第七章 雪月花作戦始動
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日が差し込まず陰鬱とした気候が続く雪月花の森のなか。
シェリーとイエーガーの率いる戦闘部隊が予定より少し早く目標値に到着し、身を潜め合図を待つ。
深紅は作戦の成功率を上げるために、女性部隊 ヴァルキリーと男性部隊 ジークフリードの二つの部隊を作り、作戦を別々に伝えた。
作戦時、深紅の作戦通り敵を殲滅し、本拠地を叩くための重装備部隊である、シェリー率いるヴァルキリー。
装備はロケットランチャーと軽機関銃と、敵戦力の無力化を第一に考えた装備の割り振りである。
一報、そのヴァルキリーをサポートするために作られた部隊が
イエーガー率いる男性部隊 ジークフリードだが、彼らの装備はアサルトライフルかサブマシンガンであり、仮身の大群には少々心もとない。
彼等の任務は表でシェリー達が仮身と戦闘を行っている際、仮身プラントに潜入してファントムの協力者を排除することが目的となっており、敵の本拠地に装備も最低限のもので対応しなければならず危険はシェリー達よりも大きい。
距離は約二キロ。
通常の人間ならば確実にこちらに気づくことは不可能な距離であるが、ここが相手の索敵網から離れる唯一の場所だといわれてしまうと、今まで人間を相手にしてきた彼らは少しばかり不安をあおられる。
敵の情報はある程度知ることができても、彼らは自分たちを獲物とする狩人たち相手に戦いを挑むのだ。
それも、こちらの人数のほうが圧倒的に不利な状況で……。
防衛ならばまだわかる。
圧倒的少人数、非力なものたちが、大多数強靭な敵を打ち倒す場合ならば、己の陣地という地理的優位をもってしてそれをなすことは可能である。
しかし、今回挑むのは。
少人数をもってしての制圧である。
それがどれだけいかれた作戦であるかは明白であり、命を賭してどうにかなる作戦ではない。
誰かが生き残り、作戦を遂行することさえ夢の絵空事。
しかし、彼等の上官は、一人として死ぬことを許さなかった。
「やれやれ、本当にあの二人は無茶ばっかり言う上司だよな、シェリー」
苦笑交じりに隊員が一人漏らすが、それはどこか喜んでいるようにも聞こえた。
「……そうね、私たち兵士にウエイトレスをやらせたり、一般の女の子のように扱ったりして……本当、困った上官だわ……でも」
一度シェリーは愚痴をこぼすようにそう文句をこぼし、あきれたように肩をすくめる。
思い起こせば、この一ヶ月間、少女は年相応の人生を過ごした。自分の役割を奪われ、己の非力さを悔いたこともあったが、なんだかんだで彼女はこの一ヶ月間の不意の休暇は有意義なものであったと感じていた。経験したことのない仕事に、初めて異性を意識したこの一月……。
ただ、機械的に生きてきた人生の中でこの一月は幸福に包まれていた。
恐らく、ほかの隊員たちも同じだろう。
主が射撃訓練を終えて帰宅した後、彼らは目を輝かせながら武器を磨き、練習法を無い頭をより集めて考え合っていた。
それがどれだけ幸福だったか、きっと彼らは知りもしないだろうが……それだけで少女たちにとっては、命をかける価値のある時間だった。
それが続くのであれば、彼女たちは歩みを止めないだろう。
戦うことだけが目的で、それに嫌気が差して誰かを守る仕事についた。
それでもやっぱり、自分たちにできることは銃を握って人を殺すことだけで。
そんな私たちの命を、彼は尊いと語り。
そんな私たちの技術を、主は素晴らしいと褒め称えた。
「……でも、だからこそ私は雪月花に忠を尽くす」
誰一人として否定するはずが無く、銃を構えなおし響く雪月花の森にふさわしくない乾いた音が、その答えの代わりとなった。
自分にできることは結局、これしかないのなら……それをもってして主の期待に応えるまで。
「行くぞ!!!」
合図と共に女性部隊ヴァルキリー隊長、シェリー・グラニッツ 男性部隊ジークフリードの 怒号が同時に響き渡り。
『Yapaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa!!!』
今、雪月花作戦が始動する。
■
先ほどまで吹雪いていたのに、雪月花の森の中にはちらちらと粉雪が舞う。
木々はこれから起こることを予感しているのか?それとも、いつものように俺たちを見かけて、面白いことが起こるのを予感して喜んでいるのか?
ざわざわと身を揺らして俺たちを見下ろしている。
当然森は以前変わらずそこにあるだけ。決して干渉せず俺たちを見守る腹積もりなのだろう、人の何倍も生きる彼らにとって人間の戦いなど瑣末ごとに過ぎず、ただ面白そうだから興味をもっているだけで、助けようだとかそういう気持ちはまったくありはしない。
まぁでも、お宅らが何を考えようがこちらにとっても瑣末ごと……言葉も考えてることもわかりはしないのだから、非難を受けようが俺は痛くもかゆくも無い。
だから、のんびりと見学しているところ悪いが今回ばかりは、この土地の主のために役に立ってもらう。
「深紅。全員配置についた。いつでもいけるぜ」
背後で相棒が俺にそう声をかけ、俺は無言のまま一人頷く。
「……っ!?な、なんかきてるっさ!?なんだかわかんないけど!?でっかくて、トラよりもやばいのがきてるっさ!?」
「あぁ、さっきからずっと……見えてるよ、カザミネ」
「場所はどこ?龍人君」
「……ここまでは作戦通り、まっすぐ前を単騎特攻猛進中だ」
「み、みんなどうしてそんなに落ち着いていられるんだい!?やばいさね!こいつ本当にやばいさね!」
狩人の勘か、カザミネは迫る悪鬼の存在にその身を振るわせる。
当然だ、あの姿は死神以外の何者でもない……。
だけど。
「……逃げないの?」
最後のカザミネの懇願するような台詞に、俺と長山は無言で頷く。
一陣の風が吹く。
やはりこの土地の気候というのは気まぐれで、先ほどの粉雪は一瞬にして猛吹雪に代わり、俺たちは一度目を細めてそれの到来を視る。
「よう……」
「SAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」
以前変わることないその体は、死そのものを体現したかのようで……。
「相変わらず、亡霊みたいに出てくるな」
長山はそんなくだらないことを冗談めいた口調でつぶやく。
それが引き金となったのか、たまたま偶然か、ファントムは全速力を持って冬月桜へと疾駆する。
その腕は鎌であり、いともたやすく命を刈り取るだろう。
だが、そんな恐ろしい光景だというのに、俺は本当に亡霊みたいだ……なんてくだらないことをつぶやいてしまった。
最後の戦いだというのに、困ったことに俺も長山も、そんな感想しか浮かばないらしい。
ゼペット戦のときのような高揚も、ジェルバニス戦のときのような葛藤もここには無い。
あるのは、一握りの空虚感と……胸を埋める絶望。
だが、それに飲まれることは無い。
なぜなら、希望はすでにつながったから。
だから。
「桜……そういえば一つお前に渡すものがあったんだった」
俺はいつもどおり、相手の虚を突こう。
たとえ亡霊でも……この俺の策は見抜けない……。
「……え?」
「一日早いが、誕生日プレゼントだ」
指を鳴らし、始動キーを誰にも聞かれないように小さな言葉で紡ぎ、恥ずかしいから桜にしか分からないプレゼントを贈る。
それが合図……。
俺にとっては作戦開始の合図を知らせるための狼煙。
その合図を持って、俺は雪月花作戦を開始した。




