第七章 ファントムからの逃走
「なっ」
現れたのは赤き英雄、万の武器を携え、万の英雄を引き連れ、地を鳴らして天をとどろかせながら、どこからとも無くやってきて、死にかけた人を助け出す。
今のこの状況で、この赤いコートの男を英雄と呼ばない人間は居ないだろう。
それほど、このアホの登場はナイスタイミングであった。
「ボロボロだなぁ真紅。平和ボケか?」
亡霊の一撃を刃で受け止めながら、長山は相変わらずのにやけ顔で俺に軽口を叩く。
「なぁに、ここのじゃじゃ馬姫に殺されかけただけさ」
「なっ!じゃ、じゃじゃ馬って!」
桜が反論の言葉を俺に投げかけるよりも早く。
「SAAAAAAAAAAAAAAAA」
ファントムは長山の剣を砕き、片腕にて長山の首を狙い走らせる。
しかし。
「はっ!まともに相手なんてしてやるかよ!!」
長山は折れた剣を捨て、手を一つ叩く。
と。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAA」
地より刃が生えるように現れ、一つ、また一つとその体を妨害するように穿ち、その身から黒いオイルを撒き散らさせる。
致命傷ではない。恐らく、薄皮を裂いただけで有効打でもない。
できたことと言えばせいぜい足止め程度である。
「まだまだいくぜぇ!」
だが、それは当然とばかりに長山の攻撃はそれだけでは終わらない。
引き抜かれるは一本の槍、其は光り輝く破壊神が用いた名槍。
金 銀 銅の世界をすべて打ち払い焼き尽くしたその槍の名は。
「ブリューナク!」
一度の咆哮により、神代の名槍は久々にその名前を思い出し、衰えることなきその神威を振るい、亡霊と対峙をする。
しかし。
「長山!! そいつは桜と同じで術式を無効化する!」
「!? そうなのか」
そう、いかな神代の武器だろうとも、術式による恩恵を受けた武器は、その異常の前には意味をなさない。
あの瞳はその意味では文字通り神をも喰らう傲慢な能力。
しかし……。
「だったら」
そういうと長山はブリューナクを亡霊から少し下げて構え。
「え!?ちょっ龍人君なにを」
桜がとめるよりも早く、その一撃を振るう。
「!?」
たとえるならば津波。大地に触れた槍はアスファルトごと大地を捲り上げ、津波のように土砂の壁を作りながらファントムへと覆いかぶさる。
崩落する大地。
アスファルトははじけ飛びながらもファントムへと走り、槍の衝撃から生まれた余波により、石で固められた道は、巨大な岩の塊となってファントムへと流れ込む。
「………」
この地響きに土の動き、この破壊は地震に近しく、生まれた断層はファントムのみ押しつぶす。
町外れで無ければ、当然のごとく大惨事を巻き起こしていただろう。
「……なんつーむちゃくちゃな」
そんな相棒の戦闘に真紅はため息をもらす。
「術式は切れても、ただのコンクリートの塊はそうは行かないだろ? それに好きだろ?派手なの」
「お前はもう少し他人の迷惑をだな」
何かが倒れるような音が響き、それが桜の倒れる音だということに気づき、慌てて駆け寄る。
「桜!」
「桜ちゃん!?」
「あ……あはははは、ご、ごめん。安心したら腰抜けちゃって」
「……桜ちゃん大丈夫か?」
「大丈夫だよ私は、でも、私のせいで真紅は」
「ふん、気にするな、お前を守るのが俺の仕事だ」
「……やせ我慢しちゃって、真紅マジイケメン」
「茶化すな」
【――――――――――― ――!】
響いたのは悲鳴にも近い怒号。
長山が俺に対して軽口を叩こうと口を開いた瞬間……
後方に包まれた断層と土砂の山が一瞬震える。
「こりゃやべえ、さっさと逃げんぞ!」
「やってないのか?」
「唯の時間稼ぎだよ!ここに長居しちゃ、これから来る野次馬共みんな死ぬぜ?!」
そういうと、長山は桜を担いでとっとと走り出す。
長山はそういうと桜を担いで足早に歩き出す。
追ってくる気配は無く、土砂に飲まれたファントムが顔を覗かせる気配も無いが。
しかし、確実に奴が生きており、着々とこちらに向かい進んでいることだけは直感で分かる。
狙いは桜のみ……となればここは撤退が正しい選択か……。
俺はきびすを返して、長山のあとをふらつきながらも追いかける。
「足は何処に止めてある?」
「この先の路地だ」
「路地?なんでそんな遠くに」
ここから路地は、走って五分くらいかかる上に、狭い道のため逃走に時間がかかる。
「アブねーだろだって!?ボディーガードに無茶させて、逃走用の足が無くなったらどうすんだよ!?」
「だからって!下手すると奴に追いつかれるぞ!?」
「だーもう、それが嫌だったら黙ってはし……」
長山が珍しく俺に苦言を言おうとした瞬間。
「え、なにあの車」
ほうけた桜が指差した先に、こちらに向かってもう突進を仕掛ける一台の黒い車が見える。
「おいおい、このままだとこっちに」
「きゃあああああああああ!?」
言うなり、車は悲鳴を上げながらスリップオンをかき鳴らしてドリフトをするように後輪を九十度傾けて横滑りをし、俺たちの目の前で停車をする。
いや、目の前というより顔面すれすれに……。
「シンク!桜様!ご無事で!」
中から顔を出したのは、イエーガーであり、扉を開けて俺たちに乗るように促す。
「誰も死んでないですよね!」
イエーガーとは反対から聞こえた声に運転席を見てみると、そこにはシェリーの姿があった。 今の運転はお前か。
「あぁ……今、ひき殺されるんじゃないかってドキドキしたよ」
冗談抜きに。
「……危ないから来るなって言ったじゃん!?」
「自分だって桜様をお守りする護衛でありますから!なにやら異様な音がしたので慌てて助太刀をしようかと思い」
さっさと切り上げたのは正解だったようだ。
戦闘を続けていたら、今頃助太刀に現れたこいつが、行きに乗ってきた車に積んでおいたゲームのディスクのごとく両断されて宙を舞っていただろう。
「とにかく、どちらにせよ好都合だ……このままこれで逃げるぞ」
雑談をしている時間は無い。
さっさとこの町から逃げ出して、冬月の城にて迎撃体制を立て直さなければ……町の人間に被害が出かねない。
そう判断し、リムジンへと乗り込む。
と。
「あっ真紅!まだジハードが町に!」
リムジンに乗り込むと、桜はそう思い出したように声を上げ、俺もようやっと思い出す。
「しまった……」
もし、駐車場にもどってファントムと出くわすことになんてなったら……。
「ったくしゃーねーな。俺が拾ってくるから、二人は先にもどってろ」
そういうと長山はリムジンから降りようとするが。
ボディーがードはそれを慌てて静止する。
「大丈夫です龍人!先の爆発でジハードも何かがあったことに気づいてるはず……ジハードには何かあった場合、別行動をするように支持してあります! 奴らの狙いは桜様一人、おそらくジハードに接触を図ることはしないでしょう!ですので、まずは我らがこの町からの脱出を図るのが先決かと……」
確かに……彼の言うことは一理ある。
ファントムはジハードの顔を知らない。
むしろ俺たちと合流するほうがかえって危険になる。
「……そう……分かったわ、あなたを信じます。いきましょう!」
桜の命令に、ボディーガードは微笑んだ。
まるで、その命令を待っていたかのように……こんな化け物との戦いでさえも、参加できることが楽しいといわんばかりに……。
「了解!桜様!」
シェリーは勢い良く楽しげに笑い、全力でアクセルを踏む。
踏み鳴らすアクセル音はまるで汗血馬の嘶きに聞き間違うほどにけたたましく鳴り響き、凍りつく道をすべることなく踏みしめながら、その黒き車体は一瞬でトップスピードまで速度を吊り上げて逃走のための疾走を開始し、追跡するものの心配を振り払うかのように、一陣の風よりも早く町を追い越し木々立ち上る森へと浸入した。
「………ふぅ、ゴーレムに様子は見させているけど、しばらくは出てくる気配はねー見てーだな……ファントムの奴 まぁ、あいつの能力からして、絶対とはいえないが」
長山がそういうと、最高速を保ち続けていたその車は安堵したかのようにその速度を落とし、同時に車内に張り詰めていた緊張の糸が一瞬にしてほぐれる。
「どうなってるんだよ一体。ファントムの要るあたりにはゴーレムが居るから、異変があったらすぐに分かるんじゃなかったのか?」
「それが……嵌められちまってよ」
「嵌められた?」
長山は歯切れ悪くそういいながら、ここにいたる敬意を一つ一つ語りだした。
「まずはじめにだが、今日お前らが出てった後すぐに、雪月花村が仮身によって襲撃された」
「なっ!」
いきなり口に出された台詞は、とてつもなく重い一言であり、俺たちは一瞬言葉を失う。
「えっ!村は!!?村は無事なの!?」
「それは大丈夫だ。 襲撃っても大した数じゃなかったからよ。ほんの二十三十体だ、俺と石田さんで物の数十分で片付けはしたんだが」
いやいやいや、問題はそこじゃない。
一番の問題は、どこからその仮身が現れたかだ……仮身なんてそこら辺をうろついているわけじゃない、となると考えられるのは。
「……まさか」
「そのまさかだ。ここら辺で仮身の襲撃があるとしたらあそこしかありえねえ」
以前、桜と共に訪れたファントムの潜伏先である仮身プラント。
「それで、慌てて見に行ったんだがよ、予想通りあのプラントの周りに張られていた結界がきれいさっぱり剥されてた……」
「となると、上手く踊らされたみたいだな、長山」
暴走した仮身程度にしか思っていなかったが、搖動をしてくるとは。
「あぁ、完全にしてやられたよ。恐らく、あの術式のキーを握っていたのはファントムの奴だったんだ……結界を消して、仮身を町に向かわせることで、自分が町に行くための逃走経路を作ることに成功した……。俺はまんまとだまされて、いきなり現れた仮身にゴーレムを集中させてはいどうぞと道を開けちまった……すまない桜ちゃん。深紅」
長山はすまないと俺に一つ謝り、俺と桜は同時に首を横に振る。
「こうして二人とも無事だったんだし!気にしないで、ね、真紅!」
「……あぁ 奴が始祖の眼を有していたことは完全に予想外だ……監視があると分かった上で動き始めた以上、何かしらの手を使って監視をかいくぐってくるはずだ……それに対しての対抗策だけを考えよう。 だからそんな気にするな長山。お前のおかげで村は守られたんだ」
「そうか……ありがとよ」
長山はそんな俺達の言葉に力なく笑う。
「しかし、まさか仮身にそこまでする知識があるとはな」
今までの襲撃から、それほどの知能が無いと勝手に判断してしまったのは完全なミスリードだったようだ。
あの町の中で気づかれずに俺達を尾行してきたことや、暗闇が訪れた瞬間に攻撃を仕掛けて来たことから考えても、敵は相当な知識を持っている。
まるで、暗殺者か狩人の類に近い。
おまけに桜と同じ術式を無効化する能力まで秘めているとは……。
安綱が折れた今、俺は果たしてあいつに勝てるのか?
俺は疑問を浮かべながらそう自分の傷に触れてそう不安を募らせる。
痛みはジンジンと己を戒めるように響き、それが次第に死のイメージを脳裏によぎらせていく。
しかし。
「もう、暗くなるのはやめよう? 生きてたんだから、それでいいよ」
桜はそう震える手を必死で止めようとしながら、俺のコートの裾を力強く握りしめてそういう。
「桜……そうだな」
色々と問題は山積みであり、言いたいこともいろいろあるが。
今日は一応生き伸びられた……。それでいいじゃないか。
貧血気味のボロボロの体で考えたってろくな答えは出やしない。
俺はそう判断して思考回路をすべてシャットダウンにし、休むことに専念する。
面倒くさいことは帰ってから考えよう。
車に揺られて瞳を閉じると、簡単に睡魔は俺の体を支配した。
コートの術式は停止してはいるが、恐らくは後数分で元通りだろう。
現に、生命維持に必要な治癒の術式は少しずつ活動を再開しており、傷の痛みが少しずつ引いていくのを感じる。
やれやれ。
ため息をつきながら、俺は先ほど決めたように静かにまぶたを閉じた。




