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第七章 帰るべき場所


「桜」

部屋を出ると不意に声をかけられる。聞きなれた少し低い安心できる声。

聞き間違えることなんてなく、それは真紅のものであった。

「真紅?どうしたの」

彼のほうから私を呼び止めるなんて珍しい。

「どうって……お前、本当に大丈夫なのか?」

声の調子だけで、真紅がとても心配してくれていることを理解するのには十分だった。

「大丈夫だよ。だってほら」

そういってわたしは、真紅のガードをすり抜けて弱点であるわき腹に人差し指を軽くねじ込む。

「むぐっ!?」

電気が伝わったかのように真紅は跳ね上り。

「ね?」

私はわざといたずらっぽく舌を出して微笑んでみせる。

「……たく。人が心配しているというのに……ミコトの影響だな?」

人の心配を茶化して台無しにするそぶりが特にと真紅はつぶやき、私は苦笑しながら真紅の頭を背伸びしてなでる。

「ごめんごめん。でも今は生き残ることのほうが大切でしょ真紅」

「しかし」

「こうして日常生活には支障をきたしてない。手術が成功すれば、この目も元通りになるってゼペットも言ってるんだし……あんまり目先のことにとらわれ過ぎて、ファントムに殺されちゃったらもとの木阿弥でしょ?」

「……」

「だから今は私の体のことよりも、私の命のことを優先して?これは命令だよ真紅」

一瞬真紅は何か反論をしようと口をパクパクさせていたが、いつものように何も主いつかなかったのか、そのまま口を閉じて。

「……分った。桜がそういうのならば、それに従おう」

真紅はしぶしぶという言葉ぴったりにそう私の命令を承諾する。


「ところで真紅」

「なんだ?」

「ずっと聞きたかったんだけど、町に居たファントムがどうやってここまで来たの?龍人君のゴーレムがあるから安心だーって言ってたのに……」

そう。

先日ファントムに襲撃された時、龍人君はファントムをコンクリートの下敷きにしてその区域にゴーレムを張って24時間体制で見張っていた。

当然、ゴーレムはこの村のものと同じように異常があればそれを龍人君に知らせるし、目標のものが視界に納まった場合にも、その映像を直接龍人君に送り届けるようにできている偵察用の小型人形だ。


その有用性は先の戦いから数々の戦果を挙げており、あのゼペットでさえもその存在に気づくことはできてない。

だというのに、町の時も昨日の夜も……あの亡霊は一切龍人君には見えていなかったのだ。

「あぁそれはだな……その……すまない検討もついていない。一度目の時は誘導によって手薄になった箇所から抜け出されたと長山は言っていたが、今回ばかりはその線は薄い」

「……またサボってたとか」

「あーうん……いや、それは考えにくい……町から戻った後、あいつと一緒に森のゴーレムたちの配置テストをおこなったが……どのゴーレムもすべて正常に配置されていた。どのルートからここへと向かってきたとしてもゴーレムの目を潜り抜けることは不可能だ」

「………んー……ゴーレムの特性が良く分らないからなんともいえないけど……もし仮にだよ?ファントムじゃない協力者が居て、それがゴーレムを処理したって言うのは考えられないかな?」

「!!ごっ……ゴーレムは目標が視界に入らなければその情報を長山に送ることは……無い……誰にも知られていない何者かがゴーレムを処理するのは……ありえないな」

一瞬真紅は考えるようなそぶりをして首を横に振る。

というかなぜか自分の言葉に自信がないかのようにつっかえつっかえ喋る。

はて、気のせいだろうか。

「何で?」

「ゴーレムは危害を加えられたり壊されたりしても、長山の奴に情報を送ることになっている」

「でも、凍ってたときは龍人君分らなかったよね?」

「あれは、生物としての感覚やら痛覚が無いから、寒さによって動けなくなっているのに気がついていなかったからだ」

「だとしたら、どうやって危害を加えられたかって気づくのかな?」

「それは、体の一部が破損した場合だろう。さすがにそういうのには気づくシステムになっているはずだからな」

なるほど、一応最低限の危機察知能力は備えているのか……。

だとしたらこの森の中にまぎれているゴーレムを探し出して、逐一凍らしていくとか捕まえたりしなきゃいけないなんて不可能に近いし、そもそもそんなことをしている人間、ゴーレムに映っていなくても見つけられてしまうだろう。となると誰かがファントムを手引きしたって言う線は薄いようだ。

となると。

「考えられるのは、ファントム自身がゴーレムの目をごまかせる何かを持っているということだ」

むしろ内通者がいるほうが分りやすくてよかったのにと私は気づけばため息をついており、真紅もそれに同調するように続けてため息をつく。

どこと無く安堵しているようにも見えたのは気のせいだろうか?

「とにかく、ゴーレムが使い物にならん以上、俺たちが気を引き締めなければならない。悪いが長山に外の見張りを任せるわけには行かないから」

「……うん大丈夫……その代わり、全部終わったらその分しっかり甘やかしてね!」

「……考えておく」

真紅は相変わらず素直じゃないぶっきらぼうな表情でそう言い放つが、悲しきかな顔は既に耳まで真っ赤に染まっており、私はそんな不器用な恋人に苦笑を漏らしながら、そっと手を引いて外へと連れ出す。

「む?どこへ行くつもりだ、桜」

「ファントムがいつここにくるか分らないんでしょ?だったら私も練習しないとね!」

「おい、話を聞いていたのか?」

「もちろん。でも、ここでじっとしてるよりも、少しでも練習したほうが有意義だし、生存確率も少しは上がると思うよ?」

「はぁ……しかしなぁ」

真紅は少しばかり渋ったが、私も譲る気は無いため自然と言い争いは続き、結局真紅が折れる形で少しいつもより遅いが射撃訓練へと向かうのであった。


                   ■

「そこっ!」

射撃訓練場、最近色々ばたばたしていてあまり来ることが出来なかったからという理由で、ファントムが森の何処かに潜伏していて危険だといっても聞かない桜に半ば引きずられるかたちでここにやってきたわけだが。

「元気だな」

「そのようで」

目が見えないにもかかわらず、次々と標的の的を打ち抜いていく桜の姿がそこにはあった。

隣に居る石田さんは、俺一人ではファントムから桜を守れないかもしれないということもあって、桜が外出する条件としてここにつれてきた。 


「こっちも!」

命中精度は最初のころと比べれば月とすっぽんであり、もう五十メートルの位置からならば、はずすことなんてありえない……といった腕だ。

本来なら、桜の努力の賜物を素直に喜んでやりたいのだが、二週間であれは、いくらなんでも早すぎる。

「なぁ、石田さん」

「ええ、恐らくは」

石田さんは俺の言わんとした事を理解したらしく、そう答える。

「すべてはあの目のおかげか」

「そうですね、術式を読み、知り、そして確実に干渉する、それが桜様の異常体質」

目が見えなくても、確実に術式を打ち抜けるのも、戦闘の心得が無いにもかかわらず、氷狼結界の襲い掛かる氷塊を回避しながら術式を断裂したのも……全部あの目がそうさせているってことか。

あのあと、武術の心得が無いと知らされたときは血の気が引いたよ。

「……つまり、あの射撃の腕は桜様自身の実力じゃないということになるわけですねぇ」

そう石田さんはつぶやき、俺は少しだけ反省する。

「すまない……いくらゼペットを倒すためとはいえ……」

そう、あれは桜本人の実力ではない。

あれでは術式に操られているだけなのだ……だから、いくら百発百中だからといって、そんなもの桜は望まない。

「……いえ、いいのですよ。おそらく桜様も薄々感づいてはいるでしょう。だから今は趣味というよりも、生きるために必死になっているのだと思います。 現に、あの目のおかげで幾度となく命を救われてきたのも事実………ですが、願わくば」

「分っている。全部終わったら、今度は桜自身の手であの的を打ちぬけるようにして見せるさ」

「……ええ、そうしてください」

「どうした?」

ここにきて初めて、俺は石田さんの様子がおかしいことに気がつきそう声をかける。

と。

「いえ、私もそろそろ身の振り方を考えなくてはと思いましてね」

「どういう意味だ?」

「ふふ、これは爺の独り言ですがね」

そういうと、石田さんはポツリポツリと語りだした。

「この村は、桜様にとっては檻です。当主をついで、しばらくしたら私は桜様を外の世界に連れ出していただきたい」

そこまでつぶやき、石田さんは間を空けて桜を見やる。

その表情は、子を思う父親の表情であり、子を案ずる母の表情でもあった。

そうだ……この人はずっと桜の親だったのだ。

その石田さんが桜を俺に任せるというのは……胸の内は子を持たない俺に計り知れるものではない。

そして、己では実現できない悔しさと、桜の幸せを願う思いとが混ざり合って、心の整理をつけるために間をおいたのだろう。

石田さんは震える手をそのポケットにしまい、そっと言葉をつなげる。

「桜様を閉じ込めたのは私です。私は桜様をこの白の監獄に幽閉した。本来桜様は冬月家三代目当主になる必要などないのにも関わらず。冬月一心の計画は、彼が消えた瞬間に失敗し……それで終わりのはずだった。それなのに私は……桜様を当主にしようとしてしまいました……。悔しかったのです……桜様の存在理由が消えるのが……意味を失うことが怖かったから……でも、彼女は本当は、もっと外の世界で、普通の女の子として人生を歩む権利があったのです」

そう石田さんは懺悔をした。自分があの子の自由を奪った……と。

確かに、そうかもしれない。桜は冬月一心の言われたとおりに成長し、冬月一心が作り上げたように異常を開花させた……。

そして、捨てられた桜を石田さんは冬月家党首という花を添えて送るため、桜を当主として育て上げた。

桜に異常がすぐ現れていなかったら生じなかった結果。

冬月一心が、姿を消さなければ生じなかった人生。

そう、石田さんは後悔しているのだ。

自分のしたことは正しかったのか?当主なんて肩書よりも、桜には一人の少女としての幸せを与えた方が良かったのではないか?だから、もし桜が生きられるのならば、今度は間違わない人間にたくそう……そんなことをきっと、考えたのだろう。

だが。

「それは無理だ」

俺は独り言をつぶやく。

「だってあいつは、あんなに満足そうに笑っている」

「……」

目の前には、必死に自分の運命に抗い続ける少女がいた。

弱く、脆く、儚く、しかし決して折れることのない花は、泣きながらも、転びながらも、一歩一歩確実に運命を切り開いていく。

「運命から逃げた者に、あの笑顔は作れない。確かに普通の少女として生きる道を奪われたのかもしれないが、だからこそ桜はチャンスを得ることができた」

「……」

だから、あんたはやりすぎるほど桜に尽くしてきた。そう最後の言葉は胸にしまい、俺はそっと石田さんの肩を叩く。

「……やれやれ、年を取ると頭が固くなるのでしょうかねえ、まさか50も離れた少年に諭されるとは」

「……外の世界を見るのもい、桜もそれを望んでいるのは確かだ。だが、帰る場所は間違いなく……」

「石田ー!」

俺の言葉は最後まで続くことなく、大声で桜が石田さんの事を呼ぶ声が聞こえる。

「……あぁそうだ今思い出した。俺はこれから森に向かわなくてはいけないんだが、任せて大丈夫か?」

「……かしこまりました。もうじき長山様が見えるでしょうから、お任せいただいて大丈夫ですよ」

「そうか。じゃあ任せるよ、石田さん」

「石田ー早く来なさいってばー!」

「はいはいただいま!」

やれやれ、石田さんはいつものように桜の傍へと慌てて飛んでいき、本当の親子さながらワイワイと騒いでいる。

「……間違いなく、帰る場所は貴方のところだよ」

俺は、言いそびれた言葉を一つ聞こえないように呟き、一人森へと向かうのであった。


 今回はシンクンが桜に協力者の存在を気取られないように頑張ってますね。

桜には見えてませんが、嘘がつけない深紅の顔は汗だらけです。


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