第七章 亡霊は異能を振るう
光に照らされた其れは、形のある影。
異形な形、ゆらゆらとゆれる蜃気楼のような黒い霧は、光に照らされてもなお消えることなく影で有り続け、そして彼を両断せんと一撃を振り下ろす。
「っ!?」
「RAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
金属がこすれあい、破壊の音がこだまする。
車はまるで豆腐のように両断され、ゲームのディスクが舞っては町の明かりを乱反射させる。
「なっ!何これ!?」
桜に怪我が無いことはもはや奇跡としか言いようがない。
深紅は自分の悪いときにだけは良く働く勘に生まれて初めて感謝をして、迎撃体制をとる。
敵はどこからあらわれたのかも、いつの間につけられていたのかは分からない。
だが、ただ一つだけ分かることがある。
それはこの状況がとてつもない危機的状況であるということだ。
「ぐっ!」
考える暇も無く、か弱き少女を小脇に抱え、深紅は直感的に後ろに飛ぶ。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
瞬間、空を切り、一本の黒いものが蛇のように蛇行し、後方へ飛ぶ不知火深紅へと走り、その首を引き千切り咀嚼せんと空を走り寄る。
それは、目に映る絶望であり。
「ちっ」
死帝はそれに一つ舌打ちを打ち、スライドを引く。
入っているカートリッジは、セカンドアクト……前回の初手と同じように、不知火深紅は不意打ちにより敵を穿つ。
「セカンド!アクト!!」
一度の銃声で放つは三発の弾丸。放たれるは異次元を抜けて走りよる神速の弾丸。
軌道は死角無き左右両側面からの攻撃に、ダメ押しの頚椎への内部射撃。
外郭が硬いことは理解しているため。
ゆえに、不知火深紅は体の内部に術式を起動し、貫く。
「KUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUUU!」
しかし。
「!なにっ!?」
見切られる。
完全な不意打ち、一度は成功した奇襲。
しかし今度は確実に、ファントムは銃弾の弾道を見切り全てを断ち切る。
まるで、全ての弾道が今度は見えているかのように。
「!?」
ファントムは止まらない。
深紅はとまることなく迫るファントムから逃れるため、もう一度地面を蹴って後ろに飛び、残りの銃弾七発を掃射する。
しかし、それでもファントムは止まらず、全ての銃弾をその手刀で断ち切る。
「ちっ」
口元から一筋の赤いものが見える。
絶望から逃走する守護者が覚えたのは痛みであり、瞬時にそれが己の体のほころびがほつれる感覚であることを悟る。
距離は次第に縮められ、桜をつれての逃走はもはや不可能。
それはまるで五首の蛇。蛇は蛇行しながら、迎撃する弾丸をその牙で断ち切り、
五指の一つ一つが……容易に不知火真紅と冬月桜の頭蓋を砕き脳髄をえぐり、心の臓を噛みつぶすことを語っている。
弾丸は、その進行を少し緩めるも、とまることなく少しずつ、しかし確実に迫る。
そう、もはや逃げることは不可能。
「桜!下がってろ!」
そのため、死帝は小脇に抱えた冬月桜を手放し、迫るその黒き影の怪物と対峙する。
「サード!アクト!!」
真紅は腕を打ち抜き、手のひらに術式をまとわせる。
破壊の右手。
そう、逃げられないならば、打ち落とせないならば、やることは一つしかない。
不知火深紅が選んだものは銃撃戦ではなく、生きるか死ぬかのインファイト。
最高最大の破壊をもってして、その絶望を打ち砕く。
「ッああああああああああああああああああ!」
一撃。
マガジンを入れ替えたクローバー。
放つはクイックドロウによるファーストアクト十二発全弾掃射。
「AAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」
「見切ってくるのは分かっている!」
稼ぐのは時間。
いかに銃弾を見切ろうと、十二発の銃弾をかわしながら、この一撃を防ぐことは出来ないだろう。
不知火真紅のその思惑をはらんだ一手は、外れることなく的中する。
「GAAAA!?」
ファントムは気づく、この銃弾が己の足を止めるために放たれた布石であると。
そして、不知火深紅が右の腕に宿した破壊が、文字通り己を仕留めるに足る破壊力を持つことを。
理解し、その速度を増して銃弾を銃の指で断ち切り応対するが。
動けない。
弾丸は依然己の骨を砕いたものであり、迫る一撃に対応すれば、それは即ち弾丸にその身をさらし、結果その一撃を受け入れることになる。
かといって、全てをはじき落としたとしても、その一撃は回避不可能。
その状況はまさに。
「チェックメイトだ!!」
相手を一撃で破壊する。
分解の術式を埋め込んだ……破壊の右手。
ジスバルクゼペットの防護術式も、銀閃融解でさえも打ち砕いたその不知火深紅最大の粉砕。
「砕けろ!」
それは寸分も狂うことなく相手の急所を狙い、破壊する。
「――――!」
手ごたえあり。
打撃は深く敵の胸を穿ち、何かが砕ける音がその場に響き渡り、ファントムは吹き飛ばされる。
そう。 吹き飛ばされた。
「なっ!」
驚愕の声は不知火深紅のもの。
触れるもの全てを粉砕するはずのその一撃は発動せず、黒き亡霊はその形を失うことなく再び地上に舞い立つ。
「……なっ……なぜだ」
術式は発動していた。
そして、不知火深紅の一撃は、確実に敵を穿ったはず。
しかし、それは破壊されること無く、再び冬月桜を目指し、失踪を開始し。
「ぐふぁあ!?」
同時に不知火深紅は、その身から赤いものを噴出しひざをつく。
「真紅!!」
一瞬、その身に降りかかっていたことを理解できずに傍観をしていた冬月桜も、その状況に瞳を見開き、深紅へと駆け寄ろうとするが。
「来るな!!」
深紅はそれを静止して、ふらふらと立ち上がり迫る黒き亡霊と対峙する。
切られた訳でも一撃をその身に受けたわけではない。
血が噴出した箇所は過去にその身に受けたもの……。
そして、その身が感じる悪寒を受けて、深紅は理解する。
そのファントムの異能を。




