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第七章 一本堂 たたら


「こっちさー」

案内されるがまま、カザミネの奴に連れてこられたのは雪月花村東北部にある割と閑散とした場所。

十字通りのような商店街や宿泊施設でもない底は、民家が立ち並ぶも、その数は羅ほらで、一応最低限の生活環境は整っているもののあちらこちらに空白の土地が見て取れる。

分かりやすく言うなら入居者募集中の空いた土地だ。収集癖のある俺にとってはどうにも気持ちが悪く、無理やりにでも人を住まわしてやりたいとうずうずはじめる。

「閑散としてきたね」

桜ちゃんもここに来るのははじめてらしく、ほへーとのんきな感想を漏らしている。

「なぁ、桜ちゃん」

「ん?なあに?」

「こういう土地とか居住区の設定とか、土地法とかは桜ちゃんの仕事じゃねえのか?」

一応忘れそうになるが、ここは日本人街として独立しており、ロシアの法律もある程度しか通用しない。

迫害用に取り付けたこの条約が後々ロシアトップの頭を悩ませ、侵略という行動に移させたという皮肉なのだが、まぁそれは別の話なので置いておくとして。

この村独自の法という奴が必要なのではないか?

「……法律?んーそんなの無いかな。しいて言うなら人の道に外れたことはしたらだめってことくらい?」

「え?」

「うん、困ったことがあったら村の人たちは私に相談に着たり、昔は石田が対応してたけど、通貨はルーブル使ってるし、外交とかもロシアのほうに準拠して専門家を雇ってるから、私はあんまり村の法律に関与してないかなぁ」

「でも、いくら村が平和だからって、村人たちの中でも争いは起こるだろ?」

「起こらないよ?こんな小さな村で、そんな争いなんて子供じゃないんだから」

ニコニコと笑う桜ちゃんは、そう当たり前のように俺に笑いかけてくる。

「……」

その言葉に俺は一瞬だけ不安を抱く。

人間が生きてコミュニティを形成しているのに、争いが無いというのは不可能に近い。

目の前の少女はそれを当たり前といった。ただの世間知らずならそれでいいのだが。

この村に桜ちゃんの不満を抱くものは見受けられない。

となると、この村は本当に争いは存在しないということは。

だとしたら、それはまるで。

「ついたっさ」

カザミネの馬鹿でかい声が響き、俺は下げていた顔を上げる。

と。


「…………一本堂……たたら?」

要するに一本だたらなのだろうが、なにやら回りに比べて異様な雰囲気をかもし出している。

……重厚かつ威圧的、いや、そんな雰囲気とは違う圧倒的な別世界。

周りが洋風の建築の中で、この住居だけは朱色中心の、例えるならば神社の本堂のような形をしており。

何よりも目立つのは自己主張の強い~一本堂 たたら~とかかれたどでかい看板。

そう、この建物は村からとてつもなく浮いていた。

ここが雪月花村でなかったら村八分を疑うところだ。

……そういう点ではミコトちゃんが気が合うのではないだろうか?

「ここが腕のいい鍛冶屋?」

「そうっさ!私のハンターナイフも石田さんの調理に使う包丁もすべてここで作られているんさ」

ほう、カザミネはともかく、あの石田さんが御用達とは……一瞬だけ俺の顔に希望が見える。

「ふふん!じゃあ早速入るよん!たのもーーー!爺いるかああ!」

「じゃあっかましいい!」

「ひぎゃにゃん!?」

いきなり空いた扉と同時に響き渡る怒号と何かハンマーのようなものにより、カザミネは思いっきり吹っ飛んで雪の中に埋まる。

さすがに死んだか。

「まったく、わしの家の前で何騒ぎ散らしとるかまったく。発情期か?発情期なのか?若さ見せつけに来たのか!このたわけ物がああ!」

やかましい。

短気な瞬間沸騰湯沸かし器ならまだしも、自家発電可能とは……この声の主は相当面倒くさい性格のようだ。

「そこでまっとれ馬鹿共が!」

大声のみが俺たちの森の吹雪より強く打ち。

それに続くように開かれた問いらの奥から影がひょこひょこはねる様に近づいてくる。

そこから現れたのは。

……一人のくたびれた爺だった。

「え、えと」

「いかにも!わしが多々良じゃ!一本堂十三代目! 多々良じゃあ!文句あるかい!」

めちゃくちゃだこの爺。

「え、えと実は、私たち折り入って頼みが」

「かあああああああああっつ!」

「ふえええええええええ!」

「声が小さい!何じゃそのしおれた花のような声は!余命三ヶ月かきさまあ!」

残り一週間です。

「やり直し!」

「っむう!」

あ、火いついちゃったよ、桜ちゃんの負けず嫌いに火つけちゃったよ。

「雪月花村次期党首、、冬月桜!多々良!あなたに仕事の依頼に来たわ!」

爺に負けず劣らずの大声量。

あぁ、この爺さん絶対に迷惑だからこんな村の端っこに退去させられたんだ。

「がっはっは、やればできるじゃないか娘!いいだろう!用件を言え!」

ここの大地主に向かってずいぶんな態度のでかさだな。

「実は」

「この刀を直して欲しいんさよ!多々良のジッチャン!」

「誰じゃこの小娘はああああ!」

「知り合いじゃなかったのお前ら!?」

「あ、気にしないで気にしないで、ジッチャン少し痴呆始まってるんさ」

「はぁ、カザミネ。疑うわけじゃないが、それは大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫。ほらほらジッチャン、これをみるっさ。お前の人生が吹っ飛ぶくらいの代物っさよ」

そういうとカザミネは俺から安綱の入ったケースを奪い取り、ぞんざいに爺の目の前で開いてみせる。と。

「……これは……貴様ら、この宝刀何処より持ち出した」

瞳の色が変わる。

その目は先ほどのやかましい迷惑爺の面影など彼方へと消えうせ、代わりにトラの眼光の如く鋭く光り、全員を射抜く。

「……友人の私物だ、それが先日折れちまった。だから直してほしいんだ」

「ほう、これはまた珍しいものを……童子切か」

「知ってるのか?」

「馬鹿にするない、これほどの名刀鍛冶屋で知らんわけ無いじゃろ!」

「そ、そうか……」

「ったく、それをこんなぼきぼきにしおってからに……まったく、面倒くさいが、これほどの名刀じゃ直さないわけにはいかないじゃねーか!」

なにやらめちゃくちゃにほえているが……。

今の口ぶりだとまるで。

「え?直せるのか?こんなにへし折れてても?」

「当たり前じゃろ、それが分かってるからここに来たんじゃないのかお前さんらは」

「……え?いやだって……本当に本当に直せんのか?」

自分で頼んでおいてなんだが、正直こんなに小さな鍛冶屋の痴呆の始まった爺が治せるような代物とは到底思えない。

とは口には出さないで置く。

「ふん、気に食わないがきじゃ、そう思うなら中に入れ若造」

……口には出さなかったが、どうやら顔には出ていたらしい。

爺さんは木でできた巨大な門を開くと、ついてこいとあごで合図をして、俺たちを中へと引き入れる。

その表情はおもいっくそ不適な笑みを浮かべていた。

……。

中は意外と広く、豪邸とはいかないが長く広い廊下が続いており。

「すげえ」

その廊下に存在していた無数の刃に魅了される。

そこに存在するのは刃の山。地獄煉獄……針山聳え立つ剣山の如く、その廊下の脇にはびっしりと刀剣が壁や脇に立てられており、銀色の光を鈍く輝かせ、ただでさえおかしな空間が、よりいっそう俺たちを威圧する。


「……なんで、全部抜き身なの?」

しかも、その刃すべてに鞘も柄もなく、刀身の状態で置かれていたのだ。

もちろん、観賞用なんて生易しいものではない。

もし仮にここでカザミネがつまずいて転んだとしたら、一発で開きの出来上がりだ。

「ふん、主無き刀に鞘も柄も不要じゃ」

爺はそう吐き捨てると、少し寂しそうな表情を見せる。

「……でも、さびちゃうんじゃ」

「馬鹿にするな、わが刃に錆など生えぬわ」

その自信。よほど自分の腕に自信があるのだろう。

爺はひょこひょこと片足で器用に歩きながら刃の道を抜け、一つの木戸を開ける。

と。

「………」

ぞくりと俺の目の前がその光景に震える。

恐怖でも感動でもなんでもなく。

ただただ歓喜により俺の体は震える。

「貴様も分かるじゃろう?この刀たちの魂が」

「あ、ああ」

診れば分かる。

幾数千、数万の刃たちを従え、すべてを操ってきた俺だからこそわかる。

そこにある刃数百本すべて、俺の貯蔵庫に匹敵するほどの名刀だらけ。

当然歴史的価値ではなく、その錬度の高さからだ。

しかも驚くべきことに。

その刃はすべて。

無銘なのだ。

「世に名を轟かせるべき名刀達……それを打つのは妖のみ、故にわしはたたら……一本堂たたらを名乗る!」

高慢。

しかし、誰も文句をつけることのできない圧倒的な技術力。

その高慢さなどかすんで消えてしまうほど、そこに並ぶ刃は一つ一つ、天上天下唯一無二の名刀ぞろい。

世に出れば全てが伝説となれる程の宝具ばかり。

「……じいさん。あんた何者だ」

「ふん、そんなこと聞いて何になるんじゃい馬鹿たれ、今お前さんが望むのはわしの過去じゃのーてこの折れちまった刀だろうに」

にやりと人を小馬鹿に笑みは、どっかの世界最強馬鹿を連想させる。

どうして何かを極めた馬鹿はみな総じて同じような笑みを浮かべるのか?

一度何処かの人類学の先生の論文でも拝見したいものである。

「で?その刀は本当に直るんかい爺」

「誰が爺か、この熊娘!こんな刀の一本や二本直せんわけが無いじゃろ!」

「ほ、ほんとう」

「くどい!刃は打てば打つほど強くなる。今よりも強くしてやる」

そういうとたたらの爺さんはアタッシュケースの破片を集め、パズルのように並べ始める。

その目はすでに爺から職人のそれになっており、ほかのことなど気になっていないようだ。

「あ、あの、たたら?」

「なんじゃい!?まだ居たのかいお前ら!」

勝手に自分の世界に入って飛んでもないじじいである。

「報酬の話だけど」

「かあああああああああああああああああつ!」

「ふええええええええ!?」

「これほどの名刀、金に換えられるわけ無いじゃろうがあ!」

「ふえええ!じゃあどうすれば!?」

「知るか!?この刃が真にそのものを主人と認めりゃ勝手にこっから出て行くわあ!」

「なんちゅー意味不明な発言」

「まぁ、これが始まってるからね」

カザミネは苦笑をしながら振り回されて面白いようにうろたえる桜ちゃんをみながらからからと笑っている。

「しかし、もし返してくれなかったらどうすんだ?」

「なぁに、そのときは念願の安綱を殺してでも奪い取ればいいんさよ」

「そんな野蛮なことしちゃだめええ!」

『お前が言うな』

「じゃあああかましいいおまえらああ!さっさとでてけえええ!」

「ふえええええええええええええ!?」


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