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第七章 ずっとそばにいてくれた人

「はぁ」

「いかがなされました?桜様」

照明を少し落とした談話室。

そこに私は座り、一つため息を漏らす。

本当は帰宅してすぐに眠ってしまえばよかったのだが、どうやら今日の出来事はまだ戦いになれていないか弱い(ここ大事)少女にとっては、その安眠を妨げるのには十分であったようだ。

「……また邪魔が入ったなーって思って」

「あぁ……そういえば、前回はジェルバニスの襲撃にあったのでしたね」

「うん……のろわれてるのかな?私」

「はっはっは、それは桜様ではなくおそらく深紅様のほうですね」

「あぁ、やっぱりそう思う?」

二人はそういって、くすくすと笑みをこぼす。

珍しく従者である石田扇弦は隣に座り、仕事終わりの一杯としゃれ込んでいる。

普段、人がいるときはカウンターに立つ彼であったが、本日

目の前にいるのは、新たな家族となった開かずの間にいた少女。

瓦礫の撤去が終わったので正式に石田の手伝いをさせているが、仕事は申し分ないもので、こうして石田が仕事を任せて酒を飲める程度には仕事をこなしている。

相変わらず変な仮面をつけ寡黙であるが、転んだりするとかわいらしい声が漏れるため、そんなサプライズを望みながら私たちはメイドの出してくれる飲み物を片手に数年ぶりともなったくだらない談笑に花を咲かす。


石田が飲んでいるものは、カシスにオレンジジュースを混ぜそこにスミノフウオッカを混ぜたカクテル。

舌を焼くような辛味のあとに訪れる甘みと酸味は、眠気よりも気付け薬に近く、石田が愛飲しているカクテルの一つであり、石田は満足そうに首を縦に振った後、メイドにもう一つ注文をする。

一度間違えて飲んだことがあるが、あのアルコールの強さに目から火花のようなものが散った思い出が脳裏をよぎる。

「………相変わらずのうわばみね、石田。お父さんが倒れたときもけろっとしてたのを思い出すよ」

「はっはっは、長旅に酒は必須でしたからねぇ。水が腐るような環境では、酒が一番の水分補給ですから」

「……そういうものかしら」

「そういうものでございますよ」

気分がよくなったのか、石田はカチャカチャと楽しげにカクテルを混ぜながら一口、また一口と酒を口へと運んでいく。

気がつけばグラス五杯目。

つい先日まで死に掛けていた人間が飲む量ではないことは確かである。

「ちょっと、あなた病み上がりでしょう?」

「酒は百薬の長といいましてからに、薬はいくら飲んでも毒にはなりませぬゆえ」

「こらこら、過ぎたるは及ばざるが如しでしょ!いい加減にしないと、アカネに全部撤去させるわよ!?」

「!?それは勘弁を!?爺の唯一の楽しみを奪わないでくださいまし!?」

ちなみに、アカネとは、このメイドの名前である。 

いくつかリストアップしたらこれがお気に入りだったらしく、それ以降私はアカネと呼んでいる。

まぁ、おそらく真紅たちは知らないだろうけど。

どうやらほろ酔い気分らしく、石田は口調がおかしくなっている。

今までそんな一面は見せない彼であったが、ゼペットとの戦いのあとから角が取れたというか丸くなったというか……どことなくすっきりとした表情をしている。

「ずいぶんとふけ顔になったね石田。前はまだきりっと顔の筋肉が引き締まってたと思うんだけど」

軽口交じりに、私は石田のことをからかってみる。

と。

「ええ、もうあなた様に隠し事をしなくていいですからね」

期待していた反応とは違い、石田はすがすがしい表情で私を見つめる。

「……今だから聞くけど。私の体のこと、お父さんが隠し通せって言ったのかな?」

「いいえ。一心様は何も……。お伝えせず、一人この胸にとどめたのは私の独断でございます」

「どうして?」

「……それは、桜様が真の主として、この村の当主になっていただくためでございます」

「真の主?」

「ええ。失礼ながら、桜様では自らが仮身であるという事実をお知りになったら、おそらく当主としての人生ではなく……本当に人形としての人生をお送りになられると思いました」

「……」

「私はあくまで、あなたに遣えるもの……故に、あなた自身の秘密が、あなたを蝕み、当主への道を遠ざけ脅かすものであるならば、その事実を隠しとおすことが……執事である私の務めだと、そう思いひた隠しにしておりましたが……どうやらそれはただの爺の勝手なかんぐり……あなた様を見くびってしまっていただけなのですね。

結果、深紅様にも長山様にも桜様にも……大変な迷惑をおかけしました……大変申し訳ございません」

石田はそう頭をたれる。

だけど、私はその頭をそっと上げさせた。

「あなたは正しいわ石田。 私一人だったらきっと自暴自棄になってたと思う。ううん、実際自分は人形なんだ……体も心も全部お父さんが作った物なんだってふさぎこんだ。でもね、真紅がいたから……真紅に対するこの感情は紛れも無い本物なんだって気づいて……私は、私の意志で当主になりたいって思えたよ」

……今までは、ただ父親のあとを継ぐための行為だった。

だけど今度は……最愛の人とともに歩むために私は当主になりたいのだ。

だから、これは本物なんだ。

「……桜様」

「ありがとう石田、守ってくれて。そしてごめんなさい、苦労をかけて」

一瞬、石田の表情が本当にくしゃくしゃのおじいさんのようにゆがみ、すぐさま顔を背ける。

「なりません桜様、主が執事に頭を下げるなど!?」

「ふふふ、酔っ払いの執事なんているかな?私は育ての親に感謝の言葉を送ってるんだよ?」

「桜様……」

「ありがとう」

声が鼻声になっている。 ああ、今までおじいちゃんの泣くところは色々見て来たけど、この涙は始めてみる。


私はアカネがハンカチを渡そうとするのをそっと手振りで止めさせ、そっと後ろから抱きしめる。

私を育て、抱きかかえ、そして守ってくれていたその背中は、とても小さく感じた。

あぁ、こんなにも小さかったんだ……石田って。

そんなことを思いながら、私はそっと、涙をこらえる石田の背中をさする。

「……もうあんまり無理しないでね?」

「はい……約束します……桜さま!」

石田の顔はもう涙でクシャクシャで、何処か満ち足りた表情をしていた。

本当に、こんな私の下なんかで働いていてくれて、何がそんなに嬉しいのかわからないけど……こんな顔をしてくれる人がいるなんて。

私の人形としての人生も、少しは捨てたものじゃないかもしれない。


そう、心の中に思い一つを芽生えさせ、私は隣で泣きじゃくる石田に苦笑を漏らしながら、コーラを一つ口に運んだ。


                  ■


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