表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
161/181

第七章 健康体と術式強化


「まったく、あんたらは一体どれだけ私から本業を遠ざけるつもりっさ!?」

ぶつぶつと文句を言いながらカザミネは白衣を赤く染め上げた状態で診察室から出てくる。

「いいじゃねえか、どうせどっちにしろ暇なんだから」

「暇じゃないっさよ!?狩猟際が近いんさね!どでかい熊でも狼でも捕まえておかなきゃいけなくて焦ってるんさよ!」

ぶーぶーと文句をたれるカザミネは手で熊のジェスチャーをして、いつものように長山と戯れる。

しかし、そんな遊戯に付き合ってられるほどこちとら悠長に構えては居られない。

「で、ミコトの容態は?」

「はっ、容態も何も健康体そのものじゃないかい。肌年齢もぴちぴち、傷一つ無い綺麗な柔肌さね。 シンクンがギャーギャーうるさいから心臓の様子もきっちりぴっちり内部の写真も取って調べてみたけど、二百キロ全力疾走したって破ける気配はない健康体っさ。本当、あれだけの大量の血をどこで出してきたのやら……そんなにチョコレートを食べさせたのかいシンクン」

あきれるように茶化すようにカザミネは欠伸をしながら俺をなじり、再度先ほどと同じような文句をぶーぶーたれながら自分の寝室へと戻っていった。

「……健康体……か」

俺はいまだにカザミネの診断に現実味を持てずにそうつぶやくと。

「本当に心臓飛び出たのか……ミコトちゃん」

襲撃をされたと言う知らせを受け、始めは顔面蒼白になっていた長山であったが、元気そうなミコトの姿を見て

長山もいぶかしげな表情で俺にそう聞いてくる。

それはそうだ。俺だってにわかには信じられない。

 心臓を貫かれたというのに、カザミネいわくミコトは明日何事も無かったかのように活動ができるほどの健康体だというのだ。

これを奇跡と呼ばずになんと呼ぼう。

「ミコトが言うには、桜のおかげだっていってたが」

「術式の流れや意味を見ることができる力……しかし、見えるだけなのにどうやってミコトちゃんの傷を治したんだ?」

「ん~。ちょっとだけしか聞いてないが、体の機能を引き換えに術式の力を何倍にも引き上げていたとかなんとか?」

「なんだそりゃ?」

「俺もわからん。 だが、桜も帰ってきた後ばったり倒れて眠ってしまったところを見ると、桜の能力のおかげで、術式の意味の幅が広がり、その分術式の効力が強まったと考えるのが妥当だろうな」

「かー……術式をぶった切るだけでなく、増幅もできるようになったのか桜ちゃん……」

「そういうことになるな」

「これを知ったら術式開発班泣きそうだな……」

「言ってやるな」

そう残業と法外な勤務量にあえぐ同胞達への哀れみの念を空に飛ばして、俺はカザミネから絶対安静とも言われなかったため、少しだけ中の様子をのぞく。


ベッドの周りのカーテンのせいできちんと確認することは叶わなかったが、隙間から一瞬だけ見えたミコトの顔から、カザミネの診断が誤診でないことを悟る。

「やーん深紅のエッチー」

「黙れ」


「見切った!」

「!?」

「へへっ、そう何度も食らってりゃ、動きを覚えるってもんよ!残念だがお前の動きはすべてみぎっづ!?」


きゅうしょにあたった。 こうかはばつぐんだ! ながやまはたおれた。


しんくのついげき!


「げふっ!?ちょちょっ!?深紅どうしたの!?攻撃長いよ!?イタイイタイ!やめてお願いどうしたのなんでそんなに蹴るの!?」

「安心したら思い出した。どうしてあの時間に桜とミコトが森をうろついていた? 弁明があるなら言ってみろ、身辺護衛」

「…………それについては申し訳ない。まさか昨日の今日で桜ちゃんが森に向かうとは思わなかったもんでつい」

確かに、今日の桜の行動についてはクローバーを預けたままにしておいた俺にも責任の一端はあるため、長山を

深く攻めることが出来ないが。

「……じゃあなぜ、町にいるはずのファントムが二人を襲うことが出来たんだ」

ゴーレムにより24時間監視体制が敷かれているこの森の中で、いともたやすく桜を襲撃することに成功したファントム。

ゴーレムによる監視体制の有効性は今までの戦いで示されているため、問題はないとすると、今回の一見は人為的なミスによるものと考えるのが妥当だ。

長山が寝ている間は機能しません、何て間抜けな話は無いことは理解しているつもりだが、あれだけ森の中で目立つ黒い仮身を長山のゴーレムが見落とすはずが無い。

俺はその説明を長山に求めると。

「……それに関してなんだがよ深紅……お前から連絡があった後にすぐに全部のゴ.ーレムの情報を全てこちらにダウンロードしたんだが……

活動している中で、ファントムを見たゴーレムが一匹もいなかった」

「……お前の見落としは無かったと言うことか?」

「あぁ、流石に寝ていたからって言って、敵の情報を見落とすほど腑抜けてはいないつもりだ……」

「しかし実際に町で監視しているはずのファントムがこの森に現れて消えていった……これはどう説明する?」

「前回と同じだ、ゴーレムが捕縛されたと考えるべきだろう」

「考えるべきって……何も対策しなかったのかお前」

「そんなわけ無いだろう。きちんと不知火一心を標的に設定した。が、映らなかったまるで亡霊のようにな」

長山のゴーレムの性能は疑うべくも無い。事実ジェルバニスでさえもその存在を探知することは出来なかったのだから。

だとすると。

「……冬月一心は対術式に関する研究も行っていた……となると、術式生物の目をかいくぐる術を持っていても可笑しくは無い」

「…そうなるとかなり厄介だぞ……奴は実質、この森の中では亡霊だ」

「何か対策を考えなくちゃな」

「だがどうする」

「一応手はある。 だが、少し時間がかかる」

「どうするつもりだ?」

「もはやゴーレムの自動報告だけでは奇襲は止めることは難しいだろう。 だからこれからは俺が全部見る」

「お前、そんなことしたら……」

人間の脳の処理能力には限界がある。少なくとも長山はこの雪月花村のゴーレム3000体近くの管理をしている。

今までは対象となる人間が現れたらその映像だけを送るように設定してあったが、不知火一心がゴーレムの探知をかいくぐる能力を持っているならば今度は全てのゴーレムの映像を一人で管理すると言うのだ……それがどれだけ負担をかけるのか、容易に想像が出来る。

しかし。

「ミコトちゃんがこうなったのも、襲撃も全部俺の責任だ。だから、俺にやらせてくれ」

長山は頑として俺の反対を聞くつもりは無いらしい。

「……分かった。だが、無茶はするなよ」

だから、俺も長山を信じて頼むことしか出来なかった。

「任せてくれ」

しかし、いつもはサボり癖のついている長山は今回ばかりはうれしそうにその承諾をかみ締め、俺にミコトノそばにいるように伝えて一人見張りへと屋上へ向かっていく。

その姿に、俺は最後の時が近づいていることを感じた。


                    ■

俺はミコトに何かあっても大丈夫なように、病室にて過ごすことにした。

いくらカザミネの太鼓判があるとはいえ、一度はぽっかり穴があいた心臓だ。

術式で仮に作られたものなら、いつ消えてしまっても不思議ではない。

そう思うと心配で、俺はこうしておきるまで様子を見守ることにしたのだ。

忘れていたとはいえ幼馴染だ……これぐらいやらなければばちがあたるというものだろう。


倒れた桜も心配といえば心配だが、先ほど様子を見に行ったときにたらしていた涎を見て決心がついた。

病室には申し訳程度の机と椅子が置いてあり、俺はその椅子に腰をかける。

時刻はただいま十一時。

夜だというのに下から響く音は騒がしい。

石田さんは今頃桜に付きっ切りであろうから、おそらくあのお面の子だろうが。

石田さんに似たのか、最近忙しそうにあちらこちらを走り回っている姿を良く見かける。


心臓の悪いことが発覚して桜より八時間以上の労働を禁じられた石田さんの代わりをしながら、この前崩れてしまった地下の瓦礫の撤去もしているというのだから頭が下がる。



そんなことを考えていると、不意にドアをノックする音が響く。

「ん?誰だ?」

「私だよ」

「なんだカザミネか」

心底がっかりだ。

「何さね何さね!人がせっかく一人じゃ寂しいだろうからってかまってやろうと思ったのに!」

「やれやれ」

なんだかんだ言っているが、しっかりと顔にはミコトが心配と書いてあるため、俺はそれ以上は何も言わずにため息を一つ漏らす。

「あれだけ文句言ってた割には、ずいぶんと心配性だな」

「うううるさい!恨みがあるのはあんたらだけっさ!!第一!あれだけ血を流してたら鼻血だろうがなんだろうが心配になるのは当然っしょ!医者として!」

素直じゃない奴。

「シンクンこそ桜ちゃんのそばに居てあげなくていいの?医者の私から言わせてもらえば、桜ちゃんのほうがよっぽど重症さね」

「石田さんが看病しているせいで近寄れなくてな」

「……あぁ」

カザミネは悟ったようにそうもらし、どいつもこいつも桜ちゃんに弱いねえなんてつぶやきながら手に持っていた袋の中身を机にばさばさと広げていく。

「何だこれは」

トランプに黒ひげ危機一髪に……おいおい、なんでベイゴマなんてものがあるんだおい。

「朝までここで目を閉じて座禅なんてするなんて不可能さね」

「俺はそれでもかまわない」

「君みたいな石像はいいかもしれんが私は駄目なんさ!というわけで、君はそんな価値ある人生の使用方法を私からお教えいただくわけだから、私に付き合うのは当然の義務といったところっさね!」

どこからそんなとんでも理論が降って沸いてくるのか不思議だよ。

そうやって人を巻き込みながらでしか生命活動を維持することができない種族なのか狩人というのは。

「なにするっさ!?ポーカー!?ポーカーにする!?じゃーポーカーにするさね」

やれやれ。

しかしまあ、カザミネの言うとおり寝るつもりも無いなら、時間を無為に過ごすよりも有意義かもしれない。

こいつの言うことを聞くのは癪に障るが……まぁそれは。

「当然金は賭けるよ!ふっふっふ!私の力でパンツ一丁にしてやるから覚悟するっさね!おっしゃスタートおおおお!」


今日入る臨時収入で憂さ晴らしするとしよう。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ