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第七章 生還の後の休息

「……む……ついたか?」

車が一つ前後にゆれ、俺はまだ貧血気味でふらつく頭を起こして目を空ける。

まだ視力保護の術式が回復していないためか、あたりは一面の暗闇であったが、窓の外を見やると見慣れた冬月家の屋敷が見える。

「あー、住み慣れた我が家、ただいまー」

長山はそう緊張感のない台詞をはき、ちゃっかり桜をエスコートしながら車を降り、俺はそれに続いて助手席から降り、運転席のイエーガーに一つ礼を言う。

「今日は助かった。 ありがとう」

「礼には及びません。それよりも、私どもはこれより、第一級厳戒態勢をしきます。部隊の人間を少々森の周りに配属させますがよろしいでしょうか?」

「そうしてくれ、相手の狙いはおそらく桜一人、こちらから手を出さなければ襲っては来ない。見つけたらできる限りの範囲でいいから監視と連絡をくれ」

「了解しました。桜様に何か武器をお持ちいたしましょうか?」

桜が期待するようにこちらを一つ見たが。


「いや、いらない。奴に銃は効果はないからな……下手に戦おうとすると逆に危険が迫るだろう」

「そうですか、では」

「ああ」

そういうとイエーガーはアクセルを踏み、一人雪月花村のほうへと消えていった。


「桜さまああああ!」

「あーはいはい。疲れてるからあっち行って」

「そういうわけには……!?」

冬月家の玄関ではいつものように主人と従者の主従漫才が繰り広げられ、俺は自分たちが生還したことに安堵のため息をつく。

「あっそうだ!?そんなことより石田!真紅怪我してるんだから!!早くカザミネ呼んで!」

「なんと……すぐに真紅様の部屋にお呼びします。お待ちを」

「え、あ、いや。別に傷が開いただけだから……そんな」

「真紅……顔色がわりーから少し休んだらどうだ?あとの面倒くせーことは俺がやっとくから、カザミネちゃんが来るまで部屋でゆっくりしてなって」

「しかし」

「真紅、そうして。これは命令だよ」

「……了解だ」

長山が面倒くさいことを自分でやるとまで言っているのだ……今の俺は相当弱っているのだろう。

桜の言葉に一つうなずいて、俺は一人階段を上り、部屋で仮眠をとることにした。



コチコチコチコチ

眠るという行為は、視覚を遮断するために聴覚や嗅覚が敏感になる。

車の中でとった仮眠がいい具合に俺の睡眠欲を邪魔しているのか。

それとも単純に眠くないだけなのか、俺の体は休むことを拒否し、かといって体を動かすと傷が開いて痛むので、俺はベッドの上でひたすらに術式が回復するのを待ちながら時計の針の音を聞いていた。


あぁ、暇だ。

本当はいろいろ考えなければいけないことがあるのはわかってはいるが、どうにも今はそんな面倒くさいことを考える余裕は無く、ほかに何かくだらないことでも考えて気を落ち着かせようとしても、そんな人生に余裕のある人間ではないため、くだらないことも考えられず、俺はただただ暇な時間を過ごし、気がつけば時計の針の音は五百を超えていた。




と。

「おーす。いきてっかいー?」

相変わらずやかましい甲高い大声を出しながら俺の部屋のドアが開き、カザミネが現れる。

てっきり狩に出ていてしばらく帰ってこないものだと思ったが、案外早く現れたな。


「まぁな。 傷口が開いて死にそうだ」

「すぐに暴れるからっさよ。セラミックの糸で縫いつないだって、新体操顔負けの化け物じみた動きなんてしたら、傷が開くのは当たりまえさね」

あきれたような表情をするカザミネの額には、珍しく汗が一つ浮かんでいる。

こんなロシアの極寒の地で汗をかく理由は一つしかない。俺が怪我をしたという知らせを聞いて、きっとここまで森から走ってきたのだろう。

そう思うと、目の前で悪態をつく振りをしてまで安心を隠そうとしている野生児に対しても、感謝の念というものが生まれてくるわけで。

「すまないな、ありがとう」

知らず知らずのうちに、俺はカザミネに感謝の言葉を投げかけていた。

「!!」

当然、自分でも自覚があるのもどうかと思うが、人にあまり、特にカザミネに対しては一度も感謝の言葉を投げかけない俺のこの台詞に、予想通り目を点にして手に持っていた麻酔用の注射針を取り落とす。

これが、カザミネらしく古めかしいガラスでできた注射針なら景気良く割れカザミネの意識を無理やりに引き戻してくれたのだろうが、使用されているのはごくごく使用されているプラスチックの注射針で、俺たちの脚の間をころころと転がっていき、俺の座っているいすの足にぶつかってその動きを止める。

当然、カザミネの意識も思考回路も強制終了することはできず、しばし沈黙をしながら死んだ魚のようなうつろな目をしばらくした後。


「……え、ああ。夢か」

光が戻ったかと思ったらそんな失礼なことを言いやがった。

まぁしかし、これ以上出血を許すと本当に死んでしまいそうなので。

「そうだ夢だ。早く診てくれ、死にそうだ」

そうやってカザミネのショートした頭の再生プログラムの手助けをする方針を固める。

「ゆめっさね、そうさゆめっさ。じゃあ、目が覚めたところで、改めてシンクンの怪我をみるっさよ」

「ああ、そうしてくれ」

どうやらカザミネは突然の展開についていけるような高級な脳みそはついていなかったらしく、無かったことにして正常な作動を無理やり続ける。そのため、余計な機能はシャットアウトしたためかこいつにしては珍しく、壊れたラジオの電池を抜いたかのように静かに押し黙りながら、体の傷を縫合していった。


麻酔が効いているためか、感覚は無く、ただカチャカチャという音だけが響き、自分の開かれて赤々しく染まっている腕を眺めているのも暇なので、ふと視線をカザミネに写す。

服装は今は白い白衣を着ているが、下の服はいまだ狩人の服のままであり、よくよく見返してみると、その服装は全体的に白を基調としているために、この病室に良く似合っている。


ただ黙々と傷ついた人間の傷を癒す白衣の少女は、さながら白衣の天使とまで言われたナイチンゲールを髣髴とさせ、俺はそんな思考を頭の中で組み立ててから始めて気づく。


あぁ、こいつ、黙ってればそこそこ美人なんだな。


スレンダーなラインは小柄ながらすらっとしてモデルのような理想の形をしており肌も、髪も狩人とは思えないほど癖も痛みも見受けられない。

縫合をする小さな手も、てっきりマメや傷だらけなのかと思いきや、昨日まで家から出たこともないと言われても一瞬本気にしてしまうほど綺麗だ。


何も知らない人間がこいつとすれ違ったら、おそらく何人かの男性は振り返ってこいつのことを見るだろう。

それ程、目の前で傷の手当をしてくれている少女は黙っていればそこそこ魅力的ではあった。


だというのに、しゃべるだけであれほど魅力をばっさりと失わせてしまうのだから、こいつのこの性格はある意味呪いに近いといってもいいのかもしれないな。

「はぁ」

ため息と同時に苦笑をもらし、俺は自分の傷口を見る。

二度目の縫合のせいか、傷口は少々気味の悪い色に変色を遂げていたが、腕のいい医者のおかげで、傷口の具合は良好であった。しかも黙っているおかげで作業効率がいいらしく、前回の半分のスピードで腕の傷はふさがれていた。


あぁ、本当にこいつにとってはあの騒がしさはペナルティなんだな。

なんて思いながら俺は黙々と残りの傷がふさがっていくのを眺めながら

いかにしてこれからカザミネを黙らせるかを考える。

と。

「馬鹿」

「ん?」

ふと、カザミネがそんな台詞をこぼす。

今までの沈黙から、やっとのこと搾り出したようなその声は弱弱しく、俺は一瞬何を言ったのか聞き取れなかった。

「……あんたは大馬鹿者さ」

静かにカザミネは縫合した腕をそっとなでて、俺の肩に唇をつける。

「!?なっカザミネ!?」

「おまじないさね、どっかの馬鹿がまた傷開いてこないようにってね」

「……俺だって開きたくて開いたわけじゃ」

カザミネの台詞は何処かしおらしく、俺は対応に少し戸惑う。

と。

「……君はいつでも傷だらけっさ。出会ったときから」

「そりゃな、戦ってるんだ」

「違うよ」

「何?」

「私の目には、君が死に場所を探しているようにしか見えない」

「なに言ってる。俺は」

「君は死にたいんさよ。君の理想はきっと、君が死ぬことで完成するんさね?だから死ぬのは怖くない。自分を傷つけることをむしろ喜んでいる」

「そんなことは……ない」

言い切れなかった。 

自信を持ってノーとはいえなかった。

なぜなら、カザミネの台詞と同時に、俺の頭の中では自分の父親の最後が見えたから。


それを美しいと感じてしまった。 ああなりたいと感じてしまった。


正義は捨てた。理想も捨てた。

そして。

その道が俺の本当に望んだ生き方だということも、桜に教えて貰った。

だけど。

俺にとってはまだ、あの最後が美しく心を支配している。

頭では理解できても、俺は、誰かのために犠牲になることを心のどこかで望んでいる。


だから……。

「一人ぼっちの正義のときとは違うんだよ。悪になった君はもう一人じゃない。それは、君が守りたいのと同じように、君が守っている人間も君を失いたくないんさ。それを忘れないで欲しいっさ」

そっと、カザミネは俺の背中におでこをぶつけて、そのまま動かなくなる。

「……カザミネ?」

「……………まったく。馬鹿なんだから」

あきれたようなカザミネの台詞は、俺の胸にすとんと落ちる。

悪になるということは、人とのかかわりが深くなること。

…………。

そんな当たり前のことを、カザミネは教えてくれたのだ。

「……やれやれ、こんなくだらない話するんじゃなかったねん。考えてみれば、どっかのおばかが傷こしらえてきても、私が全部なおしゃいいんさ!がっはっは!どーんと任せんしゃい!というわけで、傷の縫合も終わったから、私は狩に戻らせてもらうよ!肉が私を待ってるんさ!」

ガチャガチャと乱暴に医療器具を押し込みながらカザミネはそういい、詰め込み終わると足早に部屋の出口へと向かう。


「お大事に」

見るからにぶっきらぼうな台詞とともに扉を開けていくカザミネ。

「やれやれ、怒ったりしおらしくなったりと忙しい奴だな」

俺は口ではそういいながら、心の中では少々反省をする。

……俺が死んだら、悲しむ人間がいる……。

そうか、もう俺は死ぬことも許されないのか……。

本当に悪とは正義よりも難しい。

珍しくまともなことを言ったカザミネの台詞を俺は胸に刻み込み、コートを羽織る。

コートの術式は再度情報を受け取ったらしく、何事も無かったかのように正常に作動し、俺の傷を覆い隠して修復する。

これでまた今までどおり動けるが……。

「……休んでるか」

俺は、カザミネとご主人様の顔を思い出し、そっとソファに腰をかけるのであった。

                  ■


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