第七章 停止まで残り18時間 作戦会議
12月24日 4:00分
「だれだ?」
朝の4時、俺は桜の部屋に響くノックオンで仮眠から目を覚ます。
この時間にノックをするということは、声の主の目的は俺であるため、桜を起こさないように扉を開ける。
「おはようさん。座って寝てるはずなのにどうして寝癖がたってるんだ?」
声の主は長山であり、朝一番開口一番でいつもの軽口を飛ばしてくる。
「……寝癖ではない、癖毛だ。そんな話をするために、朝から俺を起こしたのか?」
「そんなわけねーだろ?ほれ、ジハードからの伝言だ」
「ジハードから……なんだ?」
「準備は完了。後に私が向かいます……だそうだ」
それだけで意味は十分に伝わった。
ジハードがアメリカから遅らせた対大量破壊兵器専門部隊。ジューダス・キアリー直属の部隊である 蒼炎がこちらに到着したということだ。
……本当にタイムリミットぎりぎりである。
「……間に合わないかもと少し危惧はしたが……どうやら間に合ったようだな」
「あぁ、これで戦力は確保できた。さっさと討伐して、ぱぱっと終わりにしちまおうぜ?」
「了解だ」
長山の表情はすでに準備は整っていることを表しており、俺はそのいつに無く頼もしい長山に俺は口元を緩ませる。
「じゃ、俺は屋上で用意してくるから、お前も万端にしとけよ?」
「誰に言っている」
長山につれられて、軽口を叩きながら俺はそのまま廊下へとでて、一度振り返る。
そこには、幸せそうな表情をして眠る桜の姿がある。
小さな寝息を立てて、そっと布団が上下している。
俺が負ければ、……それは停止する。
そうもう一度、己に刻み込む。
本日12月24日……。
今日の夜に、すべてが決まる。
守りきっても、助かる確率は50パーセントのどこからどう見てもイカサマな賭け事だが……それでも、桜と俺は最後まで足掻いてみせると誓ったのだ。
だから。
「絶対に守る」
手術の確立をあげることはできないが、桜に仇なすものをすべて排除することくらいはできる。
だから。
負けることは許されない。
俺は、桜とともに歩むと決めたのだ。
だから……。
今日。すべてに決着をつけよう。
12月24日 6:00
「ふぅ」
武器の手入れを追え、俺はマガジンを机の上におく。
桜を起こしてしまう可能性を考慮して、俺は始めて用意された自室を使用して、弾薬の補充を行っていた。
ファーストアクト セカンドアクト そして、サードアクト。
すべての特殊弾丸をマガジンにセットし、積み上げていくだけの簡単な単純作業を、俺はジハードを待つ時間で黙々と続けていた。
「……少し、作りすぎたか」
しかし、無心で打ち込みすぎたせいか、それともジハードがくるのが遅かったのか……俺の目の前にはすでにマガジンが山済みになっており、俺は自分でやったことだったが息を呑む。
マガジン数50。ファースト25 セカンド15 サード10。
合計600発。
あらかじめ用意していたものをあわせると総数は1000を超えてしまいそうだ。
術式の中にしまいこめるとはいえ、どう考えてもハンドガンはこれだけの銃弾を打ち続けることは想定されていない……。
……いったい俺は何と戦うつもりなのだろうか……。
「はぁ」
己の愚考に少しばかり頭を痛め、俺は自分に対してため息を一つ漏らし、
とりあえず収まるだけのマガジンは補充し、あまったものの使い道を考える。
「確か、桜のマガジンの補充してなかったな……」
クローバーの片割れは護身用に桜に預けており、桜のほうのマガジンはおよそ20程度……。機能射撃訓練を一日中続けてたから、たぶん使い切ってしまっているだろう……。
流石に弾400発は多すぎるが……それは仕方ないので桜にプレゼントすることにしよう。あいつなら喜ぶだろうし。
「やれやれ」
取り合えず作り終わった弾丸の配分が決定し、今度こそ本当にやることが無くなる。
ジハードはいまだに訪れる気配は無く、石田さんは厨房。
珍しく緊張しているのか、俺は少しばかりそわそわとした気持ちのまま、隣で何かもくもくと作業をしている長山を見やる……そういえば、クローバーは一丁は桜の元へ、そして安綱は折れてしまった……クローバー一丁でも戦闘に支障はきたさないといっても、安綱が抜けた手持ち無沙汰間はいなめない……となると、何でもいいから刃は補充しておくべきか……。
丁度いい、あそこにいる長山から一本失敬するとするか……。
そう一つ思い、ソファーの裏でなにやら熱心にもそもそと作業をしている長山を覗き込むと。
「……これは驚いた」
そこには、馬鹿丁寧に武器を磨く長山の姿があった。
「なんだ……深紅」
「いや、緊張してるのか?」
「ばっ!?おまっ!!そそそ、そんなわけねえだろ!どれだけ修羅場くぐってると思ってるんだよお互い!」
「いや、だって」
丁寧に手入れしているアロンダイトが、なんかそれはもうかつての聖なる輝きを取り戻しそうなくらいに手入れされている。
「……お前、武器そんなに丁寧に扱うやつだったっけ」
「あ、当たり前だろ!」
「お、おう。そうか」
長山はそういいながら、隣においてあったコーラに手を伸ばすが、手が震えておりなかなかグラスを取ることができていない。
「あれ?おかしいな?地震か?参ったな……おーいしんく~?地震だぞ?結構でかいからきき、気をつけろよー」
「揺れてるのはお前の手だけだ」
なんだかんだで俺と同様緊張しているようだ。
「やれやれ、長山俺の刀は折れてしまったから、一本なんかもらうぞ」
とりあえず俺は、いまだにコーラのビンと格闘している長山を尻目に、珍しく丁寧に並べられた手入れ済みで輝いている武器に手を伸ばしながら長山にそう一言告げる。
承諾はされてなかったような気もするが、当の長山は上の空といった感じであるため適当にそこらへんに置いてあった刀を手に取り、ちゃちゃっとしまい込む。
なに、終わったら返せばいいのだ。
「ん?あれ?深紅~、ここにおいてあった子烏丸知らねー?」
「さあな。さっきの地震でどっかに転がっていったんじゃないか?」
なるほど、子烏丸というのか。
「あ、深紅お前、まさか!?」
「不知火様、長山様、ジハード様がお見えになられましたよ」
不意に扉が開き、談話室に石田さんが顔を除かせてそう報告をする。
やっときたか……いや、ナイスタイミングというべきか。
「ああ、今行く」
「あっ、ちょっと待て深紅!?今ここ片付けるから!」
あわてて磨いていた武器を武器庫にしまっていく長山をよそに、俺は先にジハードの元へ向かうことにする。
「どこにいる?」
「機密性の高い話と踏みましたので、密会部屋にお通しいたしました」
「助かる。ありがとう。あぁ、そうだ」
「何か?」
「後で、ボディーガード部隊隊長をこちらに一人、あと桜もそろそろ起してくれないか?」
「はぁ、桜様は良いとして、彼らに何か用事でしょうか」
「桜のために命を捧げる覚悟の人間は何も俺たちだけじゃない……そうだろ?」
そういうと石田さんは一言、かしこまりました、とだけ微笑みながら返事をし、そのまま屋敷の会談を上っていく。
よし、これで大体の準備は整った……後は……桜を狙う亡霊を打ち払うだけ……。
そう一人最後の戦いに己を鼓舞し、ジハードが待つ密会室へと足を運ぶ。
扉を開くと、その密室は以前使用したのとはその内装を少々変更していた。
鼻につくほこりの匂いやカビの匂いは消え、薄暗いろうそくの明かりだけが手元を照らせる程度にしか置いてなかったその部屋は、石田さんの手によって、テーブルクロスやらお手製の照明やらで、いつの間にか普通の部屋となっていた。
まぁ、相も変わらずそこに聳え立ち続ける壁一面の本棚に、何の術式だか俺には理解できない大量の魔導書がびっしりと敷き詰められている。
そこで一人、ジハードはぺらぺらと数枚のコピー用紙とにらめっこをしながら行儀良く座って俺を待っていた。
「待ったか」
「ああ深紅さん、そんなに待ってはいませんよ」
にこりとジハードは俺に笑いかけ、俺は対面に座る。
「長山さんは?」
「あぁ、そろそろくるはずだと思うが……」
そういうと同時に、扉が開く音が聞こえ、長山が顔を出す。
「わりいわりい、いっぺんに出したから整理がつかなくて……始まっちゃってる感じ?」
「お前がいなけりゃ始められないだろう……」
長山はそりゃどうもと一言苦笑をもらしてジハードの隣に座り、コピー用紙を覗き込む。
「ほうほう、蒼炎のメンバー名簿か……えといちにい……16人しかいねえけど?」
「ええ、大体人数で動けば敵にこちらの動向を察知されてしまうでしょう、相手は仮身を超える化け物、ともすれば数で押しても真っ向勝負では勝ち目はないと判断しました。ですので、隠密的にかつ柔軟に作戦活動を行える八人小隊二組を選抜して増援として呼び寄せましたが……いかがでしょうか、深紅さん」
ジハードは桜が来る前にこの増援についてのブリーフィングを終えてしまいたいらしく、俺はそれに一つうなずく。こちらの部隊は桜に無関係、だとしたらできるうちに早めに決めてしまおうか。
「……そうだな、悪くない選択だと思うが、それは質があってこそだジハード。腕は立つんだろうな?」
「当然、あなたほどではないですが、みな優秀な兵士ですよ?」
「そうか……携帯している装備総量は?」
「対大量破壊兵器と戦闘を行うということになっていますので、アサルトライフル4丁、サブマシンガン2丁、軽機関銃とスナイパーライフルが一丁ずつそれを、二つの隊が扱っています」
「爆発物は?」
「各隊員に支給した特殊フラグを4個ずつ計64個、クレイモアが4に仮身の動きを一時的に抑えるEMPグレネードを2個ずつ計32個がすべてです」
「……そうか、指揮は?」
「不知火深紅様にすべて従うとのことです」
「……いいのか?」
「ええ、ジューダス直属の部下だと知ったら、みな快く承諾しましたよ、不知火深紅なら信じられるってね」
「偉い信用されてんなお前」
「信用されてるのはジューダスだろ……まぁしかし、そう言ってくれると、作戦は問題なく実行できそうだな」
「作戦?なんだ作戦って?」
「勝つための策だよ……このまま待っていてもファントムは現れるだろう……それを全力を持って叩くのもいい……だが、そうなった場合俺たちが不利だ。ファントムを倒したとしても、ファントムはおそらく半分の部隊の人間を殺すだろう……術式を無効化する能力に加え、オハンを一人で落すだけの身体能力を有している……下手をすればこちらが全滅なんてことも覚悟しなければならない……そして、敵はそれだけではない……ファントムを倒したとしても、いや、下手をすればファントムと同時にプラントに眠る仮身すべてを相手にしなければならないだろう……」
「……なるほど、ファントムは確かに脅威ですが、操っている元を断たなければ、私たちは大量の仮身を相手にしなければならなくなる」
「ああ、だが裏を返せばこの戦いは、裏で糸を引いている人間を叩けば終わりだ」
「……なるほど……」
「つまり、ファントムと戦う人間は囮になると」
「ああ……ゆえに、俺と長山二人でファントムと戦って時間を稼ぐ、その間にお前ら蒼炎のチームは仮身プラントの仮身を突破して、すべてを操ってる引きこもり野郎を抑えて欲しい。ファントムがいなけりゃ、ただの仮身くらい何とかなるだろう?」
「…………なるほど、確かに真っ向からすべてを叩くよりそちらの方が成功率は高い……だが、お互いリスクもそれなりに大きくなる」
「不服か?」
「いいえ、むしろ大好物ですよ、彼らにとっては……」
にやりとジハードは笑みをこぼし、俺もその笑みに口元を吊り上げる。
「進行ルート等は、挨拶もかねて後でそっちの部隊に直接説明する」
「了解です、では早速、作戦の詳しい内容をお聞きしたいのですが」
「いや待て、そのためには役者がそろっていない」
「役者?」
「お待たせー!」
不意に扉が開いて、寝癖がまだ完全に直りきっていない桜が今日は何の日か忘れているんじゃないだろうかと思うほど明るい声を上げて部屋へと侵入してくる。
「さ、桜ちゃん?」
「あれ、ジハードさんもいるの?こんにちは、この前はごめんなさい、一人置いて行くなんてことになって……」
「いえいえ、こちらこそ必要な時に足として役目を果たせずに申し訳ありませんでした……ところで、どうしてここに?」
「私は深紅に呼ばれたからきたんだよ?今日の戦いのための作戦会議でしょ、石田から聞いたわ」
「石田様から?」
「お、おいおいまさか深紅、桜ちゃんも戦わせようってわけじゃねえだろうな?」
「それは無い……安心しろ」
「いや、でもよ……」
「シェリー・グラニッツ。召喚に応じ参上しました」
先ほどよりも大きな音で扉が開き、緊張した面持ちで敬礼をしながら、部屋にシェリーが入ってくる。
「……え?シェリーちゃん?」
「シェリー?どうしてここに?」
桜以上に予想だにしていなかった人間の登場に、一同は同様を隠せないようで、ここに来たシェリーでさえも、何故よばれたか分からないようで首を傾げている。
まぁ、しかし。とりあえずこれでブリーフィングが始められそうだ。
「どうやら役者がそろったようだな」
「え?真紅が呼んだの?なんで……」
「当然、作戦を成功させるためだ」
「深紅様……一体何をたくらんでいるんですか?」
「なあに、たいした事じゃあない、ところでお前等……釣りは好きか?」




