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第七章 貴方がいないと……

夜。

カザミネによる治療と、コートの術式の復活により貧血以外はすべての体の機能が回復したため、俺は桜の部屋へと護衛のため向かう。


……まぁ、護衛というのは名ばかりで、本当はほかのことが目的なのだが……。

「桜、いるか?」

「え、うん。大丈夫だよ」

どうやら長山はサボってどこかに言っているらしく、俺はそっと扉を開けて中へと入る。

と。

「どうしたの?真紅」

桜はどうやら着替え終わったあとのようで、寝巻きに着替えた状態で仕事をしながらこちらに振り向くことなく俺に語りかける。


「ああいや、ファントムもいることだし、護衛をと思ってな」

「怪我はもういいの?」

「ああ、それはもう完治……というか術式が正常に再起動したからな、大丈夫だ」

「よかった……」

そういうと桜は一つペンを止めて、満足そうに息をついたあと、俺のほうに向き直る。

その目には、見たことのない眼鏡がかけられていた。

「っ!?どうしたんだ?それ」

「え?ああ、なんだかちょっと見えにくくなってきて……変かな?」

「変かなってお前!?そういう問題じゃ」

そういいかけて俺は言葉をとめる。

当然、これが停止がちかづいているせいであることは理解できる。

だが、桜はわかっていてあえてこういう態度をしているのだ。

……意地っ張りな俺の愛する少女の……見ていてとても痛々しい強がり。

俺はそれを黙って受け入れることにする。

「……似合ってるな」

「そ。そう?えへへ、そう言って貰えるととっても嬉しいな」

桜は一つはにかんで、そっと俺に触れる。

「む?なんだ」

「え……あっ!ごめん」

「いや、別に嫌ではないが」

「えと……ちゃんと怪我治ったかなって思って……確認?」

「……いや、だから治ったと報告したじゃないか」

そうだけど……と桜は一度口ごもり、少し俺のことを上目遣いでにらみつけたあと。

「真紅って負けず嫌いの意地っ張りだから……その、やせ我慢してるかも知れないじゃない」

「……ふっ」

「ちょっ!なによぉ!馬鹿にしてー」

「いや、馬鹿にしたわけじゃない……ただ」

「ただ?」

「お互い似たもの同士だなと思ってな」

「そんな!私は君みたいにいつもしかめっ面してませんー!」

「むぅ、カザミネに言われたが俺はそんなに冷酷非道な顔をしているのか?」

あ、桜の奴なんか納得できるようなできないような複雑な評表情してやがる。

「冷酷非道って言うか……悪即斬の問答無用の切捨御免?」

なんか洒落た返しをしようとして失敗した感じになってる。

「い、いいじゃない!根は優しい?んだし!」

「疑問符を入れないでいただけるともっと説得力があるのだが」

「入れてないよ!!真紅はやさしい?よ」

無意識に体が疑問符を入れているのか……そうかそうかそうですか。

ぐれてやる。


「だ、大丈夫だよ。真紅のいいところは私がきちんと知ってるから!」

「本当か?」

「本当だよ!」

桜はあわてるように俺にそう言い放ち、俺はそんな桜のやさしさにこれ以上の追求はやめることにする。

「そうか、桜がそこまで言うのなら信じよう」

「うん!」

桜は嬉しそうにうなずき、一歩俺へと近づいてくる。

きている服がゆれて、一度絹擦れの音が俺の耳へと侵入し、情けないことに俺はそれだけで心臓の鼓動が跳ね上がってしまう。

「ねえ真紅」

「なんだ?」

「ちょっといい?」

「え?」

一瞬、今まで楽しそうに笑っていた桜の顔にかげりが見え、次の瞬間。

桜は、俺に有無を言わさず俺の胸に飛び込み、そっと俺にしがみつくように、その腕で俺を縛りつける。

「うわっ!?ななっ……どうした桜!?」

「へへへ、恋人同士ってこうするものなんでしょ?」

ま。まぁそうだが……何というかまだ恥ずかしいというか……桜の感触に、俺の心臓が持ちこたえられそうにない。


「へへへ、真紅のいいところその一、とっても正直」

「なっ!?」

「ほら、こんなにどきどきして……私にどきどきしてくれてるんだよね?」

「え……あの……それは、その」

「違うの?」

「いや……違くない」

「えへへ、嬉しい」

「………」

だめだ……頭が正常に作動しない。

桜の暖かい感触に、柔らかい腕が俺の背中に回ってきて、一つなでられるたびに全身の力が抜けていく。


だが、なぜだろう。

この前のように桜に抱きつかれている状況なのだが、今日の桜の抱擁はどこか悲しそうで…………ふと俺は、桜が震えていることに気づいた。

まるでおびえるように。

まるで何かを確かめるように。

桜は声だけではいつものように甘えながら、その体は俺を確かめるようにひたすら俺の背中をその手でまさぐる。

「真紅……」

「なんだ?」

「好きだよ」

普通なら、ここで俺の心臓は限界を超えて意識混濁に近いパニック状態に陥る。

しかし、今回だけは違った。

桜の声は、とても沈んだ声で……どこか、怯えているようだった。

「どうした?」

「真紅……私はやっぱり君がいないとだめ」

「……桜?」

「君がいないと……この世界は生きてる価値もないよ……君がいないと……」

桜は離れようとせずに、強い力で俺を抱きしめ続ける。

痛いほどに。そしてその言葉は呪いのように俺の心を震わせる。

まるで、俺がこの世界にとどまっていることを確認するように桜は俺の体を抱きしめている。

理由はわかっている。

俺は、桜を置いていこうとしたのだ。

桜には死ぬなといっておいて、俺は桜を置いて一人で消えようとしたのだ。

「お願い真紅。私を一人にしないで」

桜の懇願は、俺の心に重くのしかかり。こんな少女を一人残そうと考えた俺の心は、羞恥と後悔でいっぱいになる。

「ごめん」

俺は強く桜を抱きしめ返す。

「……桜、御免な」

「ううん……私こそごめんなさい……わがままばっかりで……」

「絶対に一人にしない。約束する……」

俺は、自分が刀だと思っていた。

持ち主は選ぶが、決して切るものは選ばず、そして、磨耗し刃がこぼれれば廃棄される。

だけど、俺は桜を守る刃なのだ。

そう、たとえ刃がこぼれても、折れたとしても……俺は、桜を守らなくてはならない。


守ることとは……そういうことなのだと、俺は知っていながら、今理解した。


「……俺は二度と、お前から離れたりしない。この身果てるまで、お前とともに歩もう……」

「……うん。 私も、君と一緒に生きるよ」

桜は泣きじゃくりながらそういい、俺はただただ桜を強く抱きしめる。

そうだ、そうだった。

桜は弱いのだ。

とってもとっても弱くて、だけどそれを必死で隠してるだけなのだ。

強いと思っていたのは、それは桜は決して弱みを見せないようにがんばっていたから。

だけど本当は、誰よりも弱く……そして誰よりも誰かが消えることが怖いのだ。


俺は……死ぬわけにはいかない。

今までは、正義が実行できなかったら死ぬつもりだった。

それ以前に、戦場で死ぬことを怖いとも思わなかった。正義のためとはいえ、多くの人間を殺してきたのだ……自分も殺されて当然だと思ってきた。

だけど今は……。

取り残された桜の表情を想像するだけで、死にたくないと思ってしまう。


俺は弱くなった。

だけど、それを憂うことはない。

弱くなっても、、俺はこの胸に宿る暖かさが好ましいし、捨てがたい。

              



                     ■


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