幕間 裏切り者
騒がしいパーティー会場、冬月桜の頭首継承に沸き立つ観客は、しきりに桜との間にパイプを作ろうと近寄り、だんだんと俺は蚊帳の外へとなっていく。
まぁ、このパーティー愛情にいる人間は皆、世界の壁を越えてメディアに取り上げられるような有名人ばかり。
ワイン片手にドレスやタキシード姿の一同をカメラに収めれば、このパーティー、恐らく誰が主役なのか分からなくなるだろう。
それだけの大物ばかりが詰まっている。
そうなれば当然、桜と同じように護衛はハエ一匹通さないくらい大勢いるだろうし、万が一にも桜に危害が及ぶ……なんてことはありえない。
何故ならここには、ゼペットも長山も石田さんもいるからだ。
俺も少しゆっくりしても、職務怠慢という事にはならなさそうだ。
わざわざこんなロシアの辺境まで来てテロ……なんてこともないだろうしな。
白ブドウのジュースを口に含み、ボディーガードたちが奏でるベートーベンだかモーツァルトだかわからないがとりあえず聞いたことのある曲に耳を傾けて、ホールの隅にいる。
と。
「カザミネ……」
ダンスホールの出口で、見間違うはずのない緑髪の少女が、一人……。
外へと出た。
◆
「どこへ行くんだ?」
一人、この誰もが浮かれ騒いでいるパーティーの中、森の狩人はそれを忌避するかのように吹雪の屋外へと出る。
……其れを俺は逃がさずに、声をかけた。
「シンくん」
「パーティーは良いのか?」
「うん……お偉いさんがいる中で野生児は浮いてしまうからねん」
「良く言うよ、お前がそんなこときにするとは到底思えないんだが」
失礼しちゃうさ……とカザミネは力なく呟き、こちらに向き直る。
「全部、終わったんさね」
「ああ、桜は生きられる。黒幕は分からなかったが、遺産が桜に正式に渡された以上、桜の命を狙う奴らはいなくなる」
「そう………さね」
「どうした?ずいぶんと気が乗らない様子だが」
しばしカザミネは肩を落とし、一つ深呼吸をする。
「君たちに、謝らなければいけないことがあるっさ」
「……謝ること?それってもしかして、あの仮身工場で、ファントムを操ってたってことか?」
「!?!?」
カザミネの表情が青く染まる。
答えを聞かなくとも、それが全てを物語っており、最悪のシナリオに俺は一つため息を漏らす。
あぁ、なんて下らない幕引きだ。
「ど、どうして」
「一つ、裏切り者の可能性。 これは一度説明したが、こちらの内部情報が相手方に漏れていたこと。そして何より、何度も行われた黒幕の工作、これがすべて長山のゴーレムに感知されなかったこと」
「!?」
「長山のゴーレムは特別性でな、すべての資格情報を共有することもできるし、必要な条件だけを設定し、それに合致するものだけを選択してみることもできる。
前者は、一度にこの雪月花の土地をすべて見渡せるが、、その情報量故に本人への負担が大きい。だから長山は基本的にゴーレムには、桜の命を狙うラスプーチン、ゼペット、ファントム……そして武装して銃器を持った人間を対象にしていた」
「……」
「お前が狩りで使用するのは槍……そして当然身内であるお前は、ゴーレムに識別されない。
確かに、ゴーレムにはその身に何かが起こった時に本人にその時の映像を知らせる機能がある。然しそれはあくまで破壊された時だ。お前なら、ゴーレムを捕まえることも、捕まえたゴーレムを補完する方法なんていくらでもある筈だ……そして現に、ゴーレムを襲うお前の姿を長山は確認している。 そうだ、仮身の襲撃があったときだ……あの時お前がゴーレムを狩猟している所を確認している。
もちろん長山は普通の動物と間違えたんだろう……と言っていたが。
あいつの作る小動物は全て日本の動物だ……ロシアには存在できない、狩人であるお前が見間違えるとは到底思えない……これが二つ目だ」
「はは……君にはなんでも御見通しなんさね、で、三つ目は?」
「最後の襲撃。ファントムが状況に応じて始祖の眼を閉じた……あの時俺は、あえて森のトラップの事はお前達に話さなかった……。だからあの森に仕掛けたトラップは俺しか知らないし、仮に知られていたら、敵は最初から始祖の眼を閉じて桜の命を奪いに来るはず……だが、途中で切り替わった……その瞬間まで、敵は気づかなかったからだ……。そして、俺が長山に種明かしをした時初めて、ファントムは目を閉じた。これだけなら、お前と長山に敵は絞られる。
だが、最後に……決定打となったのは。
カザミネ、ファントムに襲われてお前は傷一つ負っていない。
それが何よりの証だ」
「うん。正解さね」
カザミネは否定することなくそれを認めた。
「全部……嘘だったのか」
「うん。記憶がないっていうのも狩人っていうのも全部ウソ、ごめんね……君のことは、君がここに来た時から監視していた。でも、これで終わりっさ、裏切り者は消えて終わり」
そういうと、カザミネは両手を広げて。
「さぁ、殺しておくれ」
そう言った。
だが。
「殺さない」
「……!?なんでさ!?私は君たちを裏切ったんだよ!ミコトも、君も、桜も赤い人も石田さんもみんなみんな殺そうとしたんだよ!?」
「……殺そうと思えばいつでも殺せたはずだ」
「そんなことない!?」
「いいや、ある。ミコト襲撃の時も、桜とファントムを迎合させた時も殺そうと思えばお前はいつでも桜を殺すことができた」
「……それは、私が直接手を下すことができなかったからっさ!」
「そうかもしれない。だが、結果桜は死ななかった……」
「何なんさね其れは!?君らしくないさね!なんでそんな、私を受け入れるの君は!?君の敵なのに!何もかもが嘘で固められた人間なのに!?どうして!」
「仲間を信じるのに、理由なんているのか?」
瞬間、カザミネは言葉を失い。
しばらく、吹雪の音しか聞こえなくなる。
どれくらい時間がたったのだろう。
不意に。
「は……はは……君は本当に、変わったね」
そう言葉をもらす。
「そうか?」
「変わったよ……とても。いや、私もだね……あの子といると、だんだん自分が洗われてるような気がしてならないよ。あぁ、だからきっと私は失敗したんさ」
「あぁ、そしてお前は大切な友達を失わずに済んだ。よかったじゃないか」
「うん。とっても良かったさね」
それはウソ偽りない、心からの言葉だと恐らくどんな人間にも届くだろう。
それほど純粋な、心から零れ落ちた言葉。
「まったく。とりあえず桜には一応謝っておけよ?」
「……うん」
「ほら、冷えるからさっさと中入れ。説教はパーティーの後まで取っておいてやるから」
俺は玄関を開き、カザミネを中に迎えようとするが。
その途中。
「シンくん」
カザミネはそっと口を開く。
「……なんだ?」
「一つ聞いてほしいことがあるさね」
「ん?」
「君は、人形と人間なんて区別は下らないって言ってくれたよね?」
「……?ああ」
一拍、カザミネは会話を止め、俺は話が理解できずに首を傾げる。
と。
「その言葉、とっても嬉しかったっさ」
「!?……カザミネ、お前」
瞬間、カザミネは俺の頬にくちびるを重ねた。
◆
~ほんの一瞬。
一秒にも満たないその一秒にも満たない時間は、彼女にとって人生のすべてで。
「さよなら」
「……そうか、寂しくなるな」
全てを捨てる覚悟を決めるには、十分だった~
「君といるのも多分幸せだけど、やっぱり私は行かなきゃいけないっさ」
「……お前の事情に口を出すわけには行かない。残念だが、お前がそれを選ぶなら」
「ごめんねシンくん。みんなにも謝っておいて。それでできれば……私の事は忘れてくれないかい? きっともう、ここには戻れないし……」
それは……恐らくカザミネが人生で初めて流した本物の涙であり。
「……シンくん。君のことが、好きだったよ」
彼女の最初で最後の……愛の告白だった。
カザミネは一歩、雪月花村から離れていく。
それは最後の別れであり、繋がりを絶つという覚悟の篭った一歩。
だが、そんなもの誰一人として望んではいないのだ。
「辛くなったら、いつでも戻って来い。 お前の家は……間違いなくここだ!」
不知火深紅は大声で叫ぶ。 きちんとカザミネに届くように。
不知火深紅からしてみれば、らしくない、不恰好な大声に、相も変わらず不器用な言葉。
しかし、だからこそ、少女の心にはしっかりと伝わった。
「っふふ、本当に君はアマちゃんだね! 分かったよ、路頭に迷ったら責任取ってもらうから、覚悟しとくっさ! 私のこと、忘れちゃやだよ!」
そうして、カザミネは冬月桜の元を去った。
また来るという約束を残して。
その2週間後。 カザミネの死体が、東京で発見されることになる。
◆
NEXT
雪月花 後編




