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第七章 悪夢は命により覚める

3時間前


「……あ!?」

そんな言葉と同時に、私は夜、ベッドの上から飛び上がる。

「そういえば、真紅に貸してもらったクローバー返してなかった」

ファントムに襲われた後、掃除してから返そうとして結局引き出しの中にしまいっぱなしであった。

「む~」

隣を見ると、まだ真紅の姿はなく、相棒の龍人君がピースカと鼻提灯を作っている。

「……んー」

多分真紅はファントム用に使用する罠の準備から帰っていない。

罠を置く位置の法則は私は理解できないため、龍人君のゴーレムがなければ正確な位置を知ることは出来ないだろう。

けど。

「う~……大統領~……羊羹顎についてますよ~……げへへ……」

「……駄目だこりゃ」

呆れながら私はずぼらな護衛に苦笑をして、どうしようかと考える。

別に明日返せばいいだけの話なのだが、なんとなく目も覚めてしまったから、多分彼にクローバーを返さなければこれは寝付けないだろう。

あの傷で……もし敵と遭遇したときにクローバー一丁じゃ心許ない……はず。

「ん~しょうがない、誰かに聞いてみようかな」

行き先くらい知ってる人がいるかもしれないし、見つからなかったとしても少し運動すれば眠くなるはず。

確か、ファントムはまだ隣町から出てきてないって龍人君も言ってたし。

「よし、行こう」

そう決心をして、私は上着を羽織って自分の部屋から出る。

時刻はまだ十一時であり、屋敷の仕事を続けている石田は当然まだ起きているため、屋敷の廊下は赤々と光り続けている。一昔前までは、石田と同じ時間まで一緒に仕事を続けていたのに、これを見ると自分の活動時間がいかに削れてきているのかを実感する。

……。

「うーん……石田なら知ってるかもだけど」

追いかけるなんて言ったらま~た大騒ぎを始めるだろうしなぁ。

というか、今起きているのを発見しただけでも、その場に布団用意してでも寝かせようとするだろうし。

「石田は駄目……となると」

カザミネ……あー駄目だ。あられもない格好で寝てる。

「……となると」

ん~と、うなりながら私はひとしきり知り合いの顔を頭の中で思い浮かべてみるが彼の行方を知っていそうな人物は一人も現れない。というか知り合いが少ない。

今では別に気にしてはいなかったけど、こうして思い出してみるとさりげなく落ち込んでしまう。

「はぁ……どうしようかな」

そう廊下で頭を抱えていると。

「あら?これは奇遇ね、当主さん?」

「ミコト!」

背後からの突然ミコトが現れる。

「静かないい夜ね……」

「そうだよね、こんなの久しぶり。そういえばミコトはなんでこんな時間まで起きてるの?……もしかして、また眠れないの?」

「うふふ、あなたには悪いけど守護者さんのおかげで最近はぐっすり眠れているから安心して?私がまだ起きてるのは、そろそろあなたが彼を探し出す頃合いだと思ってね」

「あ……未来予知?……という事は」

「えぇ、御察しの通りあなたを彼の元に導いてあげようと思ったわけ。星の導きには従うものよね……これくらいの労力なら惜しむ必要はないと思ったの」

「すごい……やっぱり未来が見えるって便利だね」

「……そうでもないのだけど、まぁ今回ばかりは役に立つわね」

「?」

何か影を落とすような言い草だが……まぁ確かに、未来が見える人にとっては耐え難いこともあるのかもしれない。

私の莫大な遺産が、ジェルバニスに狙われる原因になったように。

「ほら、早く行かないとそろそろここを石田さんが見回りに来るわよ?」

「げっ!分かった、ありがとう」

「まって!一人で行くつもり?仮にもあなたはまだ命を狙われているのよ?」

「え?だって龍人君起きそうにないし」

「だったら、その身に降りかかる火の粉を察知できる人間位は付けときなさいな」

「……ミコト、もしかしてついてきてくれるの?」

「もちろん、守護者さんと二人きりで夜道デートなんてさせないわ」

「ふ、ふえ!?な、一体何を」

「ほ~ら、さっさと行きましょう?なんなら私一人で行ってもいいけど?」

「だ!?だめーー!それだけは!!」

真紅、なぜかミコトには優しいんだから。

「そう、じゃあ行きましょ?」

悪戯っぽくミコトは舌を出して微笑み、さっさと階段を下りて行き、私はそれを追いかけて行く。

……しかし、彼女も真紅をねらっているだなんて、侮れないなぁみんな。

                     ◆



懐にクローバーを忍ばせ、私はミコトにつれられるまま、雪月花の森の中を進んでいく。

昼間は吹雪のせいであまり感じることは無かったが、今の私は感覚がなくなりかけているせいか、外と中の体感気温はほとんど差がなく、自分の体が自分のものじゃないような錯覚を覚える。

「……ねぇミコト?」

「なにかしら?」

そんな感覚が何だか不思議で、私はミコトに気が付けば声をかけていた。

「……ミコトはいつも、こんな感覚なの?」

「ん~そうね、あなたみたいに聞こえないわけではないけど、確かに外と中の気温の差は分からないわね?」

「……へぇ、じゃあどうやって寒いとか熱いとか感じわけるの?」

「そうねぇ、熱いところには行ったことがないから分からないけど、寒いとだんだんと体が思うように動かなくなっていくから、そうやって判断するわね」

「……それって、凍死っていうんじゃ」

「えぇ、そこまでにならないと感覚のない私たちは、自分の身の危険さえも分からない……そのことを深紅は知ってるからこそ、ああやってあなたを叱ったのよ?」

「……ふえ?」

ミコトに言われて、私はようやく気付く、確かに痛みを感じないのは素晴らしいことかもしれない。

だが、気づかないうちに自分が死んでいる……それはつまり、常に死の恐怖に目を見張って無ければいけないという事だ。

例えば人は、熱いものに触れれば、暑さで手をひっこめるが、私たちは手が焼けただれて初めて自分が危険な状況にあると気づける。

私は、この差を軽んじていた。

その事を再認識して、私の感覚のない体に不快な何かが走る。


「理解したみたいね、あなたが現在抱えている異常を」

「……うん」

だから真紅は……あんなに怒ってたんだ、

「まぁ、でもね、大切な人の為に犠牲になる決心はつけやすいんだけどね」

「……え?」

何の前触れも、予感も何もなく。

まるで、最初から決定したことのように、ミコトは私を突き飛ばす。

月明かりが陰り、一陣の風が私の頬をなでる。

そんななんでもないことが一生忘れられなくなるくらいにゆっくりと……

ミコトは、赤い血をまき散らしながら、黒い何かに体を貫かれた。

                   ◆

 「っはぁ!……はぁ……はぁ……はぁ」

夜……私はなんとなしに目を覚ます。

悪い夢を見た後のように、とても息苦しくて死んでしまいそうなほど体が熱い。


心臓の鼓動はとても早く。

悪夢から覚めた体を慰めるように、汗が体を伝っていく。

吐く息は白く……一つ、また一つと私の中から吐き出されるたびに、不安を吐き出しているかのように、胸の内にたまったもやもやしたものが消えていく。


「まったく、私は一体何を見ていたのかしら?」

忘れた夢の内容に私は不満をもらし、汗に濡れた体をどうしようかと思案しながら

外を見れば、吸い込まれそうなほどの白い月が爛々と輝き。

雪は、いつもの豪雪が嘘のようにしんしんと窓を叩いている。

ここが数日前まで、殺し合いの現場だったとは到底思えない。

「ふふ……でも、私も随分といい御身分になったものねぇ」

つい最近まで、私はまともに眠ることもできなかったのに、今では見た夢に対して文句を言っている。

……これがどれだけ幸せで、この幸せをくれた死神さんを、私がどれだけ慕っているのか。

あの堅物朴念仁さんは微塵も感じてないんでしょうねぇ。

「ふふっ……やれやれだわ」

そんな片思いに私は温かいものを胸の内に覚え、先ほどとは違うため息を漏らす。

「さて……でも困ったわねぇ」

……どうやら目が覚めてしまったようで、私はベッドから立ち上がり上着を羽織る。

少し冷える部屋。

一度身を震わして、私は手を擦り合わせながら廊下への扉を開く。

「あら?」

扉を開くと同時に入り込む暖かい風……。

部屋よりも廊下の方が温かい。

はて、なんで私は暖房を切っていたのかしら?

疑問に首を一度傾げ、とりあえず辺りをうろうろしてみることにした。

赤い廊下はいつもの騒がしさはなく、静寂を保っておりどこか落ち着かない気分になる。

まぁ、時刻も時刻だし英雄さんは仮眠と言う名の惰眠をむさぼり、死神さんは見回りと言う名のお散歩をしている時間。

「……起きているのは石田さんだけでしょうし、御話し相手にでもなってもらおうかしら」

そう決めて私は、石田さんがいるであろう談話室へ向かうため、一回へ降りる階段へと向かう……。

と。

「……はぁ、どうしようかなぁ」

そこには、何やら困ったような表情で頭を抱えている、当主さんがいた。

                    ◆

「ごめんね、付きあわせちゃって」

「いいのよ。居候なんだから、これぐらいはお手伝いしなきゃ」

白い雪降りしきる雪月花の森の中、私は当主さんを連れて死神さんを探す。

どうやら当主さんは死神さんのクローバーを返し忘れたらしく、当てもなく森の中を彷徨おうとしていたので私が同伴することにしたのだ。

全くそそっかしいというか、破天荒と言うか……まぁ、そんなところが彼の心を捕まえたのだろう。

確かに、ネガティブ思考な彼にはこれぐらい破天荒で直線的な少女の方が似合っているのかもしれない。

「……ねぇ、ミコト?」

そんなことを思案していると、当主さんはこちらに振り返り私を呼ぶ。

「何?」

それに顔を上げると、桜はどこか寂しそうな顔をしている。

「どうしたのかしら?当主さん。まるで星占いに見放された少女のような顔ね?」

冗談交じりにそんな言葉を投げかけると、桜はクスリと作り笑いをして。

「そうだね……確かに私は、見放されてるみたい」

そんな言葉を紡ぐ。

「?どうしたの」

「さよならだね……お願い……真紅の事守ってあげて……」

「え?」

その表情は寂しげで、その表情は後悔ばかりで……その表情は優しくて。


冬月桜は、その白い白い体を……赤く染め上げる。

「え……」

飛沫はまるで薔薇の様で。 私は服だけではなく、顔まで赤い海におぼれていく。

「SAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」

叫び声を上げるのは黒い亡霊。

心臓を貫かれた人形は、その腕に抱かれる様に貫かれ、うつろな目でひたすらビクビクと体を震わせている。





「っ!桜あああああああ!!」

どれくらいの時がたったのだろうか。私は唯その死体を見つめ続け……。

彼の叫び声で目を覚ます。

「駄目……」

声が漏れる。

「戦っちゃダメ……」

分かってしまう。(武器の無い彼の体は、その腕によりへし折られ)

見えてしまう  (いともたやすく、死神はその心臓を穿たれ)

これからの結末が。(それでもなお食い掛かり)

変えることのない結末が。未来が。終焉が……。(さいごにはアタマガナクナッタ)

あぁ……。

「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」


ソレカラハトッテモカンタン。

亡霊ハ冬ノ■ヘト向カイ。愉快ナパーティーノハジマリハジマリ。

赤イワインヲ皆デ楽シミ。

ソコニ眠ル者タチヲ……全員コロシテ……ソレデオシマイ。


                       ◆

 「っはぁ!……はぁ……はぁ……はぁ」

夜……私はなんとなしに目を覚ます。

悪い夢を見た後私の心臓はけたたましい音を鳴らしており、体は酸素を欲しているらしく体はひたすらに呼吸をしている。


髪の毛から垂れる液体が目に留まり……鏡を見てみると、悪夢を慰めるように体中を汗が伝っている。

吐く息は白く……一つ、また一つと私の中から吐き出されるたびに、私は今見たものがなんなのかを理解できていってしまう。

「…………本当。なんて夢」

夢に対し私はそう不満をもらし、まずは汗に濡れている体をどうしようかと思案しながら

外を見れば、吸い込まれそうなほどの白い月が爛々と輝き。

雪は、いつもの豪雪が嘘のように優しく窓を叩いている。

どれもこれもが……夢で見た光景と同じ。

知っていることとはいえ、覚悟してたこととはいえ、リハーサルをするなんて本当に神様というのは嫌味な性格である。いや、律儀とでも言うべきなのかしら。

「ふふ……ふふふ、私も随分といい御身分になったものねぇ」

夢に憧れていたのに……今はその夢のせいでとんでもないことになりかけている。

本当に皮肉な話だ。

……私がどれだけ幸せで、この幸せをくれた死神さんを私がどれだけ慕っているのかをあの堅物朴念仁さんに伝えることは……どうやらもうかなわないらしい。


「ふふっ……やれやれだわ」

そんな片思いに私は温かいものを胸の内に覚え、先ほどとは違うため息を漏らす。

「さて……でも困ったわねぇ」

……こうなってしまっては、私がとる道は一つしかないではないか。

一度身を震わして、私は手を擦り合わせながら廊下への扉を開く。

「……未来は、変えられる」

扉を開くと同時に頭に響く、愛おしい人の声。

その声は何よりも温かく胸に響いた。

本当に、私はいつの間にこんなに彼に呆けてしまったのだろうか?

疑問に首を一度傾げ、真っ直ぐと目的地へと足を運ぶ。

赤い廊下にでると、答えは簡単に出た……それはとっても単純、

出会った時からだ。

赤い廊下はいつもの騒がしさはなく、静寂を保っておりどこか落ち着かない気分になる。

英雄さんは仮眠と言う名の惰眠をむさぼり、死神さんは罠を作ると言う名のお散歩をしている時間。

「……私の異常に対する反逆が……彼を救うことになるなんて、本当に星の巡り会わせっていうのは面白いわねぇ」

こんなにも楽しくて、こんなにも生き生きとしているのは生まれて初めてだ。


何故なら、私は初めて敷かれたレールから脱線するのだから。

何故なら、私は十数年焦がれ続けた彼の正義を守るのだから。


足取りは軽く。私は夢で見た通り、一回へ降りる階段へと向かっていく。

「……はぁ、どうしようかなぁ」

そこには、何やら困ったような表情で頭を抱えている、頭首さんがいた。


「静かな良い夜ね」


ふと、心が私に問いかける。

「それでいいのか?」

私が何をしようとも、この未来は変わらない。

ならば何故、私はこんなばかげたことをしようとしているのだ?

そう、心が一つ問いを投げかけ。


「これでいいのよ」


私はそれに、胸を張って答えて前へと進む。


初めて深紅と出合ったときから、私は彼に焦がれ……そして、彼がこの少女を愛することを知っていた。

叶わない恋と知っていながら、それでも私は彼を愛してしまった。

自分を愛してくれないのに……それでも私は彼の正義を守ると決めた。

何故?

そんなの決まっている。


私は、正義の見方である不知火深紅に憧れる以前に。

私は、冬月桜を守る不知火深紅を愛してしまったからだ。


だから……叶わない恋だけど……悔しいけど。

今度は私があなたの光を守りましょう。

それが私の望む夢の続きだから。


でも……でもね、深紅。


やっぱり……愛して欲しかったな。


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