第七章 六時間前 雪月花村
6時間前
「あー暇だなー」
すっかり見張りの為に存在することになった冬月家の屋上にて、俺は一人深紅の命令を守ってファントムの居る方向の監視を続ける。
まぁ、その理由が、ミコトちゃんは今日は居酒屋での仕込みで外出中でありカザミネは、森へ狩りに行ったきり帰ってこないし……要するに暇なのである。
町の子ども達と遊んでも良かったが、村のうわさというものはやはり早いもので、おそらく町に最近ちょくちょく顔を出す深紅に情報が真っ先に回ってしまうだろう。
そうなってしまっては後が怖い。
一度はゲームをしようかとも思ったが、あいにくゲーム機は全て桜ちゃんの部屋においてあるため、主不在の部屋……しかも女の子の部屋に無断で入るほど常識の無い人間ではないこの長山龍人は、仕方なくここでのんびりと見張りを続けながら誰か遊び相手が帰ってくるまでのんびり時間をすごすことに決めた。
「はー、今日も村は平和かな平和かな」
俺は一つ、深紅のドラグノフを持ち上げて、町の風景を覗き込む。
まぁ、銃は扱えないわけではないが、専門ではないため何か気になるものがあっても打ち抜けるわけではない。
ちょっとした望遠鏡代わりである。
「……ほうほう」
視野は絞り込まれてしまうが、確かにこれはよく風景が見える。
術式は常時起動しっぱなしのようで、始動キーが分からなくても大丈夫だった。
ちょっと掘ってある文字に異様な形のYがあったのが気になるが……このときにあいつが集中力を切らすような何かがあったのだろうか? あの深紅からしてみれば考えられないことだ……あいつ、訓練のとき事故で目の前にグレネードが転がってきても平気な顔して安全な場所に投げ返したからな……。
現在の訓練生の間でもちょっとした伝説となっている出来事である。
「それが今じゃすっかり腑抜けちまって」
桜ちゃんが現れて、あいつは変わった。
俺としては、正義の味方であるあいつが好きで憧れていたためちょっと残念ではあるが……それでも親友のため心から祝福をしてやりたいとも思っている。
「……あぁそうか。 もう四年たつのか」
そんな感傷に浸りながら、俺は代わり映えのしない森の木々を目の焦点を合わせないでボーっと見つめ続けながらそうつぶやき。
「!?」
瞬間。
鮮明な映像が眼前に写しださえる。
「こいつは……」
ゴーレムによる指定された明確な敵を認識した際に送られてくる術式、視聴覚共有の術式が起動し、俺は視界を三分割に強制的にされ、視界をモニターに敵の情報を映し出す。
そこに移っていたのは……仮身だった。
「なっ、こいつら何処から!?」
森を歩く仮身は軍団となって村へと進む。
こいつはまずい……おそらく仮身プラントから這い出てきたんだろうがこのままだと村に向かっちまう。
色々と気になることは有るが、今は排除が優先だ!
「っ」
俺はすぐに術式の命令系統を変化させ、森に配置したゴーレムの半数を敵の監視に当て、敵の正確な位置を割り出す。
「っ……村到着まで二十分ってところか、あいつらがせっかちな性格じゃなかったのが幸いだったな……」
一つ不安だったのはカザミネであったが、ゴーレムに探させるとどうやら仮身のいる方向とは間逆の森でゴーレムを獲物と勘違いして追い掛け回している。
よし、このまま安全なところまで誘導してしまおう。
深紅の奴がトラップを仕掛けたのが幸いしたのか、進路に村人はおらず、村に到着さえさせなければ被害はゼロで抑えられる。
「……まずは報せねえとな」
時間はあるが、のんびりもしていられない。
俺はそう判断し、迅速に石田さんの下へと走る。
「石田さん!?」
「おや、どうかされましたか?龍人様」
「報告だ。 西の森に仮身がでて村に接近中だ。おそらくファントムが潜伏しているところの仮身だろうが、後二十分で村を襲撃する」
「何と!」
石田さんは驚愕に瞳を見開き、何か考え込むようなしぐさをする。
「俺は迎撃に向かうが、万が一に備えてボディーガードたちに村人の非難を命令させてくれ……要件はそれだけだからよ、じゃあ、行ってくる」
病み上がりの老人を戦わせるわけにはいかない。
ファントムが現れるかもしれない戦いで、深紅の援護射撃が無いのが少し心細いが
文句も言ってられないだろう。
俺はそう一人間の悪い深紅に恨み言を心の中でつぶやいて、森へと疾走を開始するが。
「お待ちを!」
石田さんの声に、俺は呼びとめられる。
「なんだ?」
「私もついていきましょう」
「おいおい、そうしたら村人の非難は」
「走りながらでも命令は出せます……それに、どうにも引っかかります」
「引っかかる?」
「ええ、お願いします」
石田さんの瞳は、すでに全盛期の死神の眼光にもどっており、俺は仕方なく首を縦に振る。
「無理すんなよ!? あんたが死んだら、桜ちゃんが悲しむんだから」
「承知しております!」
そういい放ち、石田さんと俺は、敵の待つ西の森へと二人で疾走を開始した。
■
村は至って平穏無事、喧噪もなく、この一歩先から連日死闘が繰り返されていることなどつゆ知らず、のんのんと平和な幻想を描いている。
当然、森の奥から迫る殺人人形の水の中で金属を打ち鳴らすような鈍く深く響く進軍の歌声など聞こえるはずもなく、急ぎ走る二人をいぶかしげな顔で見つめながら、村人たちは一つつぶやく。
きっと、誰か特別なお客さんでも来るのだろうと。
村人たちは考えない。平和なこの時間が侵されることを。
だからこそ、必死にこの村を守るために走る二人をおっちょこちょいだと笑い。
隣に立っている商売敵にどんな客が来るのかなんて想像をめぐらせながら談笑に花を咲かせる。
そんな村だからこそ、冬月桜は守ろうと考えるのだろう。
彼らは知る必要がない。
その平穏が、どれだけの努力と苦労によって成り立っているのかを。
この平穏な毎日を守るために、どれだけの人間が犠牲になったのかを。
それが許せない。
それが憎い。
理想郷など必要ない。もともとそんなものは存在しない。
人の幸せとは、常に他人を犠牲にすることによって成り立っている。
だからこそ、己はそれを知らしめる怪物なのだ……。
かつて、一人の男は己の犠牲だけで多くの人間を幸福にした。
かつて、一人の男はその夢に裏切られて命を絶った。
だからこそ……私はそれに復讐する。
彼を裏切ったすべてに……それに加担するものすべてを。
あぁ、だからこそこの村が……何の犠牲もない、桃源郷であればよかったのに……。
■
森の中。
静寂を貫く森は、風もなく揺れてその異物を初めて意識する。
人同士の争いを見た、迫害を見た、異形の力も見たその森は威風堂々とすべてを受け入れ、己をむしばむものでさえも意識することなくただただ傍観を続けるのみであった。
しかし、その森が初めてそのイレギュラーを意識する。
生物でもなく、機械でもない。
目的は殺戮、理由は皆無。
生きるための捕食ならば幾度となく見た。
しかし、その生物には、明確な意思など存在せず、ただただ何かを殺すことのみを頭に宿し、ふらふらと獲物を探して彷徨い歩く。
その足音は演奏。
誰かを殺したいという願望を載せて、ひたすらに目的へと歩く進軍のための行進曲。
その駆動音は歌。
まるで鼻歌を歌うかのように、明確な殺意を音というカタチにして垂れ流す異形の歌。
それは歩く狂気であり、形のある殺意。
殺すという概念をそのまま形にすれば、おそらくはこういう形になるのだろう。
これならば、まだ相手を選ぶ死神のほうが慈悲がある。
彼らは、破壊でもなんでもなく、ただ殺すことだけが目的の化け物なのだ……。
それが恐ろしく、木々たちはその異形に身を震わせて其の侵入を住人に知らせる。
しかし、今まで沈黙を守り続けてきた森の声などだれが聞こうか?
村人はすでに森の声を忘れ、ただただいつものように平穏無事な世界に浸っている。
そう、だからこそ、このまま村は崩壊するはずであった。
しかし。
「ったく、ずいぶんと溜まってんなぁおい」
一つ声が響く。
赤いコートを羽織った男。
齢15の少年は、その迫る明確な死を前に、物おじすることなく一つあきれたようなため息をつく。
「そうですねぇ……」
隣にたつ老人は、英雄の隣でトンファーを構えながらそう笑い。
「時がたつのは早いものですねぇ……昔、私はこれを作らせんがために、幾度となく戦場へと赴いたというのに」
そう一人自嘲する様に笑みをこぼす。
「何一人で感傷に浸ってんだよ石田さん。さっさと行くぜ?」
「えぇ、そうですね」
そういって二人は、たった二人でその絶望へと向かっていく。
そこからは単純。
二人は当たり前のようにその怪物たちを殲滅せしめる。
無限の刃は雨あられと降り注ぎその人形たちを刺し貫き串刺しにし、男の振るう一撃は一瞬にして多くの人形の首を弾き飛ばす。
怪物の軍隊に対し、更なる絶望を持って其を滅する。
それが、ジューダスキアリーが率いたデルタ部隊……そして。
「クヒヒヒ」
調律師……世界最強の名をほしいままにしながら、その牙を抜かれた最強の部隊。
なんということか。
それだけの戦力がこんなちっぽけな村に介在している。
そして、その理由に誰も気づこうとしない。
「クヒヒヒヒヒ」
踊ろう踊ろうワルツを踊るように。
振るわれる刃は剣舞のように。 つぶれる頭はトマトのように、流れるオイルは雨の様に。
祭りは続く愚か者のワルツを見ながら、吸血鬼はくるくると回りながら世界を見回す。
すべてはこの雪のように真っ白く。
闇のように真っ黒で。
そしてこの曇天の空のように灰色だ。
正義も悪もない。
あるのはただ力による支配のみ。
力こそが正義。
しかして力こそが悪である。
灰色の世界。
灰色に染まる世界。
その中で兵士と人形は、まるで亡霊とダンスを踊る牧師のような矛盾をはらみ、踊りあってキャンバスを赤い色に染め上げていく。
牧師は正義を説きながら亡霊を切り刻み血祭りに上げる。
その様子を見ながら、吸血鬼は一人高々と笑い声を上げる。
そう、もはや歯車は回りだした。
誰もとめることのできない歯車が今……。
■
「ふぅ」
あたりの一掃が終わった俺は、壊れた仮身の回収をするため、ボディーガードたちを呼び寄せる、
「お疲れ様です龍人様」
「あんたは、何で息ひとつ切らしてないんだよ」
俺は病み上がりの化け物にひとつため息を漏らし、重い腰を上げる。
「……しっかし、どっからこいつらは沸いて出たんだか……」
「可能性とすれば奥のギアプラントからでしょうが……まだ肝心のファントムが顔を出していません……もしかしたら隙を見計らって奇襲を狙ってるかも……油断は禁物かと」
石田さんはそういい、当たりを警戒するように俺に促し、俺はそれにうなずいて仮身の偵察のために集めていたゴーレムを森へと放つ。
瞬間気づく。
今、石田さんはなんていった?
「……しまった……はめられた」
そうだ……なぜその可能性を考慮に入れていなかった。
なぜ、俺は考えもつかなかったんだ。
……。
「やっべ」
俺はそういうと、頭で状況を整理するよりも早く、走り出した。
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