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第三十四話 休憩終了です。


「エドガルト様にはファーナ様と幸せになってもらいたいものだ」


 磨き終わった剣を鞘にしまいながら独り言を呟いた。

 すると――


「同感です」


 隣から抑揚の乏しい同意の声が上がった。

 どうやら隣に座って愛用の武器を磨いていたツェラに、独り言が届いてしまっていたらしい。


「ファーナ様の見た目が変わってしまっても、それをものともしないエドガルト様は素晴らしいお方だと思います。そういった方と結ばれればファーナ様もきっと幸せになれるでしょう」


 ツェラは目も上げず、手の中の短剣を磨き上げながら淡々と語る。


「あ、ああ」


 シュタールは独り言を聞かれてしまった恥ずかしさにどもったが、すぐに気を取り直して、おおらかに笑った。

 聞きようによっては、一介の侍女が、一国の王子であり主人の婚約者でもあるエドガルトを観察しているようであり、人によっては無礼だと腹を立てるかもしれない。

 しかし、シュタールはそう考える人物ではなかった。それどころか、ツェラは本当に主を敬愛しているのだな、と好もしく思えたのだ。


「おふたりには幸せになっていただきたいものだ」

「ええ、ほんとうに」

「そのためにもファーナ様の呪いが早く解ければよいのだが……」


 シュタールとツェラは顔を見合わせると、頷き合った。


「フェアゲッセン城で手掛かりがつかめることを祈ります」


 ともすれば、無感情に聞こえる声だが、彼女なりに万感の思いを込めた言葉だった。

 ファーナの呪いを、まるで取るに足らない些末事だというように扱うエドガルトこそ我が主を幸せに導いてくれるのではないかと思うツェラ。

 はじめは強大な力の暴走を恐れて己の任務を忌々しく思っていたが、長年付き合ううちにエドガルトを尊敬できる主人だと重んじ、そしてその主人の孤独を癒すのはファーナだけであり、なんとかしてふたりに上手くいってもらいたいと思うシュタール。

 侍女と護衛はしみじみと主人の幸せを願うのだった。

 そして、できればもう少しベタベタイチャイチャは控えてほしいものだ。とりあえず、年若い部下たちには目の毒だ。そう心の中で愚痴ったのは護衛の方だ。

 ふたりの仲睦まじさに当てられたのか、部下がぽつりと「恋人がほしい……」と呟いたのを耳にしてしまったのだ。

 今のまま、あちこちへ飛び回るエドガルトに付き従っていては、なかなか恋人を作る余裕もない。そういうわけで、可愛い部下のためにも早く身を固めて一つ所に落ち着いてほしい。

 強面のわりに根が優しいシュタールは気苦労が絶えないのだった。


「おーい、アルジ! 戻ったぞー!」

「ギギッギー!」


 かしましい声が聞こえて一同はそちらへ顔を向けた。

 得意そうなニャーとギィが弾むような歩調で走ってくるのが見えた。

 途端、小動物に目のないツェラが、いつもの無表情をへらりと崩した。


「あら? 心なしかギィの鳴き声が人の話し声に似てきたような?」


 今の鳴き声だって、抑揚の付け方がなんとなく『ただいまー!』と言っているように聞こえたのだ。

 気のせいか、と思ったが横合いからシュタールが


「そうだな。いつかニャーのように人の言葉を喋るかもしれない」


 と相づちを打ってきた。

 ツェラが顔を向けると、彼は「エドガルト様から聞いた話なのだが……」と前置きをして、ツェラのもの問いたげな視線に答える。


「あの二匹は周りに危険な魔物が潜んでいないか、斥候の役を担ってくれている。大物はいないが小物には何度か遭遇しているようだ。それでそういった小物を退治してめきめき力をつけているらしい」


 シュタールの視線を辿るようにして二匹に目を戻せば、心なしかニャーも一回り大きくなったようだし、毛艶がよく日光にキラキラときらめいている。ギィもなんとなく胴回りがしっかりした感じがするし、木肌もしっとりしていて、色もいい。


「私も魔物のことはよくわからないのだが、倒した相手の魔力を吸収して強くなる、というのはそう言うことらしい」


 単純に力が強くなるのとは訳が違うらしい。魔物にとって、魔力を吸収すると言うことは、できることが増えると言うことなのだろうか。


「つまり、人に例えてみれば、喧嘩に勝つたび、美人になったり、料理がうまくなったり、他国語を喋れるようになったりするわけですね」


 そんな万能な成長が期待できるなら、魔物どもが目の色を変えてファーナに寄ってくるのも頷ける。


「まぁ、そんなところらしい」

「……喧嘩に勝つたび料理が上手くなるなら魔物がうらやましいです」

「ツェラ?」


 驚いたようにまじまじと見られて、ツェラは慌てて口を押さえた。

 つい無意識に心の声が漏れていたらしい。


「な、なな、なんでもありませんっ! 忘れてください」


 表情の乏しい顔を真っ赤にしてそっぽを向くが、そのせいでシュタールから丸見えになた耳まで赤い。


「ツェラ。君にも苦手なことがあるのだな」


 まだ顔を合わせてから日は浅いが、身のこなしから彼女が相当戦闘能力に長けているだろうと感じていたし、どんな事態にも動揺せず落ち着き払っているし、頭の回転も速い。

 これほどに能力の高い侍女はそうそういないだろうと一目置いていたのだが、思いもよらぬ可愛い弱点があったようだ。

 シュタールの頬に、小さな微笑みが浮かんだ。


「可愛らしいな」


 その一言は料理が下手なことに対してか、それとも耳まで真っ赤にして恥じらうことに対してか。


「じょ、冗談が……すぎ、ます……」


 普段ははきはきと喋るツェラから消え入りそうな声で言われると、なぜだかシュタールまで恥ずかしくなってくる。


「あ……、い、いや、これは失礼した。すまない。どうも、その、女性と話すのはあまり得意でなくてな。うっかり本心が出てしまって、その……」


 武闘に長けている彼女とははじめから話が合いそうだと思っていたし、性別を気にせずに接してきていたが、ツェラは女性だ。しかも可愛い系の美人だ。ついでに言えば冷静な態度や表情が謎めいた魅力を醸し出している。

 うっかり気づいてしまった。


「ほ、ほんしんっ!? え、あ、あの……」

「え? あ、いや、すまん! 気にしないでくれ。私が勝手に思っていることだ。君には迷惑かも知れないが……」

「迷惑!? あ、そんなことはないのですが、あの、その……」


 お互い焦っていて、なにを言い合っているのかわからなくなってきた。

 どうやってこの状況から抜け出すか。しかも相手が気を悪くしないようスマートに。ツェラとシュタールがそれに頭を悩ませている最中、エドガルトの声が響き渡った。


「そろそろ出発するよ。みんな、準備はいいかい?」


 エドガルトの翡翠色の目が、一同をゆっくりと見渡す。


「はっ!」


 短く答えてシュタールが立ち上がり、隣のツェラも「はい」と声を上げて腰を上げた。

 ふたりの顔にはもう焦りも羞恥も残っていない。

 おのおの好きな場所に腰を下ろしていた他の者達も立ち上がり、出立の準備はあっという間に整う。

 ツェラは御者台に座り、馬車にファーナとエドガルトが乗り込むのを待つ。

 荷馬車はさすがに……と言うことで、最初の町でもう少しよい物に変えられている。端から見れば、どこぞの貴族がお忍びで旅行にでも出るのだろうと見える程度には体裁が整っている。

 当然、御者台も粗末な荷馬車より遥かに座り心地がいい。


「おーい、ツェラ。となり座っていいかー?」

「ギーアー?」


 使い魔二匹が御者台にぴょんと飛び乗ってきた。


「ええ、いいわよ。エドガルト様の許可は貰ってる?」

「とーぜん!」

「ギーギィ!」


 ツェラが使い魔二匹に甘いことは、皆が知るところだ。使い魔二匹だって、自分たちに優しくしてくれる人間に懐かないわけがない。

 というわけで、エドガルトからの命令がない限り、二匹はツェラの隣でうたた寝やらおしゃべりにいそしむのだった。

 ツェラもそんなのんきな二匹を眺めるのが好きだったが、それをできるのもあと少し。フェアゲッセン城に着いてしまえばもうこんな時間は持てない。

 それが寂しいようにも思えた。

 馬車を守るように併走するシュタールは、使い魔たちに慈愛に満ちた微笑を向けるツェラを盗み見ながら、かつて感じたことのない胸のざわめきに、言い表しようのない戸惑いを感じるのだった。

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