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第七章 悲しい表情


「ただいまーってあれ、ミコト?」

玄関を開けると、いつも待っているはずの石田の出迎えはなく、エントランスには一人でミコトがアカネと一緒に遊んでいる。(ようにみえる)

「……あら、お帰りなさい当主さん」

「ただいまミコト」

私たちは雪にまみれたコートやストールを手際よく回収する柚子葉に預ける。

本当に無口ながらこの子は働き者であり、龍人君は相変わらず鼻の下を伸ばしている。

野生の勘か、臭いで分るのかあの様子だともう仮面の下が相当な美人であることに気づいているようだ。

「石田は?」

「ついさっき出かけたわ。今晩の食事の買い出しだそうよ」

「そう。まったく、言ってくれれば帰ってくるついでに買ってくるのに。こまった爺なんだから」

「忠臣でいいじゃないかよ」

「あの年で病み上がりで無理して死んじゃったらコトだよ。自分が年寄りだって自覚が無いんだもん石田は」

人が少ないんだから協力しあわなきゃっていつも言って聞かせているのに……もう。

「はっはっは、石田さんもこんな執事思いの主人に拾われて幸せっさねー本当に」

「これでもう少し過保護が抜ければ、もっと優しくしてあげるけどね」

「それは無理と言うものよ。三つ子の魂百まで、彼の場合あと三十年直らないわ」

一同に暖かな微笑が漏れる。

静かだったこの屋敷も、ずいぶんと騒がしくなった。

人々に忘れられた雪月花村当主の屋敷が、今では毎日がドンちゃん騒ぎのカーニバルの舞台だ。

本当に、命を狙われるとは思ってなかったけど、狙われて良かったなんて思っている自分が居たりするのは内緒の話である。どっかの誰かさんが怒るから。

「あ、そうだ。真紅は?」

ふと思い出して、私はミコトに真紅の状態を聞く。

「あぁ、守護者さんなら石田さんの出た後にすぐ出て行ったわ」

「何!?」

その台詞を聞いて、龍人君の表情から血の気が消えるのがはっきり見て取れる。

しかし、その表情を見てすべてを理解しているような表情でくすくすと笑う。

「ふふっ、大丈夫よ英雄さん。上手くやっておいたから守護者さんに怒られることはないわ」

「ほっ本当か!?」

「ええ。出かけたのは報復じゃなくて、罠を仕掛けに行ったのよ」

『ミコトさまーーーー』

「あらあら、大げさねえ」

土下座をする二人を見下ろしながら、楽しそうにミコトは小さく微笑をもらし。

「!」

優しい笑顔でこちらを見つめる。

「え、何?」

「ううん。なんでもないわ」

いつものいたずらっぽい笑顔……。

でも、どうしてだろう。

「……?」

ミコトは一瞬だけ、とっても悲しそうな顔を見せたのだ。

「あっ」

「ほらほら二人とも、そんなところに頭引っ付けていると顔が平たくなっちゃうわよ」

「にゅあんだって!?それは大変っさ!?ミコト!私大丈夫っさ?大丈夫さね?」

「ふふふ、大丈夫よ」

「よかったっさーーー。こんなに美しい顔がただのひらめになったらどうしようかとおもったっさ」

「お前の場合そんなにかわらねー気もするんだけど」

「だまらっしゃい!」

その理由を尋ねようと口を開くも、その声はいつものみんなの騒がしいコントのような会話によりかき消されて……結局私は、彼女のその悲しい表情の理由を問いただすことはできなかった。


                   ■



時刻は午後十一時、村の街灯も消え始め、足元がぼんやりとしか見えなくなり始めたころ。

頼るものが月明かりの身になるだろうと、意識をふとこめかみに送り、術式を始動しようとコートの文字に意味を与える要となる言葉を口にするため、唇に少しばかり力を込めた……そんな瞬間。

「ん?」

森の中に、小さな明かりを見つける。

「?」

その光がきになり、俺はそっと村の中へと歩を進める……。

村人がいるのだとすれば、話し声の一つや二つ聞こえてもいいはず。

だというのにそれは唯火がともっているだけで、それ以外の音が……まったくと言ってよいほど聞こえなかった。

「……おい、誰かいるのか?」

返事はなく、その光は次第に心の中に不安と言う闇を作り出す。

「!?」

確実におかしいそれだけは分かる。

「っ!!ACT」

発動する術式は、視力保護と身体強化。

……クローバーを手に取り、俺はゆっくりと晴れて行く闇を見る。

敵としたら相手はファントム。 この傷で……やれるか……。

心臓の脈がはやくなり、治らない傷口は熱を持つ……。

だが。

そこに居たのはファントムでも村人でもなく。

「……シン……くん」

血だらけの桜が……そこにはいた。

                       ◆


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