第七章 諦めない覚悟と絶体絶命
分かってしまった。
真紅が何をするのかを、真紅が何を考えているのかも。
彼は死ぬ気だ……私を守って、私を置いて一人で消えてしまう気なのだ。
そうしなければ二人ともここで消えてしまう。彼は私を守るために……一人で勝手に死んでいくつもりなのだ。
そんなのは嫌だ。
そう言葉をつむごうとしたが、出てくるのは言葉にならない変な声だけ。
分かっているはずだ、ここで嫌だということは唯のわがままでしかない。
彼は命をかけて私を助けようとしている……ここで私が死ねば……彼の人生は本当に報われなくなる。
これだけがんばった真紅が、何も報われないまま死んで行く。
そんなのは嘘だ。
真紅が負けるはずが無い。
でも分かる。
分かってしまう。
あの刃を振るったら……。
私の目はミテシマウ。
あの刃を抜いたとき。
しらぬいしんくはもじにのみこまれて○んでしまう。
………。
それで良いのか?
私は問う。自分に問う。
本当にこれで良いのか?
目の前には真紅が捨てたクローバー。
本当にこれで良いのか?
私は何も考えずに、それを拾い上げ。
「良いわけないじゃない!!」
その銃口を向ける。
楽しかった真紅との思い出。
あの時、私は知ったはずだ、真紅が居なければ生きている意味が無いと。
あの時、私は願ったはずだ、真紅と共に歩み、彼を守り続けると。
あの時、私達は誓ったはずだ……何があっても生きることを諦めないと!
だから。
「真紅も!最後まで諦めないでよ!」
始祖の目を起動し、私はクローバーを構える。
術式が呼応し、私の目はその流動する紫電のような美しき意味の結合を確認し、異形への侵食を許可する。
「……っ」
飲み込まれる感触。 感覚が失われ、何か大切なものがぷつぷつと音を立ててきれていく感覚が全身を這い回る。
しかし、その分だけ視界は明るくなり、私の世界は広がり続ける。
「見えた!」
狙うは、真紅を多い尽くして侵食する、蟲のような術式の文字達……。
「打ち抜けええええええ!!」
■
「なっ」
放たれる一閃は神速、その一撃は確実に敵を両断し、冬月桜の未来は約束されたはずだった。
しかし。
「SAAAAAAAAAAAAA」
目前の亡霊は消えず、絶命するはずであった不知火真紅も心臓の鼓動をとめることは無く、死すべき運命を同時に免れた両名は、互いに一撃を放った後の体制のまま、呆けるようにその場に静止して対峙する。
何かが落ちる音三つ。
一つは黒く、一つは銀色。
それは、一本の腕と、一本の鋼。
不知火真紅の一撃は、ファントムの腕を切り落とし、そしてその胴体に弾かれそのの刀身をを砕かれた。
当然、その刃の鋭さは確実に亡霊の装甲を凌駕し、断絶することは確実であった。
しかし、腕を切り落とした瞬間、童子切り安綱はその身に刻まれた呪いを剥奪された。
亡霊ではなく、冬月桜の手によって。
「っ!?」
一瞬早く、不知火真紅は現在の状況を判断し、全身を駆動させる。
状態はゼロ距離の間合いであり、己は懐に飛び込んでいる。
刃は振れないが、不知火真紅は攻撃を仕掛ける。
突き上げるかのごとく放たれた刃の柄での水月撃ち。
鈍い音が響き渡り黒き亡霊はその身を少し後ろに傾け、よろける。
片腕の喪失はその黒きもののバランス感覚を失っていたのか、ファントムはその身を傾ける。
その一瞬を、不知火真紅は見逃さない。
「!」
残った左腕を真紅はつかみ、ひきつけるように放つは背負い投げ。
重量はまるで鋼の塊のようなものであったが、柔道とは、力なきものが力あるものを制す技……、まるで流れるかのような動きにより、ファントムは宙を舞い、そして地面に叩きつけられる。
いかに重装備をしようとも、その身に受ける衝撃は防ぎきれない。
地鳴りが響き、アスファルトはひび割れる。
衝撃は少なからずファントムに響いたのか、受身を取ることも出来ずに倒れこみ、不知火真紅はまた一つ間合いを開く。
「っ!桜、何しやがる!!」
桜の表情は見ず、桜に怒号を発する。
当然だ、冬月桜は今、自分が生き残る道を自分で断ち切ったのだ。
「勝手に死ぬなんて許さない……真紅が居なくなったら!私が生きる意味なんてなくなるんだから!私を置いて一人でどこかに行こうだなんて!私が絶対許さないから」
「おまえ!?今そんなこと言っている場合じゃ……」
彼女にどんな理由があってこれをしたのかは分からないが、危機的状況をさらに悪くしただけである。
「私は、一人じゃ生きていけない……お願い!」
武器も無く、不知火真紅はすでに立つだけで精一杯である。
「お願いだから……」
逃走は不可能であり、生存確率はゼロ。
「死なないで!!」
ただ、この亡霊に二人とも殺されるだけ。
「!!」
だがしかし……。
不知火真紅は諦めない。
何が起ころうとも、目前から絶望が迫ろうとも、冬月桜を守るため走り続けることをとめることなどありえない。
「SAAAA」
「来い!!」
クローバーを真紅は構えて、桜を守るように迫る絶望をその身に受ける。
大地を鳴動させ進撃するは鬼人。
起き上がり、間合いをつめるまでの疾走。その時間約一秒未満。
「AAAA」
「!?」
冬月桜には、亡霊はもはや黒い霧のようにしか視認できない。
その速度を捕らえることなど不可能であり、追う事も反応することさえも間に合わない。
「AAAAAAAAA」
絶叫は深遠から響き渡る亡者のうめき声に近く、迫るもう一つの腕は地へと聖者を引きずりこむ。
しかし。
「へへ、やっとお返し出来るぜ、この真っ黒黒助!」
その一撃は、一人の赤き英雄によって阻まれた。




