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第七章 護送作戦 釣って逃がして木を隠すなら森の中

「釣り?」

不知火深紅の言葉に、一同は疑問符を浮かべる。当然だ、不知火深紅が呼び寄せた二人は、今まで戦闘から遠ざけていた人間だったからだ。おまけに彼の意味不明なセリフが、余計に彼らの疑問をより深い物にしていた。

しかし、深紅はそんな彼らの疑問をよそに、コートの中から一つの丸まった紙を取り出し、机の上に広げる。

「これは……」

それは、雪月花村とその周辺の森の地図であった。

「ファントムの目的は桜の命だ……そして、放っておけば今日中に停止をする桜をわざわざ殺しに来るという事は、桜への遺産相続を阻止するのが目的だということ……裏を返せば、雪月花当主として雪月花の遺産を手に入れた瞬間、敵の目的は失われ、桜を襲う理由がなくなる。反面、敵も最後のチャンスとなるわけだから全兵力をもってこちらに挑んで来るはずだ。その為、桜の手術は出来るだけ安全なところで行うことにした」

「安全な所って、ここじゃないのか?」

「ここは敵に場所が割れているし、圧倒的に数で劣る俺達に、相手が全兵力をもってここを狙われたら村に甚大な被害が出る……だから、桜は違う場所に移そうと思う」

「……ちょっと待ってくださいシンク」

「なんだ?シェリー」

「それでは意味がないのでは?桜様をこっそり移動させても、相手は桜様を目指すはずです」

「そうだ、だから釣りなんだよシェリー」

「?」

不知火深紅は口元を吊り上げたまま、持っていたペンで神聖な森の一部分を赤くまるで囲む。

「ここは?」

「桜は、ここでファントムに襲われる」

「え?」

「何言って」

「???」

不知火深紅の言葉に、一瞬皆驚愕に瞳を丸くするが、不知火深紅はそんなこと気にする風でもなく、淡々と作戦を語り続ける。

「前回話した通り、ファントムは桜の停止の術式によって桜を認識している……つまり、術式に囲まれたこの城の外に出た瞬間、ファントムは桜を認識し、操っている黒幕も全兵を桜に向かわせるだろう……そうすれば、後は単純だ、ファントムの機動性は他の仮身に勝る……故に、ここに来るのはファントム一体だけ……そしてここでファントムの眼をくらませることができれば、敵は桜を認識できなくなる……その間に桜をこの地点に移動させる」

「……ここは?」

「雪月花の住民さえも知らない場所、ゼペットが隠れている捨てられた教会だ」

「こんなところに教会が……」

「ファントムの眼が眩まされていれば、敵はこの場所に至ることはない……例え俺達との戦いを放棄して桜の抹殺に向かったとしても、森の中には俺が罠の術式を大量に設置しておいた。 これだけ術式に囲まれて秘匿された場所を特定することは出来ない それは桜と共に検証済みだ。 始祖の眼も多くの術式が施された場所では一つの術式を認知することは難しいらしい……木を隠すなら森の中という奴だ。後は、さっきも説明したとおり、俺と長山でファントムを抑え、ジハード率いる蒼炎の部隊で、主力であるファントムの欠けた敵の本拠地仮身プラントを叩く。これが作戦の一連の流れだ」

「なるほど、これがうまく行けば、敵兵力の分散と同時に、村や城の安全と同時に、桜様の安全も確保できる」

「おいおいまてよ、確かに効率は良いかもしれねえけどよ、桜ちゃんを囮にするっていうのか?というか、どうやってファントムから桜ちゃんを逃がすんだよ!?」

「考えはある。その為の準備も万全に仕込んできた。失敗はしない」

「随分な自信だが、桜ちゃんのことも考えろよ!?そんな危ないこと……」

「うん、私に文句はないよ。囮訳、引き受ける」

「桜ちゃん!?」

「いつも言ってるでしょ、みんなだけにリスクを負わせて、自分だけノンノンとしてるのは当主として許されないって」

長山龍人の心配をよそに、冬月桜は力強く胸を叩き、それに対して意外そうな表情を深紅は見せる。

「意外だな、お前ならてっきり私も戦うとかいうと思ったのに……せっかくお前を言いくるめる口上を考えて来たんだが」

「……本当だったら戦いたいよ、でも、今私が戦うのはファントムじゃない…………私にとって、戦うべきは自分の運命だから」

「そうか……」

深紅はそういうと、そっと桜の頭をなでて、説明を続ける。

「そして、シェリーを呼んだ理由だが」

「は、はい!?」

「お前達には、桜をこの教会にまで護送してもらう」

「え…?」

「正直、この任務で一番危険が伴う任務だ……。お前達の装備では、ファントムはおろか、仮身でさえも装備をしていない状態に等しい。交戦になったら勝ち目はない……嫌がるならば降りてもいい、最後の一兵になっても桜をこの場所まで護送できるというものだけ引き連れ、桜を護送してほしい」

「……」

急に迫られる決断……これは、裸一貫で虎の群れの中を走りきれと言うくらい無謀な要求であり、常人ならば誰一人として受けるものはいないだろう。

しかし、彼らは違う。

なぜなら、桜を守ることだけが彼等が待ち焦がれつづけたことなのだから。

故に、返事に迷いはなく。

「全兵力を率い、必ず桜様をこの地点まで護送します!」

「……ありがとう。 頼んだぞ!」

「イエス!サー!」

そんなシェリーと深紅のやり取りを見て、桜は少しだけうれしそうに微笑む。

「随分と丸くなったじゃないの深紅~」

「別に、ただ桜を守るのに、使えるものはすべて使おうと思っただけだ」

「ふふふ、素直じゃないのは相変わらずだけどね~」

「茶化すな桜!?」

「あははは……」

「やれやれ、お前ら本当にこれから殺し合いをするってわかってるのか?……はぁ、まあいい。作戦の決行は15時から18時……明日0時に桜は停止をする……手術時間は六時間かかるらしいから、18時までに桜を護送し、できれば手術が始まる前に敵を殲滅するぞ」

「……三時か、あと五時間もあるのかよー」

「ゲームでもしよっか龍人君?」

「まじめにやれお前ら!?」

「あははは」

張り詰めた糸が少し緩み、笑顔がもれる。

そんな様子に深紅は一人まったくとため息を漏らし、地図に記された赤いマークを見つめる。


神聖の森の西側につけられた赤い丸……。 

彼は一度その赤い丸を確認するように一撫でし、冬月桜をもう一度見つめた。


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