第七章 最高の紳士にキスをする
「ACT!」
駄目……
私は気づく……その懐かしいにおいに。
嫌だ……
私は気づく……その温かいぬくもりに。
止まって……!
私は気づく……その、大好きだった声に。
だが……………………遅い。
兵器は唯、命令された~言葉~により意味を与えられ。
命令にただ……イエスと答える。
打ち出された弾丸は、脳漿を巻き上げるわけでも、頭部を喰らうわけでもなく……。
ただ、クロイモノの心臓を貫いた。
「あ……」
言葉が漏れ、クローバーの薬莢が私の前をゆっくりと落下していき。
……冬月一心は、その仮面を砕かれ。
白い雪の中へと、その身をうずめた
「え?……あ……う、嘘だよね?お父さん……?」
冷たい金属が手からこぼれ、私は一つ思い出した言葉で、そんなくだらない言葉を漏らす。
「……サ……ク ら」
響く音は懐かしく、私の胸をうち……流れ出る黒い血は、まるで雪に吸われるかのように白を染め上げていく。
「……お父さん……お父さん!!」
お父さんの元へと走り、その身を抱き寄せると……重くずっしりとした鎧に見えたその体は、私におおよそ体重……と言った感じさせることはなく、唯々軽く、まるでやせ細り弱った老人を抱いているかのような印象を与える。
「お父さん!」
語らいたいことがあったはず……言ってやりたい文句もあったはずだったのに。
何もすることが出来ずに言葉を投げかけることもできずに、唯々お父さんを呼び続ける。
「……大きく……なったな」
それに……お父さんは小さく言葉をくれた。
「……お父さん……なんで?なんで……」
「……あぁ……なんで今まで、忘れていたのだろうか……己は……やっと思い出したよ。本当は、お前を治すために走っていたのだ」
「ま……まって……今、今止血するから!」
そう言い、私が立ち上がろうとするのをお父さんは雪が触れる程度の力でそれを制止し、首を横に振る。
「……よせ。もう己は助からん」
「でも……」
「ふっ……まだ、己を父と……呼んで……くれる……のか……己は、お前を人形のように扱ったのに……お前は、私……を、許して……くれる、のか」
それは、自分に対する苦笑なのか懺悔なのか……。力なく、お父さんは泣きそうな顔でそう呟いた。
だけど……そんな後悔も懺悔も……唯の幻想だ。
「恨んでなんかないよ。 お父さんはいつでも仕事熱心で、頑張ってて……あんまり遊べなかったのは確かに寂しかったけど、でも……お父さんは……お父さんは私の憧れでした。
私は……ずっと……ずっと、あなたを追いかけてました……お父さんにとっては、私は唯の兵器かもしれないけど……私にとってあなたは……素敵なお父さんだったよ」
そう……貴方が、どう思っていようと構わない。
私が見てきた背中はとても広く。
貴方が残した足跡は負いきれない程長く……私の中で、あなたと言う存在は夢であり……そしてこうありたいと願った……私だけのヒーロー。
どんな目にあったって……其れは決して揺るがなくて……たとえ偽りだったとしても。
私にとっては、それが真実だから……。
「……あぁ……そうだ。 最初は、唯の道具でしかなかった。 だが、笑ってるお前を見て、そして、日に日に大きくなるお前を視るたびに……いつしか、己の中でお前が一番大切なものになっていた」
「え……」
「……今まで父親らしいこと……何もしてやれなくて……すまない。 ただ、お前を傷つけるのが怖かったんだ。 そして、お前を巻き込みたくなかった」
「……うん、もう……いいよおとうさん……もう、いいよ」
「だけどな……桜……嘘ばかりの己であったが……ただ……これだけは、偽りじゃない」
もう……お父さんは何も見えてないのだろうか、聞こえてないのだろうか?
うつろな瞳で、最後の言葉を紡いでいく。
「……何……かな?」
「……私は……誰よりも……誰よりも……お前を……愛している」
……気づけば……落ちる涙は二つ分。
あぁ……なんだ。 感覚がなくて気づかなかったけど……私もとっくに泣いているんだ。
ようやく触れ合えた二人は、続くことなく……別離の道を進む。
それはあまりにも残酷で……でも、私はそれでもどこか救われていた。
「……なぁ、桜。 こんな駄目な父親でも……こんな、縛られた人生でも……お前は……幸せだったか?」
まるで救いを求めるような一心の表情は、いつか、桜に向けていたあの表情で。
そこで、桜は初めて気づく。
―あぁ……私は本当に、愛されていたんだ……と。
其れはとても素敵で、うれしくて……自然と桜は涙を流し。
「私は……お父さんの娘に生まれて、とっても……とっても幸せだよ」
本心からの笑顔を……最愛の父に送る。
聞こえなかったとしても……恐らく、その言葉は伝わったのだろう。
お父さんは、とても満足そうな表情で……。
「よかった……そうか……うん……よかった」
そう、笑顔でうなずき続けた。
「……大丈夫だよ……もう私は一人じゃないから……だから、安心して?」
「……そうか……安心した……あぁ……もうそろそろ時間か」
「おとうさん!?」
「……桜……さようならだ」
「!?」
寂しそうな表情のまま、最愛の父は少しの笑顔を強引に作ろうと……最愛の娘の頬をそっとなで。
「……」
私はそっと。
お父さんの頬にキスをする。
「いってらっしゃい。お父さん」
それは、また会えるという願望を詰め込んだようでどこか救いのある、別れの言葉。
本当は泣きたかった。
縋り付いて行かないでって頼みたかった。
でも、それではお父さんが心配してしまう。
……だから、最後に笑ってもらえるように……私も笑って、言葉を贈る。
「あぁ……行ってきます。桜」
そんな言葉が、雪の森に響き渡り、冬月一心は……眠るように私の腕の中で、息を引き取った。
◆
「……桜!」
桜の元へ駆けつけた時、その戦いは終わりを告げており、白い着物を黒く染め上げた桜は、ファントムと折り重なるように雪の中で倒れていた。
その様相からは、激戦であったことは容易に想像でき、ゆっくりと肩を上下させる桜の姿を見て、どちらが勝利したのかも理解ができた。
だが……なぜだろう。
割れた仮面からのぞく、機能を停止したファントムの表情はとても優しく。
そして、その死体は、桜を雪の寒さから守っている……そんな印象を俺に植え付けた。
「……桜をありがとう。 あとは俺が引き受ける」
俺は不思議と、眠りについた黒い騎士にそんな言葉を投げかけ、ゆっくりと桜を抱き上げる。
「……体温も下がっていないし、首の傷も大したことはない……骨は……二三本折れているが……命に別状はない……疲れているだけか」
桜の状態を確認して、俺は安堵のため息を突き、桜を起こさないように、冬月の城へと歩を進める。
……急ごう。
桜の停止まで時間がない。
森は戦いの終了に称賛の言葉を贈るように、ゆっくりとその身を大きく上下にゆらし、いつもより甲高い音を立て、俺達二人を見送り……。
俺は、ゼペットの待つ城へと、桜を抱えて走っていく。
時刻は九時三十二分……。
間に合うか……。
気は流行り、俺の脚は速度を速めていく。
……敵はもういない……桜は、自由に生きる権利を手に入れた。
だから今度は……運命に打ち勝つ番だ。
そう言葉を紡ぎ俺は白い道をひた走る……俺にできることなど……これくらいしかないのだから。




