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第七章 デートで最初に行く場所はガンショップなお嬢様

扉を出て、俺は桜の待つ玄関へと向かう。

自分の服装やら、デートコースやら……はては桜の寿命やら体の感覚をどうフォローするかなど、仕事やプライベートが入り混じったような不安や考え事を頭の中でシチューのようにかき混ぜながら、期待と一抹の不安を飲み込んで桜の前に俺は向かう。

「はぁ……失敗しなければ良いが」

前回はジェルバニスの妨害もあったが、色々と準備をする時間があり桜に明確なやりたい事があったためデートに備えることが出来たが、今回は急な晴れでのデートであるため……何をすれば良いかも分からない……。

あぁ、ただでさえ恋人らしいことをするにはどうすれば良いのか悩んでいるというのに……。

考えれば考えるほど不安は募っていき、俺はそんな楽しみなんだが不安という二律背反な感情を抱えながら玄関の扉を開けて桜の待つ外へと出ると。

「あ、やっときた」

その不安はまるで杞憂だとばかりに桜は俺に幸せそうに微笑み、頭の中の不安が蜘蛛の子を散らすかのように忘却のかなたへと旅にでる。

「あ……えと。すまん待たせて」

「いいのいいの♪ 真紅にも準備があるものね」

桜の服装は前回メイ ハードを見に行ったときと同じ動きやすさ重視の洋服。


桜のイメージそのままの、高そうな毛皮のコートにマシュマロみたいな帽子をかぶっている。

「え……えと、どうしたの?そんなに見つめて……もしかして似合って無かった?」

気がつくと俺は桜のことをまじまじと凝視してしまっていたらしく、桜は恥ずかしそうにうつむいて上目遣いにそう聞いて来る。

「え!?いや、そんなこと無い!そんなこと無いぞ!すごい似合ってる……ただ、見とれてただけで」

「ふえっ!み……みと……みとれ」

桜は両手を頬に当てて分かりやすく恥ずかしがり、俺も言った後で自分の発言にダメージをもらう。

「なーにお互い分かりやすく緊張してんですか……さっさと行きましょうよ、深紅さん」

声をかけられて俺は一瞬びくりと肩を震わせ、桜よりも後方の景色にやっと視線を向ける。

見ると、そこには桜の移動用のリムジンがとまっており、ジハードの奴が暇そうに車のキーを指でくるくる回しながらこちらを伺っている。


「……そ、そだね真紅……じゃあ、いこっか」

「お……おう、そうだな」

どうやら、今朝から元気に城の中を駆け回っていた桜も、俺の余計な一言のせいで完全に俺と同じ状況に置かれてしまっているらしく、俺と桜はオイルのさび付いたロボットのようなカチカチな動きをして後部座席に座る。

「はい、じゃあいつもの通りに事故らない程度にかっ飛ばすんで、つかまっててくださいね!」

乗り込んだのを確認すると、ジハードは車のエンジンを一度鳴らし、いつものように古臭いジャズをかけながら森を抜けた町へと車を走らせた。



走り出してから数分……外の森はいつものように一本一本個性のある形を俺たちにみせつけながら、町へと向かう車を送り出す。

道は凍結し、雪は行く手を阻むように積もっているが、さすがは冬月家要人御用達のスーパーカー……300万ルーブルの値段は伊達ではなく、目前の障害を障害とも思わぬ速度で雪を撒き散らしながら目的地へと進んでいく。


まぁ、その勢いのように俺たちの会話も跳ね上がるように弾んでくれれば良かったのだが、車内はまるで自分の服装を皮肉られているかのようなお通夜状態であり、俺と桜は数秒に一回互いを横目でちらちらと見ては、うつむいて何を話せばいいか思い悩むという行為を延々と繰り返している。

そのさまはまるで居合いの達人同士が先に相手に刀を抜かせるために、カチャカチャと鯉口を親指ではじいたりしまったりを繰り返しているような状況だ。

まぁ、実際はそんなことはしないんだが、それくらいシュールである。

「えと」

「あの」


「あ」

「あ」


「あ、わりい、どうぞ」

「い、いや、真紅のほうこそ」

間が悪いというか気が合うというか、何か話そうと決心するたびにこれであり、冬月の城を出発してからかれこれ七回目の言葉の衝突事故である。


いけないいけない、何を分かりやすく緊張しているんだ俺、ミコトに言われただろ……桜を守るものとして熱き思い胸に抱き、されど明鏡止水の心にて敵を打ち払うべしと。

※そんなこと言われてません。

そうだ……俺は浮ついた心でこのデートには挑んではいけない。

この二週間で俺と桜の関係は変わったが、俺と桜の立場は変わっていないのだ。

俺は何が何でも桜をあと一週間守りきらなくてはならない。

しかし、こんなに腑抜けていて、どうして桜を守りきれようか。

そう……ミコトの言うように、桜とのキスなど想像しては……。

「ふんす!」

俺は今までの自分を戒めるように一度窓ガラスに頭を叩きつけ、強制的に雑念を排除する。

「!? ふえ!ど、どうしたの」

「大丈夫だ……車が揺れたからな」

「す、すごい まっすぐな道だった気がするんだけど」

「気にするな……それよりも桜、今日はどこをどう回る予定なんだ」

よし、ようやく普通の会話を自然な流れですることが出来た。

「え?あ、そっか。えっとね、まずは町を回って……それでこの前は色々会って回れなかったお店とかを回ってね、お昼にお茶とかして、えへへ……夜には二人で一緒にライトアップされた街を見ようね!とっても綺麗なんだよ、この時期はクリスマスを一ヶ月前に控えてるから!」

……クリスマスを……二人で。

「ふんす!」

「きゃあ!どどど!?どうしたの」

「いや、急カーブはさすがに揺れるな」

「まっすぐな道だよね!?すごいまっすぐな道だよここ」

「そ……それよりも、一ヶ月前ってどういうことなんだ?クリスマスは一週間後のはずだが」

「え?ああそっか、日本だとそうなんだ……ロシアのクリスマスって一月なんだよ」

「……へぇ、そうなのか」

どうりで村の様子もクリスマスに向けて騒がしくなかったし、そういった行事には先陣切って大騒ぎしそうなカザミネがクリスマスのクの字も出さないと思ったらそういうことか。

「うん……あ、それとねそれとね!今日は石田に夜まで居て良いって言われたから!最後に劇場に行こう!?」

「劇場?」

「うん。Золотая ночьって言うんだけど」

「Золотая ночь……金色の夜……か」

中々おしゃれなネーミングだが……桜に劇場を鑑賞する趣味があったとは驚きである。

「で?演目は何なんだ?」

「うんとね……確か今日は神話を基にしたオリジナルの劇で……あ、ここに書いてあるはず」

そういうと桜は、ポーチから一枚のパンフレットのようなものを取り出し、見づらそうに眼を細めてその文字を読み上げる。

「和訳すると筋肉の祭典 煌く汗は黄金蜜」

……。

「ね!面白そうでしょ」

よかった、桜だ……いつもどおりの桜だ。


俺はそんな当たり前のことを再確認し、桜から渡されたパンフレットにでかでかと描かれている筋骨隆々のオペラ歌手とは到底思えない男とにらめっこをしながら、いつもどおり一つため息をついた。


                    ■

「さて、ではいつものように私は時間まで適当にふらついているので、何かあったら呼んでください」


そういうとジハードは車を駐車してさっさと町へと繰り出して行ってしまう。

どうやら今日はジハードの奴もこの町に用事があったらしい。

一瞬、どんな用事があるのかと思考をめぐらしてみるが、考えたところでしょうがなくそれよりも大事な用事が今はあるため、すぐにその思考はシャットダウンし町へと視線を戻す。


町並みは以前と変わらず、灰色と白色のみが世界を埋め尽くし、道は人でごった返している。

とは言ったものの、それは東京のコンクリートジャングルのように息苦しいわけでもなく、道行く人々の表情もどこか明るい。

ご時勢は不景気の煽りを食らった辛い時期だと聞いていたが、どうやらここは例に漏れた場所らしく……街の雰囲気は空の気候と同じく明るく輝いているようにも見える。

しいて問題点を挙げるとするなら自動販売機にコーラが売っていないところだろうか。

「どうしたの?ボーっとして」

「いや……なんでもない。ただ、この前来た時は何も感じなかったのにな……と思ってな」

そうだ、最近多感……というか色々なものにいろんな感情を抱くようになった。

「んー。よく分からないけど、最近真紅楽しそうだよね!」

「楽しそう?」

「うん。顔はいっつもしかめっ面だけど……いろんなこと話すようになったし……なんだかはじめてあったときよりもよく喋るようになったよね?」

「そうか?」

「うん、前はどんな会話でも二言三言くらいしか喋らなかったのに、最近はなんかよく冗談とか言ってくれるようになったし」

「むぅ」

それはなんだか気恥ずかしい気もするが。

「うん……真紅が嬉しそうで……私もすっごい嬉しい」

「……そうか。 なら、今日はとことん遊びつくさなきゃな、疲れて眠るなよ?運ぶのが大変だ」

「あっ!そうそうそんな感じ!」


桜はいつものように無邪気な笑顔を振りまきながら、自然と町に向かって歩き出し、俺は今度はその話に返事を返しながら……後についていく。


 今日はなんだか楽しくなりそうだ。 

そんな期待を胸で膨らませながら。

                  ■

「ほへー!」

桜は目を輝かせながら、黒光りする鋼鉄の塊を一つ手に取り、嘗め回すように中国産のハンドガン トカレフを見たあとスライドを引いて構えを取る。

「気のせいだったか」

言わずもがな、大体予想はしていたが、桜が最初に訪れた場所は小さなガンショップ。

売りは輸入された武器も取り扱っている……というところらしいが、確かにロシアでは中々お目にかかれそうにない中国製のトカレフや95式、フランスのFAMASやオーストリアのAUGなどが壁にかけられてる。


……本来各国陸軍で取り扱われており、一般の人間の手に渡ることは通常ルートで出回ることの無い代物のはずなのだが……。

まぁそこは関係ないため、眼を伏せておくことにする。


まぁ、あそこの武器庫は基本ロシア製の物しか置いていないため、海外の銃は色々と桜にとっては珍しいものなのだろう。

「ほらほら!真紅これすごいよ!!このハンドガングリップが削られてる!こうやってグリップを削って、そこにナイフを当てがって構えることで、銃撃戦とナイフファイトを瞬時に切り替えることが出来るんだね!」


桜は楽しそうだ……話していることがちょっとばかり物騒であるが……。

「あ、こっちのアサルトライフルもすごい!このコックで……フルバーストと三点バーストが切り替えられるんだ……へぇ……状況に応じた戦い方が出来るんだね……」

「ファマスか……」

「え、うん。なんか武器庫にあるカラシニコフに比べると形が独特だから」

桜はニコニコと笑いながら、銃を手にとって笑顔を見せている。

「こいつはブルパップ型といってな、携帯性向上のために、銃身を縮めずに全長の短縮を可能にしている……作動方式はレバー遅延式のブローバック。ローラー遅延式と違ってこっちはてこの原理を利用してボルトの開閉を遅延させている。長い銃身は命中精度を安定させ、唯でさえゆるい反動のレバー遅延式ブローバックをさらにブルパップ形状と複合することによって安定・集弾性を向上させている。

ただ、問題となるのは見てみろ、フロントサイトとリアサイトの距離が短いだろ?これでは遠距離射撃には向いていない。まぁ、中距離戦では安定して戦える代物だ」

俺はどちらかというと同じタイプではAUGの方が使いやすいと思うが、それは飲み込んで桜にFAMASを返却する。

「ふえー、銃の構造も色々と考えられて作られてるんだね」

桜はそういうとアサルトライフルを壁にかけなおし。

財布を確認しだす。

「桜一体何を!?」

「え?だって、私持ってないから買おうかなと……あ、大丈夫だよ!今度は店ごととか非常識なことはしないから!」

「お前はこれから丸一日アサルトライフル片手に町を歩くつもりか!」

「え?駄目なの?」

「駄目に決まっているだろうが!下手をすれば刑務所行きだ!」

「ふええ!」

やはり金持ちの感覚は分からない……。

「というかファマスくらいお前の財力とコネクションがあればいくらでも取寄せられるだろ」

「嫌だよー!出会いはいつだって一期一会なんだよ真紅!私とこのアベルとの出会いはもう二度と訪れないんだよ!たとえ他のFAMASが来ても!それはアベルじゃないの!」

誰だ、アベルって……名前なのか?銃の名前なのか?

「あー別にアベルじゃなくても良いだろ、アベルよりもいい奴なんてそこらへんにうろついてるぞ?」

「私はアベルがいいのー!」

なにやら会話が変な感じになってしまっている。

というか今日はやけに桜は食いかかってくるな。

それほどこのファマスが気に入ったのだろうか?

特にカスタマイズもされていないように見えるが。

「あー分かった。分かったよ!?俺が預かっておくから、それなら良いだろ」

「本当!?」

「あぁ……スナイパーライフルを置いてきたから、術式に収められるはずだ」

「うん!!真紅大好き!」

別に深い意味ではなかったのだが、俺は一瞬めまいにも似た感覚に襲われる。

いかんいかん……何を喜んでいるんだ俺は。

気を緩めてはいけないとさっき自分を戒めたばかりだろう。

何を腑抜けているんだ……まったく。



しかし………。 だいすきかぁ。

「買ってきたよー!」

「うおっ!? おう」

「いやー、やっぱりアベルはすごいねー!私が見込んだだけあって値段も一つ飛びぬけてるね!ほら、かっこいいでしょー」

そういいながら桜は心底嬉しそうな表情でアサルトライフルを取り出し、俺に見せ付けてくる。

やれやれ、これがぬいぐるみとかだったら俺もほほえましく思えるんだが……。

「ん?桜、今なんていった?」

「ふえ?かっこいいでしょー?」

「いや、その前」

「値段が一つ飛びぬけている?」

「……」

FAMASって、そんなに他のアサルトライフルよりも高かったか?

「……なぁ桜」

「ん?」

「参考までに聞きたいんだが、いくらだった?」

「えーと、100万ルーブル」

「……」

ざっと3万フラン……か。

ちらりと店主のほうを見ると、そこには札束を鼻歌交じりに数える小太りの店主の姿がある。

「桜、ちょっと待っててくれ」

「ふえ?あ、うん」

そういって俺は、桜を店の外に待たせる。

まったく、金持ちの世間知らずとはいえ、一経営者であることから油断していたが、やはりこういうところは金持ちのお嬢様らしい。

まぁそれはこれから気をつけるとして、年端もいかない少女から定価の約二十倍の値段で銃を売りつけた輩には、それ相応の罰が必要だろう。

                     ■


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