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第七章 少女は死を否定し己を失くす

「っ桜!!」

その白銀の髪と白銀の衣を、黒々しい赤色に染め上げ、うつろな目で唯々ひたすらに掌で抑えきれない赤い液体を諦め悪く止めようとして、その白銀の姿に深い赤をじわじわと浸透させていく。

「なっ」

地獄絵図。 

その場の形容でそれよりも適当な言葉を俺は思い出すことは出来ず、飛散した紅が抽象画のように点々と白いキャンバスを染め上げている光景に、一瞬息が止まる。

「これは……なんで」

頭の整理が追い付かない。

どうして桜がここにいるのか?なんで血まみれなのか……そして……。

「なんで、ミコトが」

何でミコトが死にかけているんだ?

「真紅! ミコトを……ミコトを助けて」

「!?」

桜の一言は乾いた音で、乾いた虚空に響き、俺の意識を力づくで引き戻す。

「っ!離れてろ」

「……ミコトが……ミコトが!」

桜を半ば突き飛ばすようにミコトの元から離し、容体を診る。

……背後から心臓を一突き。

しかもこの穴のでかさからして、刃物で斬ったとかそういうのではない……人の手で、心臓をえぐり出されている。

「……ファントムかっ……!!」

術式の起動跡もなく、唯の腕力だけで綺麗に心臓がくり抜かれている。

「くそったれ!」


全術式起動……施行するのは治癒の術式ではなく、再生。

出力120%……最高速度で損失部位の再構築を開始する。

構造理解。 機能理解。 破損部位と再生部位の形状理解。

構造再生。 機能入力。 破損部位と再生部位の形状接合。


粗くてもいい、ただ今は、一秒でも早くミコトの心臓の代用品を作り出す。

「アクト!」

全術式をもってして、俺はミコトの心臓の創造を試みる。

だが。

「!?」

構造再生エラー  認識不可 破損部位再生不可。

無から有は生み出せないように、破損した心臓を修復するのではなく、俺が今行おうとしていることは、影も形もない失われた心臓を一から再生するなんて馬鹿げたこと。

故に、神秘はその機能を全うできず、その~意味~を発動しない。

「ふ…………ざけんなあああ!」

術式と言う奇跡を持ったとしても、死んだ人間は生き返らない。

心臓を失った人間は、死ぬのは当然のことで、死人は生き返らないというのは決して揺るぐことのない現実である。

頭では理解している。もう……ミコトは目を開けることはないと。

それでも……。

「……戻ってこい!ミコト!!戻ってこいよ!目ぇ開けろ!……両親と暮らすんだろ!?全部……全部取り戻すんだろ!!」

動かない。

術式は再生をしようと起動し、その奇跡を発動するが、まるで俺をあざけるかのように光を発し、現実を突きつけるように孔のあいたミコトの胸を照らす。

「……くそったれ」

知らず、俺の口からそう言葉が漏れ、続くように奔流が波となって押し寄せる。

「………なぁ……頼む……頼むから……戻って来てくれ……ミコト!」

あるのは、ありったけの力と後悔。

なぜこれほど近くにいたのに駆けつけることが出来なかったのか?

守ることが出来なかったのか?

「返事しろよミコト……なぁ……返事しろよ!」

喉が張り裂けようが構わない。


その叫びはもはや、負け犬の遠吠えでしかなく。

この声はもうミコトに届くことはないのだから。

「っ……動けえええええ!!」

                     ◆

「桜!」

どのくらい、私は呆けていたのだろう。

気が付けばミコトを貫いたクロイモノは消えており、私は無意識に流れ出る血を自分の着物の袖を千切って押し当てて止めようとしていた。

「シン……ク」

流れ出る血は止まることなく、何がどうなっているのかの理解を拒否する頭の中で、私はただ、そう一言彼の名前を呟くのが精いっぱいだった。

だって、流れ出る水は止まりそうになく、地があふれ出していくたびにミコトの命が消えていくのが、手を伝って私の脳に直接理解させようとする。

感触はないはずなのに、私は分かってしまう。


見たくないのに、全身で視てしまう。

ミコトはもう。

「シンくん……お願い……ミコトを…ミコトを助けて!」

「!?」

無理だと分かっていながら、私は真紅にそうすがる。

だって、嫌だよ。

ついさっきまでいたのに。

笑っていたのに……それが消えていく。

目の前から消えて行って、何かが弱まって、そして別の何かがミコトに迫っていくのが視える。

それが、怖くてたまらない。

嫌だ。

否定する。

ミコトの死という結果を

頭の中で否定する。

迫っている。

蛇が這いずるかのように地面をつたって、空がひび割れるかのように、ミコトに死が絡まっていくのを私の眼は理解してしまう。

痛みはもう感じないはずなのに、眼が焼けるように熱い……頭の血管を無理やり太くするかのような感覚が襲う。

嫌だ。

思考能力が低下して、私の頭は唯々黒く塗りつぶされる。

嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だいやだイヤダ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ

唯、子供の様に目前に起こった現実を否定して、ひたすらに……ひたすらに、自分の頭は現実逃避を繰り返す。


「嫌」

嫌だ………。

頭がおかしくなる。

迫ってくる。

眼はどこまでも死を見つめ(理解し)て。

迫ってくる

頭(理性)は必死にその映像を否定する。

迫って来

「い……や」

壊れてしまう……。

濁流のように押し寄せてくる何かが、理性と思考回路を飲み込んでいく。

ミコトが死ぬわけが……ない。

壊れる。

壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れるコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレルコワレる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる壊れる

「ギ……ィア」

死ガ ソコマデ迫ッテイル。

「嘘だ……」

其れは嘘だ 嘘だ嘘だ嘘だ!。

                    

                       ブツ。

……モウ、ナニモワカラナイ。

ドクン。

死ガ……少女ヲ奪ッテイク

ワカルノハ、コレガ ウソトイウ認識(イツワリ)で。

理解シテイルノハ……ソレガ 真実(嘘ダ)という否定(現実)。

痛い。

心臓の音がうるさい。

聞こえるのは、死が這いずりまわる音(現実)で

私が記憶しているのは 光が満ちた世界(イツワリ)


                    

アァ……ナンダ  だったら。

「嘘なのはこの世界じゃないか」

             ■


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