前編エピローグ 雪月花の主
12月28日
「おーい。桜ちゃん!まだ準備できねぇのか?」
「ちょ!!ちょっとまって~!っておわあああ!?」
「桜様ああ!?」
「っと……やれやれ、シンデレラだったらとっくに魔法が切れてるぜ……」
ため息を突きながら、俺は桜ちゃんの衣裳部屋の前で友人よろしくため息を突いてみる。
本日はクリスマス。 前々から予定していたとはいえ、昨日の今日でクリスマスパーティーを開くなんて、どうしたもんかと思い、石田と共に止めようとしたのだが。
とんでもないことに、桜ちゃんのは結構前から各国重役や著名人宛てにパーティーの紹介状を送っていたらしく、まるで桜ちゃんの生還を聞きつけたかのように桜ちゃんが目覚めると同時に返事の電話や手紙が冬月家に大量に届き、石田さんと深紅はいつものように胃がねじ切れたような表情をしていた。
全身の臓器を殆ど移植するような大手術の次の日ということもあり、体調を理由に延期するようにとイエーガーたちが説得を試みたようだが。
『ドタキャンなんて、冬月家の名前に泥を塗るようなことは出来ないわ!』
だそうで、石田 カザミネ 病み上がりのミコトにゼペット達まで巻き込んで、各国のお偉いさんを招くための用意をやっつけで行ったのであった。
パーティーの存在を知ってから行うまでのスパンは3日。
移動費も何もかも冬月家もちで行われたこのとんでもパーティーだったが
予想以上の大反響を呼んでいたようで、石田さんの胃がねじ切れるほどの大きなイベントになってしまったのはここだけの話。 まさか俺たちがファントムやゼペットの対応に明け暮れている最中に、せこせこと目を盗みながらあちこちと連絡を取って誕生パーティーの計画をしていたとは……生きていたから良かったものの手術が失敗していたらどうなっていたことやら……。
まぁしかし、元がしっかりしている冬月の屋敷の為、パーティーのセッティングはさほどの苦労はなかったのだが(おれは)
桜ちゃんは最後まで指揮を取っていたため、開始ギリギリまでドレスに着替えるのを忘れていたらしく、十分前ほどシェリーとアカネをひきつれてそれきりだったため、様子を見に来たのだが、案の定シンデレラに魔法をかけるのに苦戦を強いられえているようだった。
「あわ……あわわ!?ふえええ!」
「……この調子じゃ、まだまだかかりそうだな」
もう一度苦笑を漏らして、俺は暇つぶしにと人が集まって立食をしている一階をのぞき見てみる……と。
「いやぁ、私のような若輩者がこんな場に招かれるとは、少しばかり緊張いたしますな」
「はっはっは、何をご謙遜を。今やブケラファス社と言えば世界最高の会社でしょう?」
「えぇ、私とリンの作り上げる、わが社のゴルディオスシリーズは誰の手によっても超えられないと自負できますからな」
「ははは、流石は社長だ!いつしか全世界の自動車産業をのっとってしまいそうだ。かのイスカンダルのようにね」
「そういえば、イスカンダルと言えば先月東京を襲ったRODの頭首が、ギブソンさんと同一人物と言う噂が流れていますが?本当のところはどうなんですかね?」
「あっはっは、面白いジョークですね? でもあれでしょう?彼はなんでも、素手でイージス艦を壊したと言うではありませんか。だとしたら彼には私のように世界最高記録を何度も塗り替えるようなマシーンを作ることは出来ないでしょうね?なぜなら、その人の指は太すぎて、車の部品はつまめない」
どっと笑いが起き、気をよくしたのか、ゼペットは軽口を叩きながら隣に黙して立っていた謝鈴を抱き寄せ。
「っちょ!?あ……じゃなくてギブソン!?何を」
「それに、このように最高のパートナーと巡り合うこともないでしょうしね」
なんてウインクまで飛ばすサービスまでしてやがる。
「あのオッサン、もはや別人じゃね―か」
いつもの傍若無人な姿は欠片もなく、すっかり一企業のトップを演じている。
おまけにジョークも天下一品ともなればなるほど……誰もあいつが世界を敵に回してるテロリストだとは思いもしねーわけだよ。
「しかし……よくまぁあいつもいけしゃあしゃあと嘘八百並べられるもんだよあいつも。地獄の閻魔も舌を巻いちまうぜ?」
「ふふ、閻魔は舌を巻くんじゃなくて抜く方よ?英雄さん」
と、人を小馬鹿にするような上品な笑い声がすぐ隣から響き、後ろを振り返ると、ミコトが悠々とワイングラスを両手にたっていた。
「そんなことくらいは百も承知だっツーの……ジョークだよジョーク」
ついこの前まで瀕死状態だったのに、今は酒が飲めるほど回復している。
こいつに限ってはもう少しばかり大人しくしていてくれてもよかっよまったく。
「あら?そうだったの。ごめんなさい。あなたなら知らないと思って」
「悪いがお前等みたいな似非日本人よりかは、日本を知っている自身はあるよ」
「ふふふ、ごめんなさいったら。ほら、これでも飲んで機嫌治して」
クスクスと笑いながら、ミコトは左手に持っていたグラスを俺に差し出してくる。
「俺はまだ未成年なんだが?」
「ふふ……唯のブドウジュースよ」
「随分と高そうなブドウジュースだこって」
俺は珍しくミコトに憎まれ口をたたいてグラスを受け取り、一気に飲み干す。
「味わうって言葉は、日本で習わなかったのかしら?」
「しったこっちゃねーよ。平民暮らしで味の違いなんてわかりゃしねーんだから」
「そんなこと言って、唯不安なだけでしょ?いや、寂しいと言った方が正しいのかしら?」
「!?」
まったくミコトは……いつもいつも人の心を読みやがって。はじめのころはすごいかわいくてメロメロになってしまっていたが、今ではすっかり玩具にされている。
「まぁ確かに、死神さんが軍に残る理由はもうないものねぇ、相棒がいなくなって」
「あーーー!いちいち言われなくたって分かってるっての!」
「くすくす……まだ親離れが出来ていない子共ね」
「まだ十五だ、俺も、お前も!」
「あら、そうだったわね」
愉快そうにミコトは笑いながら、俺をからかうように空になったグラスを俺に渡し、そっと頭をなでてくる。
「大丈夫。あなたにもパートナーが見つかるわ。まるで天使みたいな……ね?」
「?」
「それまでは、一人で頑張りなさいな?」
そう、意味不明なお告げを残して、ミコトは鼻歌を奏でながら消えるように下の階へと降りていく。
「あいつはいつも何を言ってるのか分からないんだよなぁ?」
未来の事を言ってるなら、もっと具体的に教えてもらいたいもんだ。
「あ、でも知っちゃったら変わっちまうかもしれないのか……」
という事は、あのわけ分からん未来予知も、気を使ってくれていたるのだろうか?……むぅ、だとしたらミコトって意外と大人なんだな。
「何が変わるって?長山」
「……深紅」
聞きなれた相棒の声は、本当にミコトと入れ違うように、ミコトのでじゃびゅを視るように俺は反応して深紅を見る。
「?どうした、今日はやけにおとなしいじゃないか」
先ほどの私服バリバリのミコトと違い、高級そうな黒いスーツを身に着け、ご丁寧に懐中時計なんてものを装備している。
髪は頑張った後は見受けられるが、暴れ馬の髪を抑えられなかったらしく、ぼさぼさのままだったが、もう立派なジェントルマンだ。
「はん、お前の事だから赤いネクタイでもつけてくると思ったけど、きちんと紺色のネクタイでばっちり決めてんじゃね―か」
「……服のセンスがないことは否定しないが、一応それは褒めてるのか?」
「ああ、褒めてるぜ?その服を選んだ石田さんをな」
「残念だが、選んだのは桜だ」
「バカップルめ」
「ん?なんか言ったか?」
「別に」
「機嫌が悪いのか?」
「……大したことじゃねーよ。いつも通り、ゲームのボスにハメ頃されただけだ」
「……ふっ……お前の軽口も、そうそう聞けなくなるな」
深紅は珍しく寂しそうな顔をして、ふとそんなことを呟いた。
「どうしたんだよ深紅……お前こそ変だぞ?っつーか気持ち悪さも感じ……」
「あぐっ!?」
「一言余計だ」
いや、やっぱいつもの深紅だった。
「って~。ったく、やっぱお前みたいな堅物は、桜ちゃんとは釣り合わねぇって……」
「ふん……自覚はしているよ」
気恥ずかしそうに真紅は頬を赤らめて頭部をガシガシとかく。
本当に、その姿は自然体で、再開したときの機械のような冷たく悲しそうな雰囲気は欠片も感じられない。
口ではああいったが、きっとシンクにとって桜ちゃんは、鞘なのだろう。
その抜身の刃のような新年を包み、その信念の為、襲い掛かる重圧から守る。
「まぁ……自覚してるならいいや、大事にしろよ?」
「むろんだ」
深紅は口元を少しだけ緩めて、優しく俺に告げる。
まったく、どうしてみんな俺だけおいて大人になっちまうんだろうなぁ。
「ところで深紅」
「なんだ?」
「いつお前は軍を辞める予定なんだ?」
「なぜ?」
「え? だって桜ちゃんと一緒になるんだろ? 正義もやめたし、調律師にいる意味はもうないじゃないか」
「何を言ってる。 まだジューダスやジルダには義理がある……しばらくは残るつもりだ」
「……か~、真面目だね~。俺だったら面倒くせぇからそのままバックれて終わりにするぜ? 血なまぐさい戦場よりも女の子と一緒にいるほうが楽しいもん絶対」
「お前と一緒にするなバカ山」
「ばっ!?」
懐かしいな、そのフレーズ。
「一応。ジューダスとジルダは親も同然だ。いくら戦場で死神だと人でなしだと罵られようが、黙って去るなんて親不孝なことはしない。育ててもらった恩を返してから、生き方を決めるつもりだ。 それに、まだあそこでやりたいこともある」
「……へぇ、お前、あの二人の事親だと思ってたんだ」
「当然だ。 ここまで育ててくれたし、力も教育も与えてもらった、しかし最終的には桜を守ることが俺のやりたいことになるから、いずれは裏切ることになるのだろうが」
「なぁに、ここまで調律師がつぶれずにやってこれたのも、半分以上はお前が戦場のあちこちで傭兵として働いていたからさ。ジューダスの親父も許してくれるだろうよ?」
「……そうだといいけどな」
はぁ、と深紅からまた一つため息が漏れる。
この癖も、なんだか見慣れると面白い。深紅らしいというか……昔に戻ったというか。
そういえば、俺とつるんでた時も年がら年中ため息の嵐だったな。
「ったく、そんなことで悩むよりも前に、お前にはやることがあるだろ?」
「何か仕事でも残っていたか?」
「あぁ、このパーティーで一番大事な仕事だよ」
「?」
あほ見たく首をかしげる朴念仁に、俺は一度すね蹴りを喰らわせようとして失敗し、仕方なく更衣室へと無理やり突き飛ばす。
「!?な。何すんだ」
「お姫様を迎えるのは、王子さまって相場が決まってんだよ。さっさとそこのじゃじゃ馬姫連れて降りて来い……じゃあな」
「じゃ!?龍人君!」
「あっはっはじゃあなお二人さん」
お互いの姿を見ながらはにかむ二人は、まるで運命が選んだカップルのようにほほえましい。
まったく、本当にお似合いの二人だ。
相棒として自信の半身を失うような寂しさはまだ胸を突くが、それでもやっぱり親友の幸せの邪魔は出来そうにない。
それに、まだ残るってなら、ふてくされる意味はないはずだ。 それまでに追いつけばいいだけだ。
……ずっと憧れてた。
どこからともなく現れて、多くの人を救い続ける。
流す涙はつねに、他人の為に流されて。
己の事は顧みず、唯々剣を振るい続ける。
其れはまさに英雄で、俺はずっと、その隣で戦いたくて
そんな英雄になりたくて。
ずっと、英雄を演じ続けた。
「まっ。 いい相棒だったよ、じゃあな、深紅」
階段を下りながら俺はそうぽそりと呟く。
やっとこさこれから深紅の隣で戦えると喜んだのだが、どうやらそれはもう無理そうだ。
何故なら。
英雄が赴くアヴァロンへの道に、円卓の騎士は必要ないのだから。
◆
閑古鳥なく、孤独な冬月の城。
誰も近づくことのなく、少女と執事が住むその白は、なんの変化も騒音もなく、ひっそりと時が刻まれるのをただただ数えていた。
……というのは今や昔の話。
使用されることなく、唯そこにあり続けただけの無音のダンスホールは、今は多くの人々が語り合う最大級のパーティー会場へと変貌を遂げ、人一人招いたことのないダンスホールは今や、世界最大級の客人を招き入れている。
当然。話されることは言語や話し方の差は出るが、大方は一つ。
世界三大富豪の中で唯一、表の舞台に立つことのなかった冬月家当主が、これだけのパーティーを催した件についてだった。
始めは誰かが立食中にぽつりとつぶやいただけであったのだろうが、それがあちこちで噂され、中々姿を現さない主役に人々の想像は膨らみ続け、気づけば一人を除いて皆が皆同じ話題で盛り上がり、気づけば城に救っていた静寂は、その住処を追われていた。
「桜ちゃん。おそいっさねぇ」
「まぁ、もうそろそろ来るころだろうて、そんなに急がなくても逃げ出すような輩ではないと、お前たちの方が良くしっとるだろう?」
「……ま、まぁ、そうっさけど」
ドレス姿のカザミネは、いつもの狩猟用の服にラフな上方ではなく、石田によって無理やり薄いオレンジ色のドレスを身に着けさせられており、どこか苦い表情で頭に付けられた髪留めを付け心地悪そうになでている。
「さっさと終わらせてこれ外したいんよ」
「やれやれ、主は本当に女らしさと言うものがないのぉ」
呆れたようにゼペットはカザミネの言葉にため息を突いて見せると、カザミネはむくれたような表情をする。
「あんたのところの謝鈴だって、つるぺったんの色気なしじゃないかー!」
「な!?なっ!いきなり何を言うんですかあなたは!」
「いやいやいや、シェイは実は着やせするタイプでな、サイズは上から……」
「そしてこのバカ主はなにさらっと人3サイズをばらしてやがるんですかああ!」
……とんだ飛び火である。
「あらあら。なにやら愉快そうね?会場はみんな同じ内容の会話しかしていないのに、あなた達は痴話げんか。 人の流れに逆らって生きるのが好きなのかしら?」
透き通った風鈴を連想させる小さくも通る声が人混みの中からゆるりとした足取りで現れる。
紫色と赤色が折り重なった私服に似た服を身にまとい、首飾りを指に絡ませるようにいじりながら、ミコトはワイングラスを片手に微笑をしながら現れる。
「否定はしないが、其れにあえて身を投じるそなたとて其れは同じであろう?」
「えぇそれを否定はしないし拒絶もしないわ」
くすりと一度ミコトはいやらしい笑みを零すと、手に持っていたワイングラスにそっと唇を触れさせてクイっと深い赤色の柄期待を喉に流し込む。
ここまでワインの似合う少女も珍しい。
「……ところでミコト」
「何かしら?謝鈴さん」
「死帝と万物の姿が見えないのですが、心当たりは?」
「あら?彼らが気になるの?心変わりは感心しないわよ?」
「な!ち、ちが!?何を言うのですあなたは!心変わりとかそんなんじゃないです!信じてください主!私はいつだってあなた一筋って私は何を言って!?」
「おいおい、あまりシェイをからかわんでやってくれ、こやつは深紅以上に冗談が通じぬ堅物なんでのぉ」
「そのようね……ごめんなさい」
「で?二人はどこにおるのだ?まさか2人そろって姫の前で見張りと言うわけでもあるまい?」
「えぇ、そのとおり。英雄さんは上で少し感傷に浸ってるわ」
「そうか……あれだけの英雄が二人肩を並べることなどめったにないことだからのぉ、我としては惜しいな……このままいけば天下にその名を轟かし……神の寵愛を受け歴史に名を残すことはもはや確実であったろうに……」
「何言ってるさ、男ってもんは一人一人が自分の信念に従って、その道を歩み続けるから立派なんさよ!だからこれは、二人が自分の理想を手に入れるためのいい機会っさ」
「ほう、こりゃめずらしい。主も弾には良いことを言うものよ」
「へっへーんあがめるっさ!褒めるっさ!うやまうがいいっさ!ひれ伏し語尾にカザミネ陛下バンザイを付けるっさ!」
「……其れがなければ、あなたも立派なんですけどねぇ、カザミネ陛下バンザイ」
「そうねぇ、カザミネ陛下バンザイ」
「はっはっは、まぁ、其れもこやつの個性と言うものよ!カザミネ陛下バンザイ」
異様な会話が流れるも、その会話は全て日本語で話されていたため、残念ながら他の客人い伝わることはなく、唯の談笑と同じようにダンスホールの中へと消えていく。
そんな中。
誰が最初にその言葉を発したかは分からないが、そのセリフはやがて一つ一つの談笑を中断させていき、ホールを包み込むざわめきとなって、ある少女へと集中する。
白い純白のドレスに身を包んだ白髪の少女は、恐らくボディーガードであろう、黒きスーツを着こなした黒髪の青年にエスコートされながら。
数多くの来賓に臆することも、そのあどけなさを引け目に感じる様子もなく。
堂々と、赤い絨毯の敷かれた階段を、ゆっくりとその一歩を踏みしめ、記憶しているかのようにパーティーの会場へと降りていく。
その姿は、まるで神話の世界の姫君のように美しく気品があり、しかし、その立ち振る舞いは、幾多者戦場を切り抜けた戦士の如き覇気は、その場にいた誰をも容易に近寄ることを許さず、その場にいたすべての人間をひきつけた……。
「……流石は冬月家ですね……15でこの迫力とは」
「えぇ、到底我々では及びませんよ。たった三大で世界三大富豪になった血族ですからねぇ。……ほっほ……あの目。どうやら父親の地を色濃く受け継いだようですな」
「あぁ、とても強く恐ろしいのに。誰もがひきつけられる」
真似かけた客は歩そりとそう会話を零し、それから波紋が広がるように、ひそひそと会話が漏れる。
「……しかし、あれだけの御令嬢に護衛たったの一人とは」
「……いやまて。よく見ろ、あれは……不知火深紅じゃないか?」
「シンクって……あの、死帝の?」
「うそだろ……あんな小さな子供が?」
「ここ1ヶ月、戦場から姿を消していたと言われていたが」
「まさか冬月家が飼いならしていたとは」
「……となると、あそこにいるのは万物の長山か?」
「これは……どこの陸軍基地よりも守りが固いな……」
冬月桜の出で立ちに、人々は皆同じように感嘆の声を漏らし。
桜はそんな言葉を気にする様もなく、ダンスホールの壇上に立ち、マイクを持たずに一礼をする。
気づけば先ほどまでいたエスコートは消え、少女はその広い舞台にて一人堂々と言葉を紡ぐ。
「皆様、大変長らくお待たせいたしました。 ご多忙の中、わざわざこのロシア辺境まで足をお運びいただいたこと。熱く、御礼申し上げます」
少女の声はリン……と響き、水を打ったように会場は静かになる。
「本来ならば、今日のこの日は、父冬月一心と共にお送りする予定でしたが、先日、私の父はこの世を去りましたゆえ、私一人の御挨拶とさせていただきます」
ざわり、と一斉にその空気がどよめく。
当然か。世界中の多くの企業……しかもその一つ一つが世界的に有名な企業をたった一人で束ねていた人間が死亡したのだ。
驚かない方がおかしい。
ある者は、一心の抱えていた企業の未来について話し。
ある者は、大物の脂肪に追悼の言葉を口にし。
ある者は、冬月桜のこれからを案ずる言葉を漏らす。
そのざわめきは、冬月家の森が奏でる音よりも大きく。
冬月一心と言う男がいかに巨大な存在だったかという事を物語っていた。
その音を桜は一人、心に響かせるように聞く。
彼女はこれから、これだけ大きかった存在を追いかけ、追い越さなければならないのだ。
平坦な道ではなく、決して努力のみで手に入れられるほど平坦な道ではない。
普通の人間なら、その重圧に耐えられず、つぶれてしまうだろう。
だが、もはや彼女には迷う理由はない。
数々の困難を背負う代わりに、彼女は自らの憧れた存在に、近づくチャンスを手にしたのだから。
少女は一度、舞台のそでに隠れて見守る守護者に視線を送り。
守護者は微笑を零して小さく少女にうなずく。
「うん」
冬月桜は、その意思を受け取り、大きく息を吸う。
一ヶ月。 走り続けた少女の夢は消え。
一生 走り続ける少女の夢は、今始まった。
「本日をもって、私、冬月桜は、三代目冬月家当主を継承致します!」
リン……と透き通った声はざわついたダンスホールの中でも、大きく響き渡り。
招かれた人々はその言葉に、誰もが耳を疑い、シン……と静まり返る。
わずか数秒……。しかし、何時間にも感じられる沈黙の中。
一つ 二つ。
不安な表情を浮かべる人間が現れ……。
「アプラディミスエーントゥイ(拍手喝采)!!」
それを振り払うようなギブソンプライムの声が響き、その野太い声を皮切りに、嵐のような拍手が冬月桜の為に送られる。
城の中で、静かに消える少女はもういない。
ここにいるのは、誰もが認める、夢を追う少女。
雪降る村に注ぐ月に照らされた……枯れかけた桜の花はようやく、その枝につぼみをつけた。




