第七章 亡霊に隠れた敵
泣きじゃくった桜はしばらくすると死んだようにぐっすりと眠りに落ちる。
安心して緊張の糸がほぐれたのだろう、おそらくこのまま明日の朝までぐっすりであろう。
俺はそんな桜の乱れた布団を直して、そっと廊下に出る。
怪我もある程度ふさがり、頭も回るようになった。
今日の襲撃は確かに俺を窮地へと追い込みはしたが、逆にファントムにとっても自分の正体を少しずつながらも確実にさらし始めている。
「ふぅ」
俺は一つ息を吐き、ほほを叩く。
情報を整理しよう。
「すまないな、集まってもらって」
俺は長山と石田さん、そしてゼペットと謝鈴を談話室に集める。
いつもならばカウンターに座って石田さんの出してくれるドリンクに舌鼓を打つところだが、今日はそれは遠慮して円卓にみなを座らせる。
「いえ、ファントムはただでさえ情報が少ない敵です……何かわかったことがあれば伝え会うのはどんな些細なことでさえも重要です……ねぇ、主」
「そうだのぉ」
「そういってくれるとありがたい……とりあえず、今日起こったことを先ず確認しあいたいんだが、石田さん長山……いいか?」
「はい」
予想をしていたのか、石田さんは一つ返事をすると、淡々と起こったことを話し出す。
「なるほど、つまり俺たちが出てった後仮身が俺たちを襲撃したってことか」
「ええ、そうです」
「そんで、仮身の位置を知るために俺はゴーレムたちをその仮身に集中させた……」
「なるほど、そしてそれが陽動であることに気づいて俺たちの元へと駆けつけた……と」
「そういうことだ……」
「何で気づいた?」
「先に気づくべきだったんだよ、仮身が沸いて出てきているのにほかの仮身に比べて明らかに身体能力が強いブラックバーバリアンが、いつまでたっても出てこない点でな……あいつは、見張られてるってことに気づいてたんだ……だから、監視の目を仮身に集中させるために術式を解き、中の仮身を村まで送った……後はざまぁねえ、まんまと陽動に引っかかって手薄になったゴーレムの目をすり抜けて、深紅たちを尾行したんだ」
……なるほど。
「敵を仮身だけだと踏んで侮ったのが原因です……やつが始祖の目を持っていること、そして、陽動作戦を行うだけの知識を有していることを考慮すべきでした」
「がっはっは、確かにのぉ、見た目からして猪突猛進の鉄砲玉みたいに振舞っておったからのぉ、それで頭が良いとは、見事にしてやられたという訳だのぉ」
ゼペットはそう愉快そうに笑みを浮かべ、敵をたたえるが。
「いや、それはどうかな?」
俺はその言葉に、一つの疑問を抱く。
「ぬ?何が違うというのだ?」
「やつの戦闘パターンだ。 先日の戦いでわかったが、やつにはそんな作戦を考えるほど高度な知能を有してはいない」
「しかし現に」
「ああ、だが町で戦ったやつは障害物も何も気にせずひたすらに俺たちに突っ込んでくるものだった。到底陽動作戦を企てられるほど正気を保っているとは思えん」
「となると」
「あぁ」
ほかにも気になる点はあった……突然の来訪に見たことの無い仮身。
そして、村の人間も知らない仮身工場を隠れ家として選んでいたこと……。
誰もが、ゼペットと同じように単身この雪月花村に桜の命を狙いにやってきたと考えてしまっていた。
しかし、奴には知能と思しきものは存在していない。
そうなると残る可能性は。
「ファントムには協力者がいる」
これしか考えられないだろう。
「お主らの行動を監視しながら、適切なタイミングにあの化け物をこちらに放っている奴がおる……ということかの」
「……そうですねぇ……」
「しかもそうなると、この村に裏切り者がいるって事になるぜ?」
ゼペットと謝鈴は淡々と俺の仮説にうなずくが、長山と石田さんは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。
「それに、この村にいるからと言って、こちらの情報を得ることは出来ないのではないですか?村のものはこの場に近づくことも許していませんし」
「あぁ、だから恐らく俺達の行動は分かっていても情報は知らないのだろう……現にファントムと初めて会ったとき、俺は特殊部隊の人間にセカンドアクトを披露している。
もし俺達の情報を得ることが出来るならば、初めて戦場に現れた際に、俺のセカンドアクトによる奇襲を受けることも無かったはずだ。
そして、ゼペット戦の直後と言うのに、ファントムは童子切安綱を簡単に引き抜かせ、勝負を仕掛けてきた……」
「しかしゴーレムの存在や陽動作戦は」
「始祖の目があればゴーレムの存在は認知できる。後は協力者が俺達を監視しながら、適切なタイミングでファントムをけしかける……」
「なるほど……となるとやはり村に」
「まて、まだ完全ではない」
石田さんは困ったようにそう呟くが、その早計な考えを俺は片手で止める。
「どういうことだ?」
「確かに村人の中に裏切り者がいて、ファントムの情報を共有しつつ、この城に攻め入ってた人間がいた……と仮定してもつじつまは合うが。まだ疑問が存在する」
「疑問?」
「一から話をまとめるぞ。いいか、ここでいうファントムの協力者になる条件は、この地に長くとどまっていることと、仮身の情報に明るい人間、それでいて冬月桜を殺す動機があるものだ、この三つがあるものでなければファントムの協力者にはなりえない」
「え?なんで?」
「なるほど。陽動作戦なんてものを考えるためには、ある程度この地に明るくならなければならないし、あなた達を監視することも出来ない。 また、これは当然ながら仮身の知識に明るくなければファントムを操ることは出来ないはず……そして、冬月桜を殺す動機が無ければ、こんな人の少ない森の中に、あれだけの殺人兵器を放り込む理由が見つからない……ということですね、真紅」
「あぁ、そうだ。最初の二つは村人の中に裏切り者がいると言う条件のみでクリアーできる……だが問題は動機だ」
「……遺産は?」
「相続権があるのは親族のみだ。つまり村人が桜を殺しても何の得にもならん。外国からのテロ行為、仮身の実験と言うことも考えられるが、それならばこんな場所で行う必要も無いはずだ……」
「異常だのぉ……しかし、殺人を楽しんでいるようにも伺えない……」
「あぁ、大量殺人がしたいならば、桜ではなく村を狙うはず……だからこそ、桜を殺す動機があるものを洗い出した」
「……洗い出したのですか?」
「誰が、桜ちゃんの命を狙ってるんだ?」
一斉に4つの視線がこちらに集まり、俺は息を呑んで仮説を語り始める。
「先ほど、桜が生きていることで不利になる人間を考えた。しかし、どこをとってもこの村に住む人間で桜の死により得をする人間はいない。金の面でも、人物としてもな……だが、一つだけ……桜が持っていると都合が悪くなる人間がいるものがあった」
「それは、何ぞ?」
「始祖の目だ」
「始祖の……目?なんでそんなものが」
「始祖の目は、元々先天性異常という特殊能力だ。
その能力を仮身に宿らせ、兵器として使用しようと言うのが桜の父の計画であり、その完成品が冬月桜だ」
「それは、お前から聞いた……にわかには信じられねーけどな。桜ちゃんを兵器にするために育てたなんて、考えるだけでぞっとするぜ」
長山は何か思う所があるらしく少し悪態をつくようにそう呟くがそこは問題ではない。
「長山の言うとおり、レポートにも桜の父親は桜を兵器にするために桜を育てていたと記している。しかし、桜の始祖の目が発症したのはつい最近だ」
「……あっ」
「そうだ、一心のノートには桜の発症を待つと言う実験データはあったが、発症した仮身を製造したと言う記録は無かった」
「……おい、待てよ。それじゃあ……まさか」
「あくまで仮説の域をでないが、もし桜の父親が、桜ではない始祖の目を持つ仮身を作り上げることに成功していたとしたら。そして、その事実を隠蔽するために……桜を捨ててあえて姿を隠していたとしたら……」
……
「もし、桜ちゃんが後から発症したら、自分の計画が世界に公表されてしまうかもしれない……量産が終了する前にそのことがばれたら確実に調律師に目をつけられる」
「明確な目標の妨げになる存在……確かにそれは動機になりますね」
「……ですが……しかしそうなると」
「いやはやなんの因果か……しかし、なんとも皮肉なものか」
「じゃあ、やはり」
皆が皆その残酷な答えにたどり着くことはできず。
皆が皆、その答えをつむぐことが出来ず、
「あぁ……。 仮身プラントでファントムを操っているのは……冬月一心だ」
だからこそ俺は皆に代わって答えをつむぐ。
長い沈黙が続く。
謝鈴も、ゼペットでさえもその意味を悟り言葉を見つけ出せずにいた。
当然だ、実の父親が桜を殺そうとしていたのだ。
それも、桜があれだけ慕い追い続けてきた父親が……。
期待はしていなかった。一心のメモを見ても、桜が愛されていないことは予想できた。
それでも少なからず、一心にとって冬月桜は娘なのだと。
冬月一心は、冬月桜の父親であると……その関係だけは切っても切れないものであると希望を残していた。
だが、それも違ったのだ。 冬月一心にとって桜は邪魔な存在。
消えて欲しい物だったのだ。
「……あくまで仮説だ」
だからこそ俺にはどうすればいいかなんてわかるはずもなく。
「だから、このことは桜には言わないでくれ」
そんなくだらない台詞だけが、ロビーに響くのみであり、そこにいた人間全てが静寂をもってその願望を承諾した。




