第七章 停止まで残り11時間。 全滅 そして
作戦の説明を終えた俺は、早めに終わらせてしまおうと思い、早速援軍の元へと向かうことにする。
「あれ?深紅どこ行くん?」
「ん?ああ、さっきも行ったが援軍の部隊とともにブリーフィングだ」
「ブリーフィングねぇ、今じゃケータイ電話だってパソコンだって進化してるのにわざわざ足はこぶ必要ねーんじゃねーの?」
「直接会って話したほうが士気も高まるし、その人物像を互いに捕らえやすい……作戦は同じでも、人によって作戦の流れに多少の差は生じるものだ……だからこそ直接会ってお互いを知ったほうがいい」
「そういうもんかねえ」
「そういうものだ……一緒に来るか?」
「……」
ふと何気なしに言った台詞、しかし長山は目を丸くして驚いたような表情をする。
「どうした?驚いた顔して」
「いや、珍しいな。お前が俺を誘うなんて」
「そうか?」
「うん、なんかあった?」
確かに、どこかに出かけるのにこいつを誘う……というのは初めてかもしれない。
頼んでもいないのにひょこひょことついてくることは多々あったが。
「特に意味は無い、ただ聞いただけだ」
「そっか」
「で、行くのか?」
「あぁ、じゃあせっかくお誘いを受けたんだし行きますかねぇ……見張りはゴーレムたちがいるし、前回みたいなへまはしねえし、石田さんもゼペットもいるわけだし、大丈夫だろ?」
「あぁ、それに亡霊だから朝には出てこないさ」
「……本当に大丈夫か深紅。冗談なんて終いには空から迫撃砲が降ってくるぜ?」
失礼なやつだ。
「俺だってたまには冗談は言うさ」
「やっぱり桜ちゃんって偉大なのかねー?」
「ニヤニヤするな気持ち悪い」
「はいはい、じゃあ行こーぜ深紅」
「まったく、餓鬼かお前は」
軽口を叩きあいながら、俺と長山は二人雪月花の城からジハードの待つ雪月花の森東部へと歩を進める。
と。
「そういえばさ」
長山は一人つぶやくように俺に問いかける。
「何だ?」
「桜ちゃんとどこまでいった?」
「ぶっ!?」
「あら?意外と初心な反応。もしかしてまだ……」
「なっなっなっ!?何言ってんだお前はいきなり!?」
「あらーシンクンまだ手も出せてないのかー。あー駄目だなー思ったよりへたれだなぁー……一つ屋根の下で毎晩寝泊りしてんだから、もうあんなことやこんなことてっきりやってると思ったんだが……いやはや」
「だーーー!?変なこと想像スンナ馬鹿山!?ってか俺たちはまだ15でな……そ、そういうことはまだ」
「えー?普通15のカップルってチューぐらいはするもんじゃねーの?」
「な……しかしな、まだ付き合って一月もたってないし……」
「古いなー深紅は、古風だなー……まだキスのこと口吸ひとか言ってそうだな」
「言うか!?まったくお前は、いつまでたってもそう人のことからかって」
「いやいや。別にからかってんじゃなくて……!?」
「!?」
冗談めいた友人との談笑はそこで途切れ、その瞬間俺たちは吹雪に乗って流れてくる一つのにおいに声を潜める。
「長山」
「あぁ、こいつは……」
鉄がさびたような生臭い匂いに、かすかな腐敗集……異様な香り。そう、これは。
「血の匂いだ」
その言葉と同時に、俺と長山は跳ねる。
その森に漂うのは大量の血の匂いと、充満した死の香り……。
この森にとって完全に異常なその匂いは、同時に俺たちに最悪のイメージを植え付け、そして、それはいともたやすく現実に投影される。
まるで、はじめからそうだったかのように……。鮮明に、正確に。
「な」
そこにいたのは仮身だった。
◆
1・00
「今戻った」
「ったく畜生め」
「お帰りなさい、早かったね……ってどうしたの!?何かあったの?」
ブリーフィングに出かけていたといわれていた二人は割かし早く帰宅をしたものの、どこか疲労したような表情で玄関に転がり込むようにはいり、近づいて見るとその額には玉のような汗がびっしりと付着し、鱗のようになってしまっていて、私は思わず声を上げてわけを尋ねる。
「桜、石田さんとシェリーは?」
「え?」
「どこにいる?」
「あ、えと……シェリーは今部隊に向かってて、石田はすぐに呼べるけど」
「二人をすぐにここに呼んでくれ」
「ちょ、どうしたの真紅?何があったか教えて?」
「……はぁ……援軍が」
「?」
「援軍が、ファントムの軍勢によって全滅した……」
■
急いで集められた人物は、先ほどの石田、ジハード、シェリーに加えミコトやカザミネ、ゼペットや謝鈴も、談話室に集合し、不知火真紅の報告を耳に入れる。
「……ぬぅ、しかし援軍がこうも早く皆殺しにされるとはのぉ、軍人アレスの気に触れることでもしたのかのぉ?」
「……いや、これは明らかに私のミスです……雪月花の城で合流という形にしていればこういうことにはならなかったはずだ……くそっ……」
ジハードはそう一人はき捨てるように己を戒め、こぶしを叩く。
カウンターから響く音は空しく、しかし意味無く響く。
「……ゴーレムを雪月花の森のほうにも広く配置しておけば……全滅は免れたかも知れねーってのに、完全な別行動をとらせたのが間違いだった……ジハードがつれてきたからって、過度に信頼しすぎちまったんだ……ここは地の利は敵にある……その危険性を考慮して雪月花村に着地させるべきだった……」
「しかし妙だな」
悔やむ俺たちに対し、ゼペットはその報告を聞きながら一人そうこぼし。
「そうさねぇ」
同時にカザミネもそう言葉を漏らす。
「何がだ?」
「気づかぬか?」
「だからなんだよ」
長山はいらだたしげにそうゼペットに当たるが、ゼペットは気にする様子も無く一人のどを鳴らし。
「敵の行動が早すぎる……」
そうつぶやく。
「何?」
「だから、いくら地の利があるからって、今日到着した部隊をものの数時間で全滅させすぎるってのは少しばかりできすぎって熊男は言ってるさね」
「……どういうことだよ?」
「!!まさか」
「ああ、そうだ。敵の本拠地はお前らも知っているとおり雪月花村からは反対方向にある神聖の森奥に存在する……そこから雪月花村までは、万物による警戒網が張られておる、となると敵は雪月花の森に到着するにはその警戒網の外側を大回りしてこなければ雪月花の森に侵入することはできん……しかも、雪月花の森にもゴーレムはおるし、その範囲外に援軍が待機をしていたと、誰が知ることができようか?」
「確かにそうですね。今日到着した増援の情報は、少なくとも到着した朝の5時以降に工場の仮身が警戒網の外側を通って部隊の元へ向かったのだとしたら、仮身の機動力をもってしても時間のつじつまが合いません……あらかじめ雪月花の森に潜伏し、急襲の機を図っていたとしか……」
「情報が、漏れていたということかしら?右腕さん」
「ええ、その可能性は十分あります」
「そんな馬鹿な!?我々の部隊の到着は本部と、ここにいる皆さんしか知らないのですよ!?この中の誰かが、ファントムたちと内通しているとでも言うのですか!?」
「そうは言っておらん。内通者がこの中にいるならば、そやつにはいくらでも冬月桜を殺す機会はあったはず。それなのにこの城の中では冬月桜が襲われたことはないということを考えると、敵がこちらの情報を知る手段を持っている……と考えるのが妥当だのぉ」
「……どうやってですか主?」
「それがわかれば苦労はしない。だが、敵も俺たちの行動を知るすべがあると考えて行動をしなければ、こちらが何を画策しても意味は無いだろう。それに、これで納得した点がある」
「納得?」
「あぁ、桜と町に行ったときや、ミコトが襲われたとき……そして今日……敵はすべてゴーレムの範囲外に出た人間の情報をいち早く察知している」
「……何?」
「長山」
「ん?」
「仮身がこの村に侵攻してきたのは……俺たちが出発してから何時間後だ?」
「……確か、二時間後だと思うが」
「……二時間……レナ川の長さから、車の速度を計測すると……」
深紅はそう一人つぶやきながら走行距離を計測しながら、黒いマーカーでレナ川の道をなぞっていくと。
「……決まりだ」
黒い線は、雪月花の森と隣の森の境界線上でとまった。
「……どういう、ことだ?」
「おそらく、長山の敷いた警戒網に入らないように、敵はその付近に偵察用の仮身を各所に配置しているんだろう……」
「ふむ……確かに、その可能性は高いのう……いかに対大量破壊兵器専門部隊の精鋭といえど、森に紛れた仮身を見つけることは砂漠に落ちたダイアを探すよりも困難。気づかないのも無理は無かろう」
「……そうね、桜ちゃんと私が襲われたのも、確か冬月家の森を少し抜けた先……」
「部隊が冬月家の森より外からその存在を知られていたとしたら、時間としての辻褄は合います。主」
「決まりっさね……」
「しかし、そうと決まれば対策の立てようはある。用は森の外に出なければいい」
「……あぁ、ルートは少しばかり変更されるが、作戦自体は変えずにすみそうだ」
「……でも、蒼炎の人間は全滅しました、工場急襲作戦はもう……」
「部隊の人間はいないが、武器はある」
「え?」
一瞬、シェリーは目を丸くしてそんな声を漏らす。当然だ、今彼が口にしようとしていることは、今までの彼からは想像もしないようなことだからだ。
「……シェリー。お前らで仮身工場を制圧しろ」
「なっ」
「何を言ってるんだよ深紅!?ボディーガードたちは確かに全員元軍人で優秀なやつらばっかだけどよ、仮身との戦闘をしたこと無いんだぜ!?」
「わかってる」
「じゃあ何で!?」
「工場の急襲は、ファントムに続く後続を抑える役割も担う。援軍の無い今、ファントムについで仮身の軍勢をも相手にする余力は俺たちには無い……桜を守るためには、それしかない!」
それは、作戦というにはあまりにも無謀であり……その発案は、通常ならばただの死刑宣告に他ならない。
仮身と普通の軍人を戦わせるなど、蛇と蛙を対峙させるようなもの……仮身の皮膚を貫く武器があるとはいえ、人間と仮身には埋め難い大きな差が存在する。
本当に、できることはただの時間稼ぎであり……そこで起こることは戦闘などという闘劇ではなく、殺戮という名の惨劇である。
「それしかないって!お前!」
「リュウト!」
だが。
「!?シェリー?お前まさか!?」
彼女はその決断を迫られて、笑っていた。
「イカれてると思われたでしょうリュウト。勝ち目の無いに等しい戦いに赴き、今私たちは死のうとしている……ですが、私たちはこの戦場を喜んで引き受けましょう」
「……死に急ぐ、というのなら進めないわよ?護衛さん」
ミコトはぴしゃりとそう一言つぶやく用に忠告し、しかしシェリーはその言葉を力強く首を横に振って否定する。
「……私の使命は桜様をお守りすること……これは、誰に命令されたわけでも無く、私自身が決めた道……その道を歩むことができるならば、たとえ勝ち目が無い戦いだとしても……たとえ一人として生き残ることができなかったとしても……どんなに微力だとしても、桜様をお守りする手助けができるならば……この命すべてを捧げましょう。それが、私達自身が定めた掟であり、この忠義こそが、私達の生きる道だから!!シンク!謹んでその任をお受けいたします!!」
「頼んだぞ……」
深紅は少しばかり表情を曇らせ、その一言だけを搾り出すと、シェリーは笑顔で敬礼をする。
その笑顔は、いつもの可愛らしい女性の微笑ではなく、兵士として覚悟を決めた、たくましい笑顔であった。
「……っ深紅がお前らに指示をだす権利があるなら、俺にだってあるはずだ」
しかし、長山龍人はいまだに得心の行かないといった表情のまま深紅を押しのけ、シェリーの両肩をつかむ。
「!?リュウ……ト?」
「お前らがやりたいっていうんだ……もう無理にとめたりはしねえ。だが、この命令だけは絶対に守れ」
「……はい。リュウト……なんでしょうか?」
「死ぬな」
それは、友の意思を受け継いだ言葉。
彼はその道を捨て、その言葉をつむぐことは許されない……だからこそ、彼は代わりにその言葉をつむぐのだ。
友が捨てた理想は、己が引き継げばよい……そうなれば、彼は何も気負うことなく大切な人を守ることができるのだから。
それが、英雄長山龍人が出した、憧れへの答えであり、友への手向けであった。
「……長山、お前」
「いいな、醜くたっていい。死にそうになったら逃げりゃいい……最善を尽くすのはいいが、それ以上はただの犬死だ……それだけは絶対に許さない!!わかったな!」
「はっ……はい!!」
シェリーは一瞬戸惑ったような表情を見せたが、それでもその言葉の意味を理解すると、再度敬礼をしなおす。
矛盾だらけの無茶な要求。それでも、その言葉だけでシェリーは十分であった。
誰も救うことができなかった自分。誰も守れなかった非力な自分。
それでも、彼らは私達を必要とし……そして今最高のチャンスをくれた。
役立たずの駒ではなく……一人の仲間として認めてくれた。
その言葉だけで、彼女の心を鼓舞するのは十分であった。
「ふむ、急襲のメンバーはそろったようだが、当主の護衛はどうする?よもや一人で我等のところに向かうわけには行かぬだろうに」
「そうですねぇ……では、私が護衛に」
「いや、石田さんは村の護衛を頼みたい……桜を逃がすルートは、村に近い……仮身が村を襲った場合、石田さん意外に仮身をとめられる人間がいない」
「しかし、それでは桜様の護衛は?」
「…………」
深紅の心の中では答えは決まっていた。
しかし、深紅は一度その瞳を閉じて考える。
その判断が正しいのかを値踏みするように。
否、その判断が正しいと信じ込むように。
そして、そっとその人間を見つめる。
「え……?」
きょとんとした表情で見つめ返す少女。
「お前に頼みたい……カザミネ」
「私?」
「なっ……駄目駄目!絶対駄目だよ真紅!!シェリーはまだしも、カザミネは普通の女の子なんだよ!?軍人でもない、それなのに巻き込むなんて、どうかしてる!」
「この森はお前の庭だ……安全なルートを最短距離で教会までたどり着くことができるはず。それに、お前の鼻は獣よりも優秀だからな」
「守護者さん!?冗談でも限度ってものがあるわよ……仮身の危険度を忘れたわけわけじゃないわよね!?」
「忘れてはいないさ。だからこそカザミネに頼むんだ。ファントムは俺達で足止めをする。だが、仮身はとめられない。そうなれば脅威はファントムよりも仮身のほうが大きいだろう。しかし、仮身は殲滅兵器であってサーチアンドデストロイには優れていない……まっすぐ人のいる場所……村を経由して冬月の城を目指すはずだ。それが予想できるのだからカザミネは仮身と衝突しないようなルートを導き出せるはず」
「だからって、万が一遭遇したらどうするの!?二人とも死んじゃうわよ!!」
「それはシェリー達が護衛に当たっても同じこと。相手はただの仮身じゃない。トップがいて統率された軍団だ、リスクを背負わずに勝てる相手じゃない」
「……いいか、この場所で桜はファントムに一度襲撃される。そうなれば敵は全兵力をこの付近に集結させるだろう。ここでうまく撒ければ、敵の注意をこの教会から背けさせることができる……だが、急襲をしているシェリー達が時間を稼げなかったら俺達は死ぬ。同時に、俺達が時間稼ぎに失敗したら桜は死ぬ……成功の確率は少ない、いや、むしろ失敗の確立のほうが高いだろう。それでも俺達は、最後まで足掻き続けると決めた……そうだろ?ミコト」
「…………」
真紅の言葉に、カザミネは一度唇を噛み。
「っわかったわ。でも、何が何でも時間稼ぎしなさいね守護者さん」
弱弱しくその案を受け入れ、深紅をにらみつける」
「あらあら、珍しいさねぇ、私のことを心配してくれるなんて、何か悪いものでも当たったかね?」
しかし、そんな表情を見せるミコトに対して、カザミネは相変わらずの態度で笑いかける。
「あんた!?どれだけ危険なことか」
「わかってるっさよ、仮身が熊よりもトラよりも危険で、どれだけ危ないことかってことくらいね……でも、それで桜ちゃんを守れるんなら、私はどんな危険にだって飛び込んで見せるさね、それが狩人ってもんだよん!!」
「!?………そう、もうかってにしなさい」
カザミネは震えていた。
当然だ、彼女は知ってるのだ、その兵器がどれだけ危険でおぞましいものかを。それを目の当たりにしながらも、この役目を買って出た。
それがどれだけ勇気のあることで、覚悟が必要かはミコトは知っていた。
だからこそ、その少女をとめる言葉は今の彼女は持ち合わせていなかった。
「決まり……だな。もう一度作戦を確認しよう……これからシェリー達は、武装を整えてから敵の本拠地に向かい、合図があるまで待機。同時にゼペットたちも教会で手術の準備を進めてくれ」
「うぬ。もしファントムがこちらに来たら任せておけ、我が一撃の下に屠ってやろうぞ!」
「主、まだ怪我は完治していないんですから!!無茶はさせませんよ!」
「なぁに、そこで死ぬようならば我はそこまでの人間だったということよ」
「今はあなただけの命じゃないでしょう!!責任も果たせずして何が覇王ですか!ほら、行きますよ!」
「うぬ、ではまた後でな、冬月桜よ!」
「……私も、村を守らなくてはなりませんからね……そろそろ行くとしましょうか」
「石田」
「なんでしょうか?桜様」
「……あなたも無茶しちゃ駄目よ?」
「ええ。私ももう年ですからねぇ……壊された建物は直せばいいだけですし。老いぼれは危なくなったらさっさと尻尾巻いて逃げることにしますよ」
「そう、だったらさっさと村人の非難を終わらせて、昼寝でもしてなさい。今日くらい、のんびりしなさいな」
「……了解いたしました……それでは」
「……はぁ」
「ミコトはどうするの?非難するなら一緒に……」
「馬鹿いわないでくれない?当主さん?」
「ふえ?」
「私がここからいなくなったら、誰があなた達にお帰りなさいって言うのかしら?」
「……でも、ミコトちゃん」
「戦って疲れて、ご飯の一つも無いんじゃお腹空くでしょう?だから、美味しいご飯作って待ってるから……ちゃんと帰ってきなさいな?」
「………悪いな。いっつも待たせてばっかりで」
「自覚があるなら、早く帰ってきてね……深紅」
「!!こらこらこらー!なーにさらっと誘惑しとるかねこの目狐は!?」
「そそそ、そーだよ!真紅は私のものなんだからね!?」
「あらあら、いつ誰がいなくなるかわからないのよ?今の内に好感度を上げておくのは重要よ?」
「さっきといってることが違うぞミコト」
「ふふふ、さて。シェリーさんたちの分も作らなきゃいけないから大変ね……じゃあ、そろそろ私も行くわ。せいぜい頑張ってね、お二人さん」
「むかー!あったまきた!ちょいとばかしいいやつかもしれないなんて思った私がばかだったっさね!ちょっとまてー!」
「お、おいカザミネ!?」
「大丈夫!すぐに絞めて戻ってくるさね!」
「……やれやれまったく。座りすぎて疲れちまったよ……少し外の風に当たってくら」
「長山……」
「じゃあお二人さん。ごゆっくりー」
「まったく、余計なおせわだ」
「ふふ。いい友達じゃないの」
「まぁな」
ため息混じりに真紅は苦笑をもらし、そんな深紅の表情に桜は楽しそうにニコニコと笑顔を見せる。
その表情はまるで、今日自分の命運が決まることを忘れているかのように明るい。
そこには迷いも、ためらいも恐れさえも存在していない。
「……二人きりになっちゃったね」
「そうだな……」
ふと、桜はそんなことをつぶやき、そっと何か考えるように瞳を閉じる。
それにつられてか、深紅も何か感慨深げに瞳を閉じ、お互い瞳を閉じたままそっと本棚に隣同士背中を預け……深紅は思いにふけるように下を向き、桜は天を仰ぐように天井を見上げた。
「色々あったねぇ」
「あぁ……何か言うことあるか?」
「……何も無いよ。 泣き言も鼓舞する言葉も言い尽くして、今思いつくのはおなか減ったくらいの言葉だけ」
「っはは……そうか。お前らしいな……うん。お前らしい」」
人々が消えそこには二人だけが残された空間。
けれども二人にとっては、その静寂の中でお互いの心は通じ合っていた。
だから、それ以上語る言葉は必要なく。ただお互い先に待つものを見つめている。
運命は常に過酷なものであり、その転換は呆れるほどに瑣末なことがきっかけとなる。
一人は己の勘違いに気づき、喜びを知り。
一人はたった一つだけの本物を見つめることができ、生きる実感を得た。
ただそれだけのことなのに二人の人生は大きく変化し、そして物語は大きな編纂を必要とされた。
それが偶然なのか、必然なのかはわからない。
しかし、一つだけ確実にわかることは、二人の出会いはお互いの運命を好転させたということだけ。
「……行くか」
「うん」
結局二人は、言葉も交わすことなくお互いの表情も見ること無いまま、その一言だけをこぼして前へと進んで行き、扉を開く。
入り込む光は少しばかり部屋の中の明かりよりもまぶしく、少しの緊張感とどこか胸の高鳴りを覚えながら戦場へとその歩を進める。
終わらせる為ではなく……始めるために。
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