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第七章 奇跡の代償

深い闇から私は目を覚ます。いつものように暗い深海から浮上する感覚で、私は睡眠状態から覚醒状態へと移行する。

「ん」

一つ声を漏らして私は半身を起こす。

暗い。

どうやら早く起きすぎてしまったようだ。おかしいな、昨日は色々ありすぎて、結局昼間でぐっすりだと思ってたのに。

ふらふらと立ち上がり、私はまだ闇に慣れない目をこすりながら部屋の明かりのスイッチに手を伸ばす。

日常的に行っている行動のため、私の手は迷うこともなくスイッチ独特の四角形のでっぱりを発見し、それをオンにする。


「あれ?」

電気がつかない。

20年故障はしないと豪語していたから大枚をはたいて購入したのに、やはりメイドインジャパンのほうが良かったかしら。

「あーだめだ、完全にご臨終だよ」

かちかちとオンオフを繰り返すが、照明は反応することなく、私は仕方なく手元の目覚ましを見てみる。

暗いところで光る蛍光塗料。

これなら今の時間を知ることができるし、早すぎるなら二度寝の決心もつく。

そう思い、きょろきょろといつも置いてある場所を見回してみると。

「あれ?ない」

いつもうっすらと光っている時計の針と数字が見当たらない。

「落としたかな」

念のため手探りでまさぐってみると。

ごとん。

「あるじゃん」

触れなれた形のものが手に当たる。

「何?こっちもご臨終なの?」

呆れて私は時計を凝視した後、耳を傾ける。

こち こち こち

「……動いてはいるみたいね」

となると、塗料だけ尽きたのか。まぁ、あんまり日が差さないから仕方ないのかもしれないけど。

……しかし、わが身の周りのものがほぼ同時にご臨終とは、あと一週間しかないかもしれないのだから、大きなのっぽの古時計よろしくもう少しばかり頑張って欲しい物だ。

仕方ない。目も覚めてしまったし、少し部屋の外をぶらぶらするとしよう。

そうため息をついて、私はベッドから立ち上がり、手探りでドアを探して扉を開けて外に出る。

「おやおや、やっと起きたのですか?もう昼でございますよ桜様」

「……え?」

                   ■

「という訳なの」

「いや、軽いよ!?軽すぎだろ!?桜ちゃんもうちょっとあわてようよ!?目が見えなくなったんだよ!?」

「ま、まあ確かにはじめはびっくりしたけど、あんまり気にならないかなぁ」

「いやいやいや、気になるっさよ!?何さらっと受け入れてるっさ!?」

「だって、もう一つの方で見れば見えるから」

「……あ、それなら安心、できるかあ!」

「やかましい」

「ぎゃあああす」

「ったく。で、ミコト、ゼペット、どういうことだか分るか?」

「……そうねぇ、私を助けたとき桜ちゃんは文字の意味を奪う力だけじゃなく、文字の意味を書き換えて増幅させる能力をつかったわ……この心臓もそのおかげで作られた」

「そうなると考えられるのは、異常の増幅と対価の増加かのぉ」

「あなた達と戦った時と同じようにミコトを助けたことで異常が強くなったって事?なんだか良く分からないんだよね……その先天性異常って言うのも」

「無理はねーよ。難しいからな」

「簡単に説明するとね、先天性異常は人間としての機能を一部……私だったら痛覚だったり、すごい人だと感情を失ったりする人も居るけどそういった人として生きるための条件を失い、発症するの」

「……人としていきるための条件?」

「ええ、五体不満足。精神の欠落、そういった重度の障害を負って生まれた対価として発症するのが先天性異常よ」

「……ああ、サヴァンの考え方ね!」

「そう。人の性能を数値化してすべてを足すと、その数値はすべて平等になる。傷害を追ったものは何かしら常人には到底たどり着くことのできない能力を有する。

先天性異常はその一つね、失うものが大きい分、人知の及ばない超能力を持って生まれてきた……そう学説は説明しているわ」

「……超能力者かー。でもそれと私の失明と何か関係あるの?」

「それは……ん~。ここからは覇王さんの領域ねぇ」

そういわれると、ゼペットは待ってましたといわんばかりに一歩前に出る。

最近気づいたことだけど、この人って目立ちたがりだよなぁ。

「それはお前の体が特別だからだのぉ」

「特別?」

「左様。お前の体は先天性異常を内包しても正常に動けるように、人間よりも高性能に作られておってのぉ、異常が無けりゃ本来仮身と同じ位戦える。

つまり、お前が今まで普通だと思っている性能自体がすでに、色々とお前にとって失われていた状態だということだのぉ。ここまで分るか?」

「……す、スーパーマンがこの目のせいで、一般人レベルまで力を失った?」

「うむ、まぁそうだのお」

分りやすいんだかにくいんだか分らないなぁ。

「異常は元来、その力を強めることは無い。なぜなら、たとえばそこの小娘ならば、痛覚を失ったこと以上に、体の障害は負うことは無いからなぁ」

確かに、障害は病と違い悪化することは無い。元々の体の構成から失ってしまった分だけ異常を発症するなら、障害が重くなる必要があるはずだ。

「障害は破損ではない。組み立ての際に、部品のつけ方を誤っただけだ。事故によりそうしなったわけではないので、人一人分のパーツは内包されている。もし、異常が悪化して体の障害が重くなるのなら、後天的なものでも発症するはず、あくまで異常とは体のステータスポイントの振り分けミスなのだ」

「……それは、うん分るけど」

問題はどうして私だけ異常が深まったりするのかだ。

「……まぁそうせくな。簡単に言うとな、お前の体は一心により体の機能を徐々に停止させる機能がついているせいだ」

「………それと何が………あ」

「気づいたか。そう。一心がお前に課したタイムリミットは、正常に動き存在するものを無理やり停止させるもの……皮肉にもお前の体は停止したその分の能力を増幅させているらしい。で、お前の失明の件だが……この小娘の心臓が吹き飛んだとき、お前に何かあったはずだが」

「……」

思い返してみれば……あの時は必死だったけど……確かにあの時、私の体に変化があった。


何か、自分の体が飲み込まれていく感覚と同時に私の中の何かが開いていく感覚。

いや、水の通っていない水路に水が通っていく感覚だろうか?

その後は必死になって覚えていないが……今思うとそれが……。

「心当たりはあるようだの。こんな事例は我も聞いたことはないが……それが本当だとすると主は……自分の意思で異常の強さを操れるようになったというわけだ」

一方通行だけどの……とゼペットは付け加え、そっと私の頭をなでる。

大きくてごつごつした手は、真紅のそれとは違ってお兄さんのようだった。

「……桜ちゃんそろそろ俺たちよりも化け物になっちまうな」

「え、そう?」

「たわけ、喜んでる場合か。そのように浮かれておるとは、さてはデュオニソスニたぶらかされたな?確かに異常が強くなればできることも多くなろう。しかし、それと同時に停止が進んでおるわけだから、手術の成功率もその分だけ下がるということだぞ」


一瞬、空気が凍る。


「どれくらい下がった」

今まで静かにしていた真紅が、ゼペットに食いかかるようにそう問いただすが。

「なぁに、先日言っていた移植用の臓器の準備は上々だ。これならば失明程度では成功率の低下はまだ一パーセントにも満たない。安心せい。我が言っているのは、このまま調子に乗って異常を強くすると……という話だ」


ゼペットは相変わらずの態度で真紅を諭す。

その場の空気はその台詞で溶け始めるが、それでも真紅は苦虫を噛み潰したような表情をしている。

「うーん。大体分ったけど、私はこれからどうすればいいのかな?」

「なぁに、気にすることは無かろうてお前が望まなければその異常は増えることは無い……普通に使っている分には生活に支障はきたしておらんのだから、安静にしておればよいのぉ」

そういうとゼペットは笑顔を私に見せて、そっと立ち上がる。

「さて、話はこんなところかのぉ。そろそろ手術は近いからのぉ、我はその準備に戻る……しっかりこの娘を守るのだぞ!?死帝に英雄よ、がっはっは」

「余計なお世話だ」

「そうかそうか、じゃあのぉ」



扉が閉まり、私たちの間にも少しばかり安堵の空気が流れる。

とりあえず、失明は残念だが、一週間後の手術には異常はきたすレベルではない。

「はぁ」

珍しくミコトがため息を漏らし。

「じゃあ私たちも出ましょうか」

そうまとめる。

「そ、そうだね」

「あぁ、そうしよっかね。なぁ真紅」

「……あぁ」


そんな軽い言葉を最期に、とりあえずその場は解散する運びとなったのであった。


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