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第七章 折れた童子切安綱と石田コブラツイスト

朝食を終えて、桜たちものそのそと春を迎えた生き物たちのように活動を始めたころ。

俺は一人ジハードから受け取った愛刀……の残骸を持って一人屋上に引きこもる。


さて、状況を整理しよう。

俺は先日ファントムに襲われ、桜を守るために安綱を使ってそれを迎撃。

安綱の浸食によりファントムと刺し違える覚悟であったが、その浸食を桜の始祖の目により刃もろとも術式を無効にされ、破壊された。

……その後、長山の助けにより、事なきを得たが現在、ファントムは町の広場に埋まったままである。


「はぁ」

そう、安綱、折れてしまったのだ。

「はぁああ」

                    ■


『安綱、折れちまったんだよなぁ』

ため息をつく色男、憂いは人を美しく見せるというが、あそこで沈んでいる相棒の姿は、酒に酔っ払って目が覚めたら自分の神槍を盗まれていたときの北欧の主神の表情を髣髴とさせる。まぁ、実際に見たことはなく、外国のコメディタッチの一こま漫画の話なのだが。とりあえず言いたいのは色々と大切なものを失った表情をしているということだ。

まぁ、威厳を失っていないだけこちらは少々ましなわけだが。

「桜ちゃんが、今日は朝から深紅の元気がないといわれて来てみれば、確かにあれは相当きてるな」

「そうっさねぇ」

「ふえ!?や、やっぱり」

さて、現在われら仲良しトラインデントブラザーズ(つい先ほど桜ちゃんが命名)

は、今朝がたから深紅の様子がおかしいと相談を持ちかけられた。

もちろんクライアントの頼みは断るわけにはいかない、というのは建前であり、特にやることの無かった俺は、快くその以来を引きうけついでにそこらへんに転がっていたこの熊娘を引き連れて作戦を開始したのがつい十分前。

深紅の様子を冬月家に知らない間に導入されていた監視カメラを使い、この密談用のかび臭い部屋で様子を観察しながら原因を探っていたところ、やはりというかそれしかねえというか、原因は深紅の持っている愛刀がへし折れてしまったことにあるということに気づいて今に至る。

そのときからこの三人の議題は深紅の異常の原因特定から、いかにして深紅の失った心の溝を埋めてやるかに変更され、こうして現在そろっても文殊の知恵になりそうも無い頭を三つ並べてひねっている。

『はぁ』

「あっまたため息ついた!?」

「ふええ!?ど、どうしよう。どうすればいいかなぁ!?」

まぁ、とっくにお気づきであろうが実際本気で困っているのは桜ちゃんだけであり、カザミネと俺は半ば遊び半分でこの作戦に参加している。

頭はひねるが所詮は暇つぶし、桜ちゃんには悪いが、本気で取り組んではいない。

が。

「んーまぁ、ほかの刀渡してあげるか直すかすりゃいいんじゃないかねえ?」

しかし存外人間というものはそういう不純でいい加減な動機を持って望んだ方が良案を生み出すこともあるもので、カザミネはさらっと打開策を挙げる。

「んー……そっか。それができれば」

桜ちゃんも納得のようだ。

「しかしなぁ、直すって言ってもそんな簡単にいく代物じゃねえぜ?童子切安綱ってもんは」

なんせ、影打……つまりは劣悪品でも国宝なのだから。


「じゃあ、別にあの刀一本にこだわらなくても赤い人がものっそい剣持ってるじゃないかい、二本三本ちょいちょいって湧き出るんじゃないのかい?」

「人をどっかの世界樹みたいに言うんじゃねえよ。俺の剣は世界中探し回って一本一本発掘してるんだっつーの!れっきとした労働の対価なのー!」

湧き出てくるくらいお手軽なら、いちいち投げた奴拾いになんて行かないっての。

「でもいっぱい持ってるのは事実でしょーに!いいじゃないかい!親友があんなに困ってるんさよ!?」

「いや!?別にケチってるわけじゃねーからな」

「?」

「おれだって深紅が欲しがったら一本ぐらい代わりの刀を進呈するさ、だけど、あいつは絶対に安綱以外の刀はつかわねえよ。理由があるんだ」

「どういうこと?」

首をかしげる桜ちゃんに、俺は一瞬話すか話すまいかを悩んだが、俺は一つ決心をして話すことにする。

「童子切 安綱は、深紅の親父さんの形見なんだ」

「ど!?どろぼーーー!」


なんだ?!なんで殴られたんだ俺。しかも割りと綺麗なストレート!?いてえ!

「何しやがるばかみね!?」

「だ、だってシンくん安綱は赤い人からもらったって言ってたさ!つまり、シンクンのお父さんから赤い人が盗んできてシンクンに売り払ったに決まってるっさ!?」

ゲームを代わりにクリアして貰っただけであげたけどな!

ってそうじゃなくて。

「おいこら、それじゃあ俺は少なくとも五歳で盗みを働いたことになるぞ」

「あなたならやりかねないさね」

「ほう、てめえいい度胸じゃねーか」

「どーだ、ぐうの音も出ないだろうっさ。観念するさね!お天道様が見逃しても、このカザミネの目はごまかせないよん!」

「カザミネ、それはちょっと違うような」

「盗人には天誅!」

「やっかましい!」


「んんんんんー!!んん!」

「ったく、アホはほうっておいて、何の話だったっけ?」

「あ、えと。深紅のお父さんの刀ってどういうことかな」

「ああ、そうだったそうだった」

「ぷはっ!おいこらー!解くっさこの鎖!!ドロボー!!これ以上罪をかさでででででででーー!?」

「黙ってねーとこのまま引きちぎってローストハムにするぞこの野郎!」

「いだだだだだだ!?いだいいだいしまるっさ!しまってるっさ!!ギリギリって!背骨ギリギリっていだだだだだだだ!……ぐふっ」

「さて、話を戻すが」

「ちょっ!?カザミネ大丈夫なのー!?」

「安心しろ峰打ちだぜ」

「峰とかそういうのじゃないよね!?」

「大丈夫だって、で、深紅の親父さん、不知火真一はもともと剣術を使って人々を救う活人剣の使い手だったと聞いている。今の深紅の死帝……ほどじゃねー見てーだが、真一といえば風のうわさ程度には戦場で知れ渡ってるぜ?何でも切れる名刀を持った侍ってな」

「活人剣。むかしお父さんの持ってる本で見たこと歩けど、多くの人を救うため、一人の悪を切る思想」

「そ、今のあいつを構成するルールだ。まぁ、俺から言わせりゃ呪いに近いけどな」

俺は内心でまったくとつぶやいてみる。

当然、そんなんで深紅の呪いが解けるわけでもねーが。

「でも、それなのになんで?深紅のお父さんはその何でも切れる刀を手放したの?」

「んー、深紅に一回だけ聞いたんだけどよ、なんでもたまたまよった南アフリカの村に学校を作るのに必要だからって二束三文で売っ払ったらしいぜ?」

『な!?なんですとおお!?』

桜ちゃんとカザミネは、一瞬本当に目が飛び出すんじゃねーかって驚いてみせる。

まーそうなるわな。俺もそうなった。

「真紅のおおおお父さんはなななななに考えてるの!?だ、だって安綱の真打っていったら、ええ!?」

「まぁ、そういう人らしいぜ?困ってる人をほうっておけない……お人よし」

「そんな!お人よしの度が過ぎてるさね!熊何頭分さね!?」

それは分からねえな。

「とまあ、そんなことがあってよ、それ以降は銃を使ってたらしいんだが、どうもあんまり上手くなかったみたいで、そんな状態で仮身なんかと戦ったがために、な」

それ以上は口に出すことは出来なかった。

何でかって?その時、俺にこの話をする深紅の顔が思い浮かんだからだ。

今にもつぶれそうな、一度しか見せなかった深紅のあんな顔を。

「あ、そっかだから」

俺の表情から桜ちゃんは悟ったらしく、口元を両手で押さえて息を飲む。

「あぁ、俺が見つけた時その村は豊かになってたよ。どうしてこんな村に日本の名刀があるのか不思議でならなかったんだけど、そこの人たちに話を聞いて……深紅の親父さんのすごさを学んだ。 パナマの近くにある村なんだけどさ、学校もあって、子供たちが働かずに元気に走り回ってんだよ」

「……」

それが、どれだけ大きな意味を持つのかきっと桜ちゃんやカザミネには伝わらない。

でも俺はあえてその村の事を桜ちゃんに向けて語った。

それが戦うよりもどれほど難しく、偉大なことなのかをこの子はきっとすぐに知ることになるのだから。

そして、それが深紅の呪い解くカギになる筈だから。

「で、深紅の知り合いだって話したら村の村長さんが持ち主に返してほしいっていうから預かってたってわけなのだよ」

「……そうだったんだ。あの刀は、唯の刀じゃなくて、真紅に取ってはお父さんの形見、なんだね」

「で、それを桜がへし折ったと」


「し……仕方なかったんだもん!ああするしかなかったんだもん!?」

「ま、まあまあそうだよな?へし折らなきゃ深紅の奴が死んでたんだ、命の恩人だろ?」

「折る必要は無かったのでは?桜ちゃんの能力なら」

「ふええええ、謝るの!?謝ればいいの!?するわよ、深々と!?」

「さ、桜ちゃん落ち着けって」

「だって!だって!」

「今は折れた刀をどうするかが問題だろ?」

「でも、私術式ごとへし折っちゃったし、あんなにぼっきり行っちゃったら、修復も不可能だよ」

確かに、刀の修復は打ち直しという形でならもう一度同じ素材で刀を作ることは可能かもしれないが、それはあくまで違う刀である。

ましてや、打ち直したからと言って世界一の名刀と名高いあの刃を超える刀身を生み出せる刀鍛冶などこの世にはもはや存在してはいないのではないか?

そうなるとそれこそ童子切安綱は直らないのかもしれない。


「……」

俺は一度頭の中で知り合いの鍛冶職人たちを思い浮かべては消し、浮かべては消しを繰り返す。


いかに名匠といえど、人間十人を素人でもぶった切れる刀なんて打てるわけが無い。

……となると、やはり……。

ちらりと横目で桜ちゃんの表情を見てみても、今にもなきそうな表情で食い入るように深紅の移ってるモニターを見つめるばかり。 さすがの世界三大富豪も当ては無いようだ。

と。

「何だか良くわからないけど、名匠?すんごい刀鍛冶のところに連れて行けばいいんさね?」

不意にカザミネがそんなことを言い出す。

「……石槍作る名人とかじゃだめだぜ?」

「最近君の言葉に悪意を感じるっさ……まったく、頑固で偏屈な爺さんだけど、腕は私が保証するさね」

「いや……だけどな」

「行ってみようよ!龍人君!」

色々と条件の厳しさを説明しようとした言葉は口から漏れることは無く、桜ちゃんの勢いに押されて腹の奥へとおとなしく収まってしまう。

彼女としてみればわらにもすがる思いなのだろう。

そうなるとどうにも弱く、俺はその一本のわらを引きちぎることにためらいを覚える。

期待を持たせて落ち込ませるくらいなら先にあきらめさせるほうがよほどの優しさだということはわかっている。分かってはいるが言うは易し行うは難しである。

この世の中に、こんな表情で迫ってくる少女の希望をぶった切る冷酷人間がいるだろうか?ましてや男で!。

俺の知る限りでは一人しか知らない。

というわけで、やらない善よりやる偽善という名目の元(使い方を間違っている感は否めない)俺は桜ちゃんを連れてだめもとでカザミネの言葉を信じることにする。

「そうだな、このままじゃどうしようもねーんだ、たまにはカザミネの当てにならねえ直感も頼ってみよう」

「うん!」

「はっはっは、崇めるがいいっさ、奉るがいいっさ」

「ほめてねえっつの」

苦笑をもらして俺はカザミネに突っ込み。

「あ」

「どしたん?」

一つの難題に気がつく。

「どうしたの?龍人君?」

「いや、重要なこと忘れてた」

「?」

「直すっても、あの状態の深紅からどうやって安綱を取り上げよう」

「あっ」

俺とカザミネはほぼ同時にモニターを見やる。

そこには、先ほどから寸分違わぬ姿勢で折れた刀を見てため息をはき続ける深紅がそこにいる。

ため息をつく石像なんて題目で渋谷にでも置いたらハチ公といい勝負を繰り広げてくれるのではないだろうか?

「……あれ、たぶん手を伸ばした瞬間にがぶりっさね」

「猛獣かなんかなのかあいつは……といいたいところだが、あいつのことだからやりかねないのが怖い」

案外、物への執着強いからなあ……あいつ。それに心狭いし。

「……ひどい言われよう」

「いやっさよ私、熊のしとめた鹿肉をとろうとして散々な目にあったっさ。ハイエナ行為はプロにならないとすぐに死をまねくっさ」

「……あいつが守っているのはそのたとえでいくと腐っちまった肉だけどな」

「余計に始末が置けないよん」

だんだん深紅がお預けを食らった犬に見えてきた。不思議。

「で、そうじゃなくて、そんな連想ゲームをして遊んでる場合じゃねーんだよ。どうやってあいつのところから安綱を盗んでくるかだ!」

「あんたなら簡単でしょうに!ちゃっちゃと盗んできんしゃい!」

「また縛られてえかこの野郎!」

「このカザミネに同じ手は通用しないっさ!うりゃああ」


「げふぅ!?」

か、顔が変な方向に!?

「??何を二人で争ってるか分からないけど、用は真紅から安綱を盗めばいいの?」


不意に桜ちゃんが首をかしげながらそんなことを聞いてくる。

その様子だと深紅の奴が素直に安綱を渡してくれるとでも思っているのだろう。

まったくこれだから桜ちゃんは人が良すぎて深紅みたいな猛獣にぱっくんちょされてしまうのだ。

あぁ、かわいそうに。

「何よその顔。今すごく失礼なこと考えてたでしょ龍人君」

うおっ心読まれた。

「桜ちゃんは知らないかも知れないけど、シンクンは獣なんだよ獣!ザ・ビーースト!誰にでも噛み付く牙!!ひいいいい恐ろしい!?」

「おそろしいいいい!」

「……二人の場合は自業自得な気もするけど」

「桜ちゃんはシンクンの本当の怖さを知らないからそんなことがいえるっさ!あいつ、私が怪我しないあざができないぎりぎりの強さで殴るんさよ!」

「それは優しさなんじゃ」

「そんな気を使うならもっと優しく殴れーー!おかげでこちとらあいつに殴られたって証拠が無いからお上に傷害の被害届が出せないんさああ!くううう!ロシア警察の!ばかやろおおおおお!」

「そうだそうだ!俺になんて暗殺拳使ってくるし、この前なんて出会いがしらに銃ぶっ放されたんだぜ!?」

「え……ああうん。 ま、まあとりあえず。真紅に気づかれないように奪えばいいんだよね?」

「どうするんだ?」

「真紅に、寝て貰えばいいんだよ!」

『ゑ?』

「石田」

「ここに」

「よろしく」

「かしこまりました桜様」

もはやいつの間に現れたとかそういう突っ込みは消え去り、そのシベリアのブリザードを越えるひんやりとした空気を俺とカザミネは凍りついたままテレビのモニターを見つめ続けることしかできず。

「石田コブラツイストおお!」

「ばたんきゅぅ!?」

見事なコブラツイストにより深紅の意識が刈り取られる様を、ただただ指をくわえて見守ることしかできなかった。


……桜ちゃん。やっぱ君が一番怖いよ……。


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