第七章 ミコトのお説教
「はぁ、しかし少々貧血気味だ」
術式によってふさがった傷をひとつなで、俺は重い頭を一度回してため息をつく。
ゼペット戦のあと、献血をしたばかりだというのに今日の戦闘でまた余計な血を流してしまった。
本当に出血大サービスである。
「ふあーあ」
しかし長山によれば、まだファントムはあの瓦礫の山から出てきてはいないらしく、俺はつかの間の休息にひとつ欠伸をして、少ないヘモグロビンに酸素を吸収させる。
「アーつかれた」
「お疲れ様、真紅」
愚痴ではないがごちると、不意に背後から声が響き、俺はあわてて振り向く。
「あら?ねぎらいの言葉はお気に召さないのかしら?守護者さん」
「いや、確かにねぎらいの言葉はうれしいが、お前の口からしかも気配を消して背後から急にそんな言葉を投げられたせいで、心臓が機能不全を起こすかと思ったぞ」
「ひどいわねえ、じゃあ」
ミコトはいたずらっぽくそう笑い、俺はそんな女狐ひとつため息をついて。
「ぶっ!?」
俺のほほを平手で打つ。
「な、なにすん!」
「桜ちゃんの分よ、これは」
「なにいって!?」
「ごふっ!?」
「そしてこれが、私の分!」
「おっぱぁ……おまっ……酒瓶で殴るのは」
頭がジンジンと痛み、世界がぐるぐると回る。
これは脳震盪のせいだろうか?それとも、アルコールのせいだろうか?
「ふぅ、すっきりしたわ」
「すっきりした……じゃない!いきなり何をする」
「……私が、未来を見ることができるのは知ってるわよね」
「え……あぁ」
「知ってるのよ……あなたが死のうとしたことくらい」
「!?」
ミコトは。
「初めて会ったときからそうだった!あなたは自分が恨まれてもいいなんていって、私に光をくれた!何であんたは、どうしてあんたは自分の命が感情に入らないの!? あなたは正義の味方なんでしょう!?人の命を一人でも多く救いたいんでしょう!? 人の命はどんな形でも平等に一なのでしょう!?だったら、あなたもその一つじゃない!」
ミコトは泣いていた。 原因はわかっている。
ミコトは、今日俺が襲われることを知っていたのだ。
だが、いえなかった。
なぜなら、話せば俺は桜の銃弾を逃れファントムを倒して死んでいたからだ。
「桜ちゃんが!あんたにかかった術式を切らなかったら、あなたは浸食の影響で死んでたのよ!あんたがいなかったら、桜ちゃんはどうすんのよ!桜ちゃんには……あんたが必要なのよ!」
いや、もし死んでいなくとも俺はいつかこの刀のせいでのたれ死んでいたはずだ。
だから桜は……。
俺は反省する。
桜の見せたあの表情も、ミコトが今俺にぶつけている感情と同じなのだ。
……俺は危うく、桜をまた一人にしてしまうところだった。
守ると決めたばかりだというのに……。
「ごめん」
「怖かったんだから……わかってても、何かミスしたんじゃないかって怖くて……もう、ばか!馬鹿真紅!!あんたなんて嫌いよ」
俺の胸を力なくたたきながら、ミコトは泣きじゃくる。
いつもの大人びた様子はなく、そこにいるのは年相応の小さな少女で、ミコトはむせび泣きながらしばらく俺のことをののしり続けた。
それに俺は言葉なく、ただただその小さな姉のことを受け止めることしかできず、しばらく俺は無言でミコトを抱きしめた。
「………」
「落ち着いたか、ミコト」
「……ええ」
そういうと俺はそっとミコトを離す。
と、ミコトはばつが悪そうに一度咳払いをし。
「わかってるとは思うけど」
「いわないさ、後が怖いからな」
「そう」
赤くはれた目でこちらをにらみつけながら、困った二つ上の幼馴染は大人の貞操を保とうと精一杯大人びた行動をとろうとする。
しかし、赤くはれた目により、すべてが空回りに終わっている。
それがどこかおかしくて。
「ふっ」
俺は一つ噴出してしまう。
「何がおかしいのよ」
「いや、悪い悪い。そういえばお前は昔から強がりのやつだったなと思って」
あぁ思い出した。大人ぶって滑り台から転んだときも、こいつは何事もなかったかのように立ち上がり、同じ事してまたすっころんだやつだった。
「っ!最近思い出したくせに!」
今日のミコトは俺に感情をぶつけてきてくれる。それがなんだか懐かしくて、俺の表情も自然にほころんで行く。
と。
「ぎゃああああああああああああああ」
そんな姿をなぜこんなところにいるのかわからんが腰にウサギを携えたカザミネに目撃され、失礼にもほどがある絶叫をされる。
「なんだよカザミネ」
「し……シンクンが、笑ってる!?」
「いや、なに言って」
「近づくな偽物ーー!」
「ふぁっ!?」
「おおお、お前はだれっさ!?」
「誰って、お前なに言ってんだよ」
「私の知ってるシン君は、笑うなんて感情異次元のワームホールに叩き込んだ男っさ!笑うときは常に相手の眉間に鉛弾叩き込むときで、血も涙もない鉄面ヤロウッさ!!やさしくすれば女はなびくとでも考えたんだろうがミコトはだませても私の目は騙されないよ!さぁ、姿をあらわ……」
「……ほう、カザミネ、そこまでお前が俺に怒られるのが好きだとは知らなかったぞ?」
「………!?あれ……ほんも」
「俺のこと、思い出してくれたか?」
「ひっ!?ぎゃあああああああああやっぱ笑って!シン君やっぱ笑って!!やっぱ笑って!やっぱわらああああ」




