第七章 VSファントム FIRST DRIVE
◆
一つ二つ、心臓が早鐘を打つ。
カザミネは消え、私は一人記憶にも知識にも存在しない中立の森最深部に居る。
……そう、ここはカザミネのみが知る侵入者が見つけることかなわない一つの結界。
「あ……」
だが、それだというのにそのクロイモノは、私のもくぜん三キロメートルからその身を揺らして歩み寄ってくる。
眼が其れを理解する。
肉眼で例え捉えられなくとも、私の異常が其れを視る。
……違う。
脳が、それを拒絶する。
逃げるという選択はない。
生物と言う性能は、人と獣ほどの違いがあり、私みたいな出来の悪い動物は、すぐに捕食されてしまう。
「ドクン」
私は敵の射程距離範囲内。
疾走するクロイモノは一つの銃弾であり、私目がけて走り迫る牙。
逃げることも、避けることもできないその一つの黒い弾丸は、空を切り、雲をすり抜けながら、すべての障害を打ち払い、敵を目指して疾駆する。
「Raaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
響き渡るは魔獣の方向。
其は、すべての生者を亡者の道へといざない。
其は、確実に私を狙い穿つ。
「……」
怖い。
その威圧が
その黒が、そして何よりも……その先にある闇が。
体が震え、体の機能が下がり、歯は、寒くもないのにカチカチと音を鳴らし始める。
死……。
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死死
圧倒的。絶対的な死が私を待つ。
不思議な話だ。この前までこれと友人のように寄り添い、歩み渇望してきたというのに、今では怖くてたまらない。
生きていたくて、仕方がない。
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
だからこそ。
「……決めたんだ!絶対、生きるって!」
私はその闇を、迎撃する!
「私はもう、何にも縛られない!その為に、私はこの力を手に入れたんだから!」
闇を切り開くは、守護者より預かった白銀の銃。
白い雪を照らされ光る、幸運の象徴の名を関した其の身は、再び彼の元へ戻るための約束の証。
そしてその瞳は、もう一度彼を 写すために……目前(始祖)の(の)敵(眼)を否定(開眼)する!
「生存を! 実行します!!」
◆
全ての事象を受け入れる中立の森。
何も変わらず、そしてとうとう誰も足を踏み入れることのなくなったその森の最深部にて、時が止まった森は久しく見る侵入者の奏でる曲の観客となる。
黒と白。
互いの思い、互いの感情。
その感情を叩きつけられながらも、中立の森はその一瞬を、
生きるために光り輝く魂を。
己を取り戻そうと疾駆する、亡霊の奇跡さえも、森は永遠の傍観の一ページとして何をするでもなく、そこにあり続け記録する。
その物語がどんな結末を導こうとも……。
「SAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
獣のような方向を上げながら、ファントムは自らの持てる最高速度をもって標的へと走る。
到達するまでの時間は約二十秒。
二十秒でこの黒い怪物は白き少女の首を手刀にて切り落とす。
だが。
「First act!!」
直感……思考を止めたバーサーカーは、己が身に刻み込まれた戦いの勘により、その雷撃を察知する。
『KUUUUUUAAAAA』
一度体験したその紫電を纏った一閃は、二キロ離れた距離から的確にその心臓を狙い穿つ。
それはまるで、ゼウス放つ神の雷。
『!?』
獣は悟る。
弾速は以前受けた時とは段違いで、己の身に走るのだと。
刻まれた文字は、与えられた意味ではなく、消えることなき意志から構築されていることに。
つまり、そういう事なのだ。
冬月桜の能力は、術式……文字に干渉する能力。
故に、無効にするだけではなく、新たに意味を与えることも可能なのだ。
『まだ……まだあああ!』
狙撃 なんてものでは無い。
それは確定……と言う言葉が最もよくあてはまる。
既にその銃弾は敵を穿つことを確定とした状態でファントムへと走り。
『SAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
その的中の運命を、ファントムはその両腕と赤き瞳にて強引に捻じ曲げる。
一閃 振るわれた手刀はその瞳によって術式の意味を剥奪し、鉛の塊を両断し防ぎきる。
一つ 二つ。
続けて打ち出された一撃を、それは連続で両断し雪の森へと消えさせていく。
『!!GUAA?』
だが、それでもなお、冬月桜は走り寄るそれに対して銃弾を叩き込む。
次に走る弾丸はまたも二発。
縦に列をなして、相手へと 的中の運命を決定させ続ける。
『SAAAAAAAAAAAAA』
だが、それもまた同じように、それは両腕を振りかぶり、鉛を両断し。
『GI……』
一瞬……だがしかし確実に、その進撃を遅らせた。
「っはああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
次弾。
その一撃は、そんな一瞬の怯みを見逃すことなくはなたれ。
『AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!』
今度は完全に、進撃を停止させた
◆
明らかに、そして着実に、それの体力はそがれて行く。それほど強力に、それほど強引に、冬月桜は自らの命を削り、異常にその体を喰らわせていく。
「がっ!?」
何かが焼切れる音がする。
「ギぃ!?」
何かが自分の中で広がっていく感触が、背中からジクジクと這い上がってくる。
「…………ッァ!? !」
引き金を引くたび、私は私を削り、そしてその異常を増加させる。
手足の感覚は既になく、言語能力もすでにほとんど機能していない。
方向感覚も、聴覚も、視力でさえも今は全てシャットダウンして、異常を増加させる。
ドクン。
何も見えない瞳で、唯ひたすらに目前の異形を捉え。
ドクン
唯指は、機械のようにその引き金を引く。
ドクン
もはや体は異常に近づき。
不出来であった異常は、完成された姿で私に最後の審判を下す。
目前の敵は一撃を迎撃することに歩を止めるも、決して倒れることはなく、着々と私まで歩み寄ってくる。
距離は二百メートル弱。
弾数、 ファーストが三発。
恐らく、リロードをすればその間に私の首が落ちる。
だからこそ、この三発で、私の命が決まるのだ。
「はぁ……はぁ……はぁ、だったら」
ならば、捧げるだけだ。
全てを……作られた感情も、作られたプログラムも……笑みも、涙も、私を構成している行動パターンも思考パターンも……偽者は全部、くらわせてしまえ!!。
「っFIRST」
だって、 大切なものは……冬月家当主としての桜ではなくて、不知火真紅を思う気持ち(わたしのただひとつのほんもの)
なのだから。
「DRIVE!」
◆
疾走する獣の腕は、すでに使い物になる状態ではなく、もはや形を保っているのがやっと
であった。
だが、そんな事、それにとっては些末な問題である。
形があるなら、形がなくなるまでは武器にも盾にもなる。
体に動く部位があるなら、目的の達成は出来る。
そう、獣は制御された脳でそう思考をし、走りくる文字の意味をその赤く光る瞳で両断し、目標から放たれる~意志~を甘んじてその身に受ける。
……目標は、目前の少女。
おもにインプットされた命令は抹殺であり、自らはそれを実行するために唯々ひた走る。
何も残ってはいない。
記憶も、ぬくもりもかつてあった英知も……。
残っているのは命令と、己を形成する異常のみ。
そう……だから己は、壊れるまで戦う亡霊。
命令通り、目前の少女を殺すだけ。
いや……違う。
何かほかに目的があった気がする。
残り二百メートル。
九発目の弾丸を防ぐと同時に、己の左腕が機能を停止する。
既に己を駆り立てる鉛玉を防ぐすべはない。
もって後三度。
其れを己は認識すると同時に、考えることを放棄する。
元より、この体は既に己の意志に関係なく目的を達成する。
だから、己を掻き立てる衝動や、この後悔の理由を思いだしたところで……もう止まることなど出来ないのだから。
「First Drive!」
放たれた一撃は乱れることも不意を突くこともせず、速度は光速を超えた神速にて敵を穿つ。
もはや、敵はこれを防ぐことは不可能。
だからこそ。
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
ファントムは、その一撃を全能力を持って飛んで回避する。
残りの距離は五十メートル。
空中高くに飛び上がったファントムは、その一瞬だけ無防備になる。
「っはあああああああああああああああああああああ!」
当然の事、冬月桜はその隙を狙い、最大級の一撃を敵へと叩きつける。
逃げ場はなく、回避することなどありえないその一撃。
それは、ファントムの敗北を確定させ。
「SAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
それは同時に、体に染み込んだ記憶による……ファントムの奇策が発動する。
迫りくる弾丸は、真正面からファントムを狙い走り、その身に牙を突き立てる……が。
「!?」
ファントムはその足を……牙へと差し出した。
「RRAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
銃声と同時に響き渡る、肉を裂き暗い千切る白銀の雷神の咀嚼音。
赤き血の代わりに流れた、人ならざる者の液体は、宙を優雅に舞う雪に触れ、白の結晶をに這いずるように黒化させる。
が……。
それでも獣は止まらない。
「KUUUUUUUUUUAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
雪塵を巻き上げ、ファントムは捧げた右足とは逆の左足で、一度地面を蹴り、落下の勢いを冬月桜への突進の推進力へと変換する。
速度は倍。
左足のみの跳躍で、負傷した直後でありながら、其は何の狂いも躊躇もなく、当然のように五十メートルの距離を零にする。
「!?っああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫に近い桜の方向は、銃の反動によりきしむ全身を無理やり動かしたことによる全身の悲鳴の代弁であり。
肋骨、鎖骨胸骨その他の砕ける音を聞きながらも尚、生きるためにその銃口を敵へと定める。
まさに、勝負は刹那の攻防。
故に、痛みにより一瞬だけ性能を落とした冬月桜を……ファントムがわずかに上回った。
銃口がファントムへと走るより早く、ファントムは振りかぶった腕を伸ばす。
刃物よりも鋭く、いかなる防護術式をも無効化する紅の瞳を宿したクロイモノの一撃は……残酷に冷徹に、冬月桜へと走り。
「……サ……クら?」
一瞬……本当に一度。
桜の首の皮に触れ、液体で指を濡らすと同時にその動きを止め。
「First」
敗北をする。




