第七章 英雄の登場と裏切り者
絶望。
残るのはそれしかない。
一体どこからどうやって敵はリュートの監視を掻い潜り脱出をしたのか。
一体どうやって私たちの作戦が漏れたのか。
分からない。
わからないわからないわからない。
分からないが。
一つだけわかることがある。
私はゲームオーバー。
肉塊も残らずばらばらにされて、何が何だか分からないくらいぐちゃぐちゃに侵されて、
この殺人人形の慰み物になる。
これはそういう物体で、そして何よりも群になることによってその真価を発揮することを、私はいま思い知らされ、その場に座り込む。
今ならまだ自らで命を断てばこれから来る恐怖からは逃げられるかもしれなかったが。
それでも体は動かない。
絶望がすべての行動を封じている。
「これが、仮身」
知った時にはもう遅く私は一斉に私へと飛びかかるその無数の刃を、瞳を閉じて受け入れる。
が。
「まったく」
その刃は一本たりとも、私に届くことなく」
「え?」
「どうして雪月花村の女の子はどいつもこいつも無茶ばっかりするんだろうね」
「あ………」
全て、その無数の刃に阻まれた。
歴代の英雄たちの記憶が刻まれた、無数の刃によって。
「英雄参上ってね」
「リュート!!なんでそこに」
「あーいろいろ聞きてえこともあったと思うけど、ちょっと待ってて……なっと!」
黒く輝く裏切りの剣は、一振りで三体の仮身を薙ぎ払う。
「つよい……」
「コイツらちゃっちゃと片付けちまうから」
◆
「――――――!」
個室に押し固められた満員電車。
そんな日本の社会の奴隷であるホワイトカラーのような奴らは、突然の駆け込み乗車にどうやらご立腹の様で、ストレスの象徴か物騒な刃物を両手にぶら下げて俺へと向かう。
元々少数で連携を取って相手を責め立てることが得意な奴らは、この狭い空間に押し込められて十分な力を発揮できないが、これだけ密着した状態でこれだけの数が居ればその弱点はもはや関係ない。
純粋な物量。
それで押し勝てばいい。
丁寧に一体一体を解体していく俺達調律師を意識した戦い方。
そんな感想を一つ抱きながら、俺はその打開策を思いつく。
「昔こんな英雄いたなぁ……確か、ヴラド ツェペシっつったっけ?」
瞬間。
全ての仮身はその活動を停止させる。
数が多いなら、すべてに刃をぶち当てりゃいい。
これだけの密集状態……満員電車で落とした小銭を拾えないように、下からの攻撃に対処することができずに串刺しの刑に処される。
女を切り刻もうとする野郎には十分だろう。
「うし、一丁上がり」
◆
一瞬。
密閉された状態では回避することも叶わず、全ての仮身はその身を貫かれた。
それはもはや作業に等しくその時初めて私は調律師と言う部隊の意味を理解する。
「ふー。初回の時は腑抜けかましちまったけど、これにて帳消しってところでいいかな?」
放ち敵を穿った刃を一本一本しまいながらリュートはそう呟き、未だに腰が抜けて立てない私はその体制のまま。
「り、リュートさん!そんな事より仮身の動きを止めないと!表の部隊が!」
かりみの動力を停止させるよう叫ぶが。
「あー大丈夫大丈夫」
「大丈夫じゃないですよ!外でまだ私の部下が戦って……てあれ?そういえばリュート、一体どこから入って来たんですか?」
「いや、シェリーちゃんが裏口から入って行ったって外で戦ってるやつらに聞いたから、とりあえず裏口から入ったぞ?」
「え、じゃあ仮身は……」
「え?」
そういうとリュートは首を傾げて、当然のように剣を投擲するモーションを取る。
「……あ、なるほど」
様は彼一人で入口にたまっている仮身を殲滅してしまったという事だ。
私はミディアムレアになりかけてまで潜入したというのに……。
いや、力の差は分かっていたが、しかし、これでは一体私の苦労ってなんだったのでしょうか……。
「うおーう、なんか殺意が俺をちくちく突き刺してるんだけど気のせいだよねこれ?ってかシェリーちゃんどこから入ったの?裏口に居た奴らに聞いても来てないっていうし」
「裏口!? 裏口に居た彼らは無事だったんですか!?」
「なんとかな、とりあえず命に別状ないみたいだったから安全な場所に待機させてるわ」
「そう……ですか」
やっと立てそうになったのに、安心したらまた腰が抜けて私はもうしばらくこのままでいようと決心をする。
「しっかし、この様子じゃもぬけのからって所か?」
「あ……そう!そうなんです!このメインサーバールームに仮身がいたことから、敵が私たちをはめるために仕組んだと考えるべきです!」
「最初から中に詰まってたのか?確かに工場のデリケートゾーンには似つかわしくねえ仮面たちだとは思ったけど、まさか……情報がもれてるってことか?」
「昨日初めて深紅が作った作戦が外部に漏れる……そんなことがあり得るのでしょうか?」
「あぁ、だが俺の封鎖網を突破したという事は恐らく、俺がこの辺りの見張りを強化する前に逃げ出したんだろう。
つまり、アメリカの増援が来る前から、こっちの情報は筒抜けだったと考えてもいいだろう。深紅は、俺のゴーレムの活動範囲外だけ、敵の捜索網が敷かれていると仮説を立ててたが……今回ばかりは外れ見てえだな」
「増援がくるまえって」
「ファントムの襲撃、誘導、今日のトラップを見るとそれしか考えられねえ」
「……すいませんリュート。私には、その。 裏切り者がいると言っているように聞こえます」
私の質問に。
「あぁ、そうだ」
彼はそう答えた。
「なっ!?そ、そんなわけないじゃないですか!私たちは誰よりも桜様の事を尊敬してます!私も部隊も、桜様を裏切るなんて」
「……つまり、始めからそれが目的で近づいたってことだ」
意味が分からない。
彼が何を言っているのか理解できない。
だって。
そんなこと。
出来るわけが。
でも。
「もし……もしそうなら桜様は……すぐにシンクかカザミネに連絡を」
私は、渡されていた連絡用の無線に手をかけるが。
「!?何を!」
「かけなくていい」
その手を私は掴まれる、他でもない。
長山龍人に。
「それは、どういう……」
その質問に、長山龍人は不敵な笑みを零し。
「もう終わってる」
そう呟いた。




