第七章 最終決戦
信号弾が発せられ、部隊は奇襲を開始する。
怒声とともに放たれた一撃は、不知火深紅の読みどおり冬月桜へと向かう大隊に向かいまっすぐに進み、その半数を蹴散らすことに成功する。
「yapaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!」
そこから部隊は、正面突破を図る部隊と、背後から進入する部隊へと分かれる。
怒号を発して敵の注意をひきつけるαチームは、βチームの囮となるべくして、その仮身へと特攻し、そのまま敵の注意を正面へと向けさせる作戦を開始する。
「私がやる!お前らは援護しろ!」」
隊長であるシェリーは先陣を切って敵へと特攻する。
その手に握られるのは、不知火深紅が使用していた少しばかり長いjの文字が入ったスナイパーライフル。
仮身と彼女の部隊までの距離はおよそ二キロ。
先制攻撃を仕掛けて敵の半数を減らしたとはいえ、その体には一切の術式を刻んでいない彼女たちにとって、仮身たちが一足で間合いへと踏み込んでこれる位置までの接近を許すことそれすなわち部隊の全滅へとつながる。
ゆえに、仮身が一度の跳躍で踏み込んでこれる距離、五十メートルの地点に仮身が迫る前に全ての敵をうがつしかない。
「っ!早い」
その速度は二足歩行の生物の常識を超え、弓から放たれた矢のごとき速度で目標へと迫る。
「っ」
しかし、シェリーはひるまずにスナイパーライフルを構える。
距離にして約一キロ。
敵の数は残り十二。
一度に打てる弾丸も十二……。
一発でもはずせば、全滅は行かないまでも確実に己の命は失われる。
それを覚悟して、シェリーはスコープ越しに敵の姿をその目に捉える。
「あったれえええ!」
気合の掛け声とともに引かれた引き金により、加速の術式をかけられた銃身はその術式に掛けられた意味を忠実に再現し、敵をうがつ。
「がっ!?」
一匹、心臓をうがたれた仮身はのけぞるように倒れてその動きを止める。
続くように、次々とシェリーはひるむことなく仮身を撃ち殺す。
もとより、スナイパーライフルとは部隊の中でもっとも射撃の腕に優れ、精神身体ともに秀でたものが持つことを許される。
ゆえに、彼女にとって人を穿つのも化け物を穿つのも変わらず、精神的動揺による射撃ミスはありえない。
そう、ゆえに問題があるとしたら、それは規格外な奴等のほうにあるだろう。
最後の弾丸が放たれ、仮身の右太ももを穿つ。
人間ならばそこで転倒をし、その隙に隣で控えている部下が止めを刺したはず。
しかし。
「!」
仮身はそれを許さない。
「右足打ち抜いたんだぞ!?」
驚愕の声をもらすも、そのときにはすでに全てが遅い。
「っ!?」
すでに仮身は間合いへと入りこんでおり、その刃を振りぬけばシェリーはその短い人生の幕を下ろすことになる。
「隊長!!」
部下たちが銃を構えるが間に合わない。
弾丸が敵の肌へ着地するよりも早く、仮身はその首をはねるだろう。
しかし、そうはならなかった。
「ふっうおおおおおおおお!」
シェリーはその刃が己の首へと到達するよりも前に、あえて前にとんだ。
「ガッ!?」
その手に握られているのは、一本のナイフ。
それをシェリーはすかさず、仮身の首へと突き立てる。
赤きオイルがほとばしり、仮身は後ろによろける。
「撃てええ!」
それを好機とシェリーは仮身の胴を蹴り飛ばし、味方の射線から抜け出し。
二等兵のショットガンが、ほぼゼロ距離から放たれ、仮身を粉々に粉砕する。
「はぁ……はぁ……はぁ」
残ったのは、何事も無かったかのような静けさであり、ただただ木々は眠っている最中起こされたことに抗議するかのように、その身を震わせていた。
「……っはぁ、はぁ。まったく、最初からこれじゃあ先が思いやられるなぁ」
シェリーは顔についたオイルを袖でぬぐってそうもらし、隊員たちも肩をすくめてその意見に賛同する。
しかし、それでも第一陣は退けた。
私たちでも戦える。
そう確信を得たかのようにシェリーは一度うなずき、部隊たちを引きつれ正面ゲートまで急ぐ。
潜入に向かった部下たちを安全に中へと導くために、シェリーたちは囮になる。
その方法は単純かつ明快。
不知火深紅から与えられた彼女たちのミッションは。
「構えろ!」
「ってええ!!」
正面ゲートへの集中砲火だった。
■
「はあっはあっはあっ」
爆発音が聞こえ、私は雪月花作戦が開始したことを私は理解する。
「なんなんさこれは!?こんな爆発何度も起こされたら、森がなくなっちゃうさね!?」
カザミネは騒ぎ立てながらも、それでも着実に私を導いてくれる。
こういうときに彼女の精神力の強さはとても頼りになる。
彼女がいれば、私は恐らくは大丈夫だろう。
だから。
「お願い……死なないでね、みんな」
■
「怯むな!撃ち続けろ!」
号令とともに打ち出されては破壊をする無反動砲は、着実に敵を誘い出し、その数を減らしていく。
予想外の襲撃に敵も虚を疲れたのか、常に彼らを翻弄する策を繰り出してきたこのゴーストタウンの主も、いたずらに兵力を磨耗させていくだけである。
否、そうせざるを得ないのだ。
敵がアメリカからの兵力を真っ先に全滅させた理由。それは、このプラントの進入を防ぐためだ。
仮身とは本来、戦場にて人を超えた身体能力をもってして人を刈り取るために作られた兵器であり、室内での戦闘を考慮してはいない。統率力も無く、連携行動も取れない彼らは、室内では通常の兵隊かもしくはそれ以下の能力しか発動できない。つまり、中への進入を許すことは、敗北を意味するのだ。
ゆえに、敵は内側への侵入をなんとしてでも避けようとする。
いたずらに兵力を削られるだけだとしても、それでも兵で扉を埋めるしかなく、当然に全兵力をつぎ込むしかない。
「第六撃!ってえ!」
焼けた肉の匂い、そしてぐちゃぐちゃにつぶれた肉を裂いて笑われ後湧き出してくる仮身たちの光景はまさに地獄絵図であり、一般人ならばその場に付してそのいの中のものを撒き散らし、心を壊されるだろう。
しかし、部隊はそれでも引き金を引く手を辞めない。
二人ずつ交互に射撃とリロードを一糸乱れなく繰り返す。
なぜなら一度でもその波状攻撃の手を止めれば敵の刃はわが身を屠る結果を招くから。
それを本能的に理解しているから、彼女たちは機械的に引き金を引き続ける。
それが、自分たちが行き続ける唯一の手段であり、ミッションだから。
そう。
ここでひたすらに敵の注意を引き続ける。それが彼女たちの使命であり、ここから動く必要はない。
そういう点では、彼女たちはすでにこの戦いの主導権を握っていた。
「いけるぞ」
一瞬、シェリーの中にそんな予感が生まれる。
油断ではない、純粋な勝利へのイメージ。
唯単に浮かんだ、絶望的なミッションの中で生まれたかすかな希望。
しかし、現実は常にそんな人間の光を奪うものであり、案の定それは一瞬にして砕かれる。
「隊長!こちらβ、現在的と交戦中!敵影多数!このままではっ……」
「後ろだ!後ろ!」
「えっ!?なんだこれは!ばっ化け物!なんだこれは何だこっ」
「!!?チームβ!?どうした?応答しろ!おい!」
響き渡るのは狂気の断末魔の声と。
水の中で金属を擦り合わせる音。
「っ!?隊長!作戦は失敗です、我々の目的はプラントの制圧。ここでの兵力ではこの中を進むのは!?」
「っ」
「退きましょう!」
隊員の声が響き、少女は決断を迫られる。
戦いにおいて、死に方はいくつかある。
その一つは蛮勇を示し華々しく散る……という選択も考えられる。
しかし、彼女たちにはそんな死に方は許されてはいない。
人を守ると決めた時から、すでに彼女たちは自分の命でさえも自分の意志では捨てられないのだ。
故に、本来ならばここでは全てをかけて逃げるべきだった不知火深紅がファントムを倒せば、この戦いは勝利でなくても任務は成功に終わる。
長山龍人の命令通り、一度退いて、生き残る道を模索するという選択肢が、この状況ではベターではあった。
そうシェリーは判断する。
そしてそれが指揮官として最もただしい選択であった。
しかし。
「私が行く」
彼女は兵士としての最善を尽くすことに決める。
「なっ!?無茶です!βチームが全滅したんですよ!?あなた一人じゃ!?」
「見つからなければいいだけだ!」
「しかし!」
「ここで退いてお前達!私たちを信じてくれた二人に顔向けできないでしょうが!」
その言葉を残し、シェリーはハンドガンを手に森の奥へと走り出す。
「隊長!」
隊員は止めることは出来ない。
手を止めれば迫るかりみを食い止めることができなくなるから、だから、ただ単に叫ぶことしかできず、その必死な声は無残にも冬月の森の吹雪にかき消され、シェリーは森の中に飲み込まれていくのを見送ることしかできなかった。
◆
「っ!?」
その一撃は間違いない致命傷。
以前のジスバルクゼペットによる一撃よりも深く強くその機能を刈り取り、修復不可能な状態にまで破壊する。
が。
亡霊はそれでもワルツを踊る。
「!?バカな」
ぐしゃりとひしゃげた体、折れた手足、曲がった首。
三文小説に登場するゴーストのような其れは、それでも奇々怪々に踊りだし。
その一撃を長山へと放つ。
「長山!?」
「こいっ!」
呼び出された無数の刃が長山の盾になるようにそのファントムの体を穿つ。
そしてその判断は正解であった。
「なっ!?」
破砕。
ファントムの拳は刃をすべて砕き、長山龍人の腹部を捉える。
「がっ!」
忠を舞う長山龍人に、ファントムがその手刀を叩き込み、串刺しにしようとするが。
「ちっ」
長山はその拳に一つの槍を投げ放ち。
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
着弾と同時に。
「爆ぜな」
術式を起動させる。
「GA!?」
触れた個所から破裂・膨張し無数の矛先がファントムを結晶の様に包み込み穿ち続ける。
かつてケルトの英雄が使用した破裂する槍ゲイボルガ。
本来ならば人はその針に埋もれ、全身を貫かれるのだが、その装甲は破られることは無く足止めをするので精一杯であった。
だが、それで十分である。
「長山!離れてろ!」
「言われなくても!」
長山は瞬時に飛びのき、不知火深紅はその呪槍の上から破壊の一撃を動きの止まったファントムへと叩き込む。
「終わりだ!!」
逃れられない破壊。
しかし、ファントムはそれを避けるために。
首を捨てた。
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
何かが千切れる音が響きわたる。
「んなっ!あいつ、自分から首を!?」
長山が驚愕にひるむ……。当然だ、何故ならファントムは、自らの腕でその首を引き千切り始めたのだ。
「ぬっ!?」
そして不知火深紅が敵の頭を掻き消そうとして放たれた突きは、自らの力で引きちぎられた首のせいで照準がずれ頭部を捉えることは出来ず、千切れかけた首ごと喉を消滅させるが、ファントムの首はギリギリのラインで文字通り首の皮一枚でつながり、黒い蒸気のようなものでその形を再現する。
「こいつ」
不知火深紅は返しで放たれる一撃をクローバーで受け止め、間合いを取る。
「おい深紅、あいつ俺達の事見えてる見てえだぞ」
「ああ、しかし俺もお前も術式を断たれてはいない」
長山の言葉に真紅はうなずいてそう冷静に分析し。
「始祖の眼を閉じたな、あいつ」
そう答えを出す。
「自分の意志で状況に応じた判断ができるのか? 随分と賢いなあ」
「あぁ……あるいは」
「?」
「SAAAAAAAAAAAAAAA!」
喋り終わるよりも早く、ファントムはボロボロの体で命を刈り取るために走る。
その体は修復不可能であっても動くことは可能らしく、捨て身で二人を狩りに来る。
「奴も追いつめられてるってことだ」
「あぁ、だが俺達もなりふり構っていられない」
始祖の眼がなければ破壊の右手を止める手段はない。
今度こそ確実に始祖の眼を叩き込み、ファントムを消滅させることができる。
そう確信し、真紅はファントムに一撃を放った。




