽の光を受けてきらめく。

胸の奥を突き上げるような衝動に背中を押され、アルタイルは一歩踏み出す。

遠ざかろうとするその背中へ、思わず声を張り上げた。

「おい! お前の名前は!?」


少女は足を止め、振り返る。

「レミナ!」

澄んだ声が風の中で弾ける。

「レミナ――やわらかくて、素敵な思い出って意味なんだよ!

じゃあね、アルタイル!」

――さようなら。

その言葉だけがやけに遠い。


アルタイルははっと我に返り、よろめくように二歩前へ出る。

無意識に手を伸ばし、何かを掴もうとする。

けれど触れたのは夏のぬるい空気だけだった。

掴めるものなんて、何もない。


風がひとつ、すっと吹き抜ける。

葉がさらさらと鳴る。

枝から落ちた水滴が少年の目尻に触れて、そのまま足元へ落ちた。


レミナはこの世に迷い込んだ精霊みたいに現れて、

最後には彼の中にだけ残る“思い出”になった。


アルタイルは目の縁を赤くしたまま、低く呟く。

「レミナ」

少し、間を置いて。

「……さようなら」


誰もいない。

風も、もうない。

ただ――

蝉の声だけが残っていた。

(完)


最後まで読んで頂きありがとうございました。

評価を頂けるととても嬉しいです!


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