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お揃いの秘密

「リリア、今日は街に買い物に行きましょう」


 お嬢様にそう言われ、俺たちは王都の商店街へ出かけた。


 目的地は——下着屋だった。


「リリアの下着、ちょっと地味じゃない?」


「え、そうでしょうか……」


「もっと可愛いの、買ってあげるわ♪」


 店に入ると、色とりどりの下着が並んでいた。


 レース。フリル。リボン。

 女性用下着のパラダイスだ。


「これなんかどう?」


 お嬢様が持ってきたのは、水色のレースの下着セットだった。


 透け感がすごい。


「お、お嬢様、これは少し……」


「試着してみて♪」


 有無を言わせず、試着室に押し込まれた。


◇ ◇ ◇


 カーテンの向こうで、俺は下着を手に途方に暮れていた。


 これを、着るのか。

 この身体で。


「リリアー? まだー?」


「い、今着替えてます!」


 観念して、服を脱ぎ始めた。


 鏡に映る自分の身体。

 華奢で、白くて、曲線を描いている。


 女の身体だ。


 俺は新しい下着を身につけた。

 レースが肌に触れる感触が、なんとも言えない。


「できました……」


「見せて見せて!」


 カーテンが開いた。


「きゃっ! お嬢様!?」


「わあ、可愛い! 似合ってるわよ!」


 お嬢様が下着姿の俺を眺める。


「胸のところ、ちょっとずれてるわね。直してあげる」


 お嬢様の手が、俺の胸元に伸びた。


「お、お嬢様!?」


「動かないで」


 ブラジャーの位置が調整される。

 お嬢様の指が、俺の胸のふくらみに触れる。


「んっ……!」


 思わず声が漏れた。


「あら、可愛い声」


「お、お嬢様……!」


「ここ、もう少し持ち上げると……うん、いい形ね」


 お嬢様の指が、俺の胸を整えるように動く。

 下からすくい上げられ、形を整えられる。


「っ……っ……!」


 俺は声を殺して耐えた。

 自分の胸なのに、他人に触られるとこんなにドキドキするのか。


「うん、これでぴったり」


 お嬢様が満足そうに頷く。


「レースの下着、似合うわね。次はもっと過激なのにしようかしら」


「これ以上はやめてください!!」


◇ ◇ ◇


 買い物を終え、屋敷に戻った。


 その夜も、お嬢様は俺の部屋にやってきた。


「リリア、一緒に寝よ」


 もはや毎晩の恒例行事になりつつある。


◇ ◇ ◇


 数日が過ぎた。


 俺は少しずつ、このおかしな生活に慣れ始めていた。


 いや、慣れてはいけない気もするが。


◇ ◇ ◇


 ある夜のこと。


 いつものように添い寝をしていると、お嬢様が突然口を開いた。


「ねえ、リリア」


「はい、お嬢様」


「この世界に来て、寂しくない?」


 ——何を言っているんだ。


「私は、お嬢様にお仕えできて幸せですが……」


「そうじゃなくて」


 お嬢様が俺の目を見つめた。


「前の世界のこと、思い出さない?」


 心臓が止まりそうになった。


「お、お嬢様、何をおっしゃって——」


「ねえ、リリア」


 お嬢様の声が、少し変わった。


「——ボクも、転生者なんだ」


 ボク。


 今、お嬢様は「ボク」と言った。


「え……」


「正確には、元女子大生だけどね。一人称は『ボク』派だったの」


 お嬢様が——いや、この人は——


「最初からわかってたわ。あなたが転生者だって」


「な、なんで……」


「だって、女の子の動きじゃないもの」


 お嬢様がくすくす笑う。


「お風呂で視線泳いでたし、着替えの時は手が震えてたし」


「それは——」


「で、正体は? おじさん?」


 俺は観念した。


「……三十二歳の、システムエンジニアでした」


 沈黙。


 そして——


「ぷっ——あはははは!」


 お嬢様が大爆笑した。


「やっぱり男の人だったんだ!……ねえ、もしかして」


 クリスがにやにやしながら俺を見つめる。


「今まで、女の子とちゃんとお付き合いしたこと、ないでしょ?」


「な、なんでわかるんですか!?」


「だって、女の子への反応が初々しすぎるもん。経験のある男の人なら、もっと余裕があるはずよ」


 お嬢様が腹を抱えて笑っている。


 俺は恥ずかしさで死にそうだった。


◇ ◇ ◇


「ごめんなさい、笑いすぎたわ」


 ひとしきり笑った後、お嬢様が俺を見つめた。


「でも、嬉しいの」


「え?」


「私、ずっと一人だったから」


 お嬢様の目が、少し潤んでいた。


「転生してきて五年。誰にも本当のことを言えなくて」


「五年も……」


「仲間がほしかった。同じ境遇の人が」


 お嬢様が俺の手を握った。


「だから、あなたが来てくれて、本当に嬉しい」


「お嬢様……」


「もう、お嬢様はやめて。クリスって呼んで」


「え、でも——」


「二人きりの時だけでいいから」


 お嬢様——クリスが、俺に微笑んだ。


「ね、リリア。これからもよろしくね」


 俺は頷いた。


「……よろしくお願いします。クリス」


 クリスが俺の手を握ったまま、いたずらっぽく微笑んだ。


「それにさ、中身が男の人でも、体は女性だから、安心だしね」


「えっ」


「だって、どんなに一緒にお風呂入っても、何も起きないでしょ?」


 クリスがウィンクしてみせる。


「安全な添い寝相手ね。中身が男の人でも、体は女の子なんだから♪」


 それはそうだけど、俺の理性は全然安全じゃない。


◇ ◇ ◇


 その夜、俺たちは明け方まで語り合った。


 前世のこと。

 この世界での生活のこと。

 転生者としての苦労のこと。


 女子トークなのか、おっさんトークなのか、もはやわからない会話が続いた。


◇ ◇ ◇


「あ、そうだ」


 クリスが思い出したように言った。


「今までのスキンシップ、全部わざとだから」


「え?」


「お兄さんの反応、見てて楽しかったの♪」


「……」


「お風呂で背中流した時の顔とか、最高だったわ」


 クリスが楽しそうに語る。


「あのね、言っとくけど」


 クリスがいたずらっぽく笑った。


「女同士だからって、あんなに触ったりしないわよ? 普通は」


「……え?」


「お風呂で背中流し合ったり、添い寝したり、マッサージしたり。女同士でも、あそこまで距離近くないわ」


 俺は固まった。


「じゃ、あれも——」


「リリアが転生者で、中身が男の人だって気づいたから。反応が面白くて、つい」


 クリスがぺろっと舌を出した。


「え、じゃあ、全部——」


「全部、お兄さんの反応を楽しむため♪」


 俺は——言葉を失った。


 あのマッサージも、添い寝も、お風呂も。

 全部、俺が元男だと知ってて、わざとやってたのか。


「ひ、ひどいです……!」


「あはは、ごめんね♪ でも、楽しかったでしょ?」


「楽しくなかったです!」


「嘘。顔真っ赤♪」

 その笑顔が、月明かりに照らされて蒼く輝いている。


 ふと、クリスのネグリジェの胸元が目に入った。

 薄い生地越しに、白い肌が透けて見える。

 豊かな胸の谷間が、影を作っている。


 俺は慌てて視線を逸らした。


「ほら、また見てる」


「み、見てません!」


「うそつき♪ 今、思いっきり胸元見てたでしょ?」


「っ——!」


 顔が熱くなる。

 中身が男とバレても、このドキドキは止まらない。


「あれ、わざとだったんですか……」


「当然でしょ。だって面白いんだもん」


 俺は脱力した。


「でも、これからも続けるから」


「え」


「だって、リリアの反応、可愛いし」


 クリスがにやにや笑う。


「明日もお風呂、一緒ね♪」


「ちょ、待って——」


「添い寝も続行。むしろ強化するわ」


「強化って何——」


「楽しみにしてて、お・に・い・さ・ん♪」


◇ ◇ ◇


 翌朝。


 俺はいつものようにクリスを起こしに行った。


「クリス様、朝でございます」


「んー……リリア、着替えさせて♪」


 何も変わらない。


 いや、一つだけ変わった。


「今日の下着、どれにする?」


 俺が選んだ下着を、クリスに見せる。


「んー、そっちじゃなくて、こっち」


「これ、昨日買ったやつじゃ——」


「せっかく買ったんだから。リリアも着替えて」


「え、私も——」


「おそろいにしましょ♪」


 結局、俺たちはおそろいのレース下着を身につけることになった。


 ……何をやっているんだ、俺は。


◇ ◇ ◇


「ねえリリア」


 着替えを終えたクリスが、俺を見つめた。


「中身が男の人でも、私の大切なメイドよ」


「……ありがとうございます」


「むしろ、中身がお兄さんの方が気楽だわ。変な気使わなくていいし」


「そうですか……」


「これからもよろしくね、リリア」


 クリスが手を差し出した。


 俺はその手を握った。


「よろしくお願いします、クリス」


◇ ◇ ◇


 ——異世界メイド見習い、中身はおっさんです。


 お嬢様も転生者で、俺の正体バレバレでした。


 これからも、恥ずかしい毎日は続くらしい。


 でも、悪くない。


 悪くない人生だと、思えるようになってきた。

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