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???「はい...」
スノア「はい、じゃないが!?」
調理の仕方。
特にサバイバルにおいては焼くことがメイン。
人類史でいけば土器の発明によって煮ることができるようになったといわれている。当然自然界にそんなものが落ちているとは考えられない。
ほかには、地面に掘った穴に焼き石を敷き、植物の葉で包んだ食材を並べて砂で埋める。その上で焚火を焚き、火が消えてしばらくしてから取り出すといった調理法もある。
穴を掘る労力と時間がかかることを除けば比較的簡単に実行出来ることが利点である。
「そんなわけで日が沈む前にこいつで飯にしたいんだが」
スノアが吹き飛ばした大熊の傍に立ち、何やらぶつぶつ言いながら死体を検分していた男、改めカズが戻ってくるなりそう言った。
いや、どんなわけよ。それより、体は平気なの?
スノア自身も限界を超えて無理やり体を動かしたため、満足に動き回ることすら憚られる状況だ。
熊の攻撃を食らっていたわけではないが、斜面を転がり落ちたときに怪我していてもおかしくはない。
「見ての通り、骨折や脱臼なんてしてないし。精々全身打撲、捻挫、内出血ぐらい?追加するなら擦り傷、切り傷だな」
それを普通平気とは言わないと思う。
「こんな状況じゃどうしようもないし、傷口は水で洗ったから大丈夫でしょ」
スノアは、楽観的過ぎると思わないでもないが、確かにカズの言う通りだ。現状、やれることはない。
なら、今できることをやっておくのが最善だろう。
「んじゃ、とっとと始めますかね」
茜色の空もだんだんと闇が深くなっている。あと2,3時間もしたら辺りは闇に包まれるはずだ。
カズは、あの熊で飯にするとか言っていたけど、今から下処理して間に合うのだろうか。
第一、ナイフや道具がない。
「そんな大層なことしなくていいなら、これで十分じゃない?」
ほら、と言ってカズが見せたのは大熊の爪。
疑問符を浮かべるスノアを余所に、カズは石を持ち上げて、爪の根元から叩き割った。
はずだったのだが、どうやら割れたのは石の方で爪の方はまったくの無傷と言っていい。
「意外と...面倒だな」
カズは爪を折ることをあきらめ、手そのものからの分離を図る。
肉の部分に何度も石を打ち付け、引きちぎろうとする。何回か繰り返した後、ようやく分離に成功した。
「ほい。ナイフの出来上がり」
カズは自慢げにその爪ナイフを見せる。
夕日に照らされたそれは黒曜石のようにも見え、それ単体で十分ナイフとして扱えそうだ。
そういえば解体なんてできるの?
「まぁ、見とけって」
半信半疑のスノア。勿論カズは動物の解体なんてやったことはない。普通の一般人が動物、それも熊なんて解体できる道理はないのだ。
「要は魚と一緒だろ?内臓出して皮剥くだけじゃん?任せろ、任せろ」
だいじょうぶかなぁ...
スノアの不安度メーターが一気に上昇した。字面だけ見れば魚も獣も違いはそうないように見えるがその労力は段違いだ。
「そんなことよりさ、あそこの土手に横穴開けてくんね?こいつが入るくらいの」
カズが指さしたのは、丁度地面がむき出しになっている土手。うまく掘れば大熊が入るだけの洞穴は作れるだろう。
...なんで?
「まぁいいから、俺も思いつきだしね」
そう言いながらカズは、熊にまたがり腹を掻っ捌こうとしていた。
これ以上聞いても教えてくれないのは明らかなのでおとなしく従う。
今夜の寝床でも作るつもりなのだろか。
えっと...どうやって掘ろう。
安請け合いしたまではいいが、やり方を考えていなかった。まさか前足を使って掘れ、と言われているわけではあるまい。
考えた結果、スノアは先に活躍した礫を使うことにした。
動くわけにもいかないので座ったまま、小さな尖った礫を数百単位で生み出し、高速で土手に向かって射出する。
むぅ、思ったより効率が悪い。
ただぶつけるだけでは穴を掘るだけのエネルギーを与えられない。ぶつかったところの土を少し吹き飛ばすだけだ。これではいくら時間が掛かるかわからない。
丁度こちらに歩いてきたカズに助言をもらってみようとスノアが振り返ると、そこにはほぼ全裸で血濡れになったカズがいた。
っひぇ...!
不意を突かれた形になったスノア。猫でもないのに尻尾はますます膨らみ、すっかり腰が引けてしまっている。
そんな様子にカズは思わず吹き出す。
「んふふふっっ。んだよ、ひぇっ、って。狐がやる反応じゃねぇ」
あ~~腹痛い、と大笑いするカズ。
その様子にムッと来たスノアは、カズを自身の目の前まで呼び寄せ、いまだ笑っているその頭を前足ではたいておいた。
「悪かったって、そんな怒るなよ」
カズがこんなにも血濡れになったのは、熊の臓物の処理をしたからだという。流石に毛皮を剥ぐことは出来なかったみたいだが、スノアから見れば手際が良すぎて怖いくらいだ。
ホントにびっくりした。二度と、こんなことしないで。
「はいはい。んで進捗どうよ?」
スノアは土手に顔を向けながら問題点をカズに話す。ひとつひとつの威力が弱すぎて穴を掘るには非効率すぎたこと、威力を上げても土を吹き飛ばす効率には、さして変化が無いこと。
これらを聞いたカズはすぐに閃く。
「ならさ、その礫を破裂させてみたら?」
礫を破裂させる。つまり、打ち出した礫が土にめり込んだ後、そこを中心に破裂させればそれより上の土を吹き飛ばせる。
カズがイメージしたのは、かの有名なアルフレッドノーベルが開発したダイナマイトである。岩盤を掘りぬくトンネル工事で使われていることから着想を得たのは言うまでもない。これは誰しもが思いつきそうなことであるが、スノアからしてみれば新鮮なことだった。
カズの説明を聞いたスノアはなるほど、とうなずく。
中から破裂させれば格段に効率は良くなる。それだけじゃない。これを相手に使えばどうなる?体内に侵入した礫が内部で破裂する。考えただけでぞっとする話だ。
分かった、やってみる。
スノアは目を瞑り、集中する。背後にはまた魔法陣が出現し、幾何学模様を構成するパーツが中を飛び回り、新たな術式を組む。
「すごい...」
その様子にカズは思わず感嘆の声が漏れる。
スノアが目を開けると、頭上に先ほどよりも細長い礫が数十個浮かんでいた。
...いけ。
スッと滑るように加速した礫は、土手にいとも容易く突き刺さり、その姿を消した。
その直後、巻き上がる土煙。後には、先ほどよりも、もっと大きな穴が空いていた。
「実験は大成功、だな」
これは...すごい!!
楽しくなったスノウは、次々と礫を打ち出していく。時々術式を弄っては、爆発範囲や、遅延、爆発の指向性まで調整する。
着々と大きくなっていく洞穴。気が付いた時には、すでに熊がすっぽり入るレベルになっていた。
「入り口はこのくらいでいいから、奥の方もう少し広くして」
大きな枯れ木や石を運んでくるカズに、時々指示を受けながら作業を続ける。
ある程度掘ったところでカズからストップがかかった。
「よーし、想像通り。後は任せて休んでていいよ。」
休んでて、と言われても。
座っていただけだし、ずっと動いていたのはカズなわけで、疲れているなんてことはない。
特にすることがなくなったスノアは、少し離れたところに同じような穴を空けだした。
どうやらずいぶんハマったようだ。
遊んでいるスノアに代わり、カズはせっせと仕上げをしていた。床にできるだけ平らな石を敷き詰めていく。
それが終わったら、今度は乾燥した木材を運び込んでいく。
これで、完成?
「そうだな。後は中で火を焚けば即席オーブンの出来上がりってね」
スノアがある程度の大きさの穴を掘り終えた頃、カズは腰に手を当て、満足げな表情で洞穴を眺めていた。
土がむき出しになっていた大穴は、平らな石が敷かれ手前から奥にかけてゆるい傾斜が掛かっていて、最奥にはカズがせっせと運び込んだ木の枝や、乾燥した朽木などが積まれている。
もう...夜になるけど?
「...そうだな」
辺りはすでに薄暗く、今積んである薪が燃え尽きるまで、軽く見積もっても2,3時間はある。そこからさらに調理する時間を足すと、どう足掻いても夕飯ではなくなってしまう。
「焚火...熾そうか」
それがいいと思う。普通だから。
「うっ...だってやってみたかったし...」
普通の人はこんな状況下でそんなことする余裕はないとスノアは思う。つまりカズは普通ではないということで...変、人...?
ここまで考えてスノアは溜息を吐きながら、今の考えを頭の隅に追いやった。何が悲しくて、変人と一緒に過ごさなくてはいけないのか。
スノアは、せかせかと焚き木を取りに行くカズをぼんやりと見送った。
なお、内臓を出しただけのクマは、当然のことながらカズ一人で運べるような質量をしているわけではないので結局、部位ごとバラバラにするほかなかった。するとスノアが掘った穴は大きすぎるため、カズは余分な体力を使っただけになる。
そのことに気が付いたスノアは、つい半眼になってカズを見てから溜息を一つ吐き、この人間の謎行動にあまり期待しないようにしようと決意したのだった。
ほそぼそと...やっていくつもりなんです...つもりなんです...