第七章 本日は晴天なり、絶好のデート日和
「……原因が先天性異常の代償!?そんなことが……ってかなんでそんなに重い話をそんな満ち満ちた顔をしてるんだお前!?」
真紅が帰宅後、とりあえず話が分かる石田そしてゼペットと謝鈴を呼び、私は置かれている状況を話して判断してもらうことにした。
「ふむ、無い話ではないと思うが、どうだ死神よ」
「……確かに、そういわれれば一心様の先天性の異常は……今の桜さまとは一線を画していたかと……てっきり桜様が上手く使いこなせていないだけかと思いましたが……そういわれれば納得がいきますね……」
石田はそう言葉をつむぎ、私の意見を肯定するが。
「しかし、先天性異常は生まれる前よりすでに決定されていると聞きますが?」
謝鈴はいぶかしげな表情をしてその意見に疑問符を浮かべる。
「重要なところはそこじゃないだろお前ら……ようは、目と侵食に関係があるなら、ゼペットがそれも含めて直せるかどうかだろ?」
そんな会話を聞きながら、真紅はあきれたようにそうつぶやき、私達は先天性異常の話を止めて一斉にゼペットを見る。
と。
「どうだかのぉ……こればっかりは切って開いて見ねば分からんからのぉ……止まった箇所が壊死せず、停止しているだけなら再稼動も可能だが……もし壊死していたならば止まった箇所を新たに用意せねばならんからな……」
「幸いにも、ここには必要なものはそろっています主……そこまで時間はかからないかと……しかし、これ以上侵食が広がると時間が」
大体予想は出来ていたが、出来れば明るい方向で進んで欲しかった話に私達は空気が重くなるのを感じる。
「どうにか見分けることは出来ないのでしょうか?」
「壊死ならば時間を置けば分かるだろうが、そんな悠長なことを言ってられる時間も無かろうて……まぁ、今聞けたのは行幸だ……対策が打てるというもの……なぁに、心配することは無い!我を退けたのだ!運命の神フォルトゥナは確実に貴様らに微笑んでおる!がっはっは」
「一体どっから沸いて出てくるんだよその自信はよ!?根拠ねーだろ」
「勿論無い!がっはっはっは」
「もう!真面目にやってよー!」
「すみません皆さん……主はバカなので」
「やれやれ」
ゼペットと龍人君のやり取りに、真紅は肩をすくめ、石田もミコトもいつしか私も口を緩めて笑っていた。
あぁ、なんでだろ。
こんな根拠も無いのに、なんだかゼペットが言うと大丈夫なような気がしてしまう。
なんだか彼がいろんな人から慕われて居るのがわかった気がする。
いつか私も、上に立つものとしているだけでみんなを安心させられるだけの指導者になりたいなぁ。
「……まったく。とりあえず、ゼペット。仮に桜の失われた味覚とかは、仮身としての停止でも、壊死でも対処出来て戻るんだな?」
「まぁの、停止の場合の方がちょいとばかし確率は上がるが」
「そうか……まぁそれはいい。対処できるって事だけ分かればいい。 桜はこれから、負担が掛かるほどは始祖の目を使わない。それで良いな?」
「うん……もしファントムとの戦闘になったとき、援護して上げられないけど」
「大丈夫だ。それはそれで、お前にいつ後ろからフレンドリーファイヤーをされるか心配しなくてもすむからな」
「あっ!ひっどーーい!?誰のおかげでゼペットに勝てたと思ってるのよーー!」
「あぁ、そうだったな確かに俺は運命の神に愛されている……よく生きてたよ」
「むきーーー!人をノーコンみたいに言ってくれたわねー!もう怒った!!もう二度と真紅の為に料理なんて作ってあげないんだから!」
「!……」
「なんでみんなガッツポーズするのそこで!」
「イヤーザンネンダナー」
「顔が喜んでる!龍人君なんでそんなに喜んでるの!?まずかったの!?私のカレーまずかったの?」
「いや、まずいとかそういうんじゃなかったよ! 痛いんだよ口の中が!」」
「もはや味ですらないの!?」
ショックだ!味見はしてないけど、絶対おいしく出来たはずなのに!?
「がっはっは、なあに気にすること無いって桜よ!シェイの作る料理なんて」
「このバカ主いい!サラダオイルの代わりに車のオイル使って料理作った事は言わないって約束したじゃないですか!なんで言おうとするんですかああ!」
「見事に全部自分でいったな」
「きゃああああああああああああああああああああ!?」
「大丈夫だよ、謝鈴ちゃん。桜ちゃんは料理が車のオイルの味だかげふぅ!」
「ばかっ!ばかっ!ばかあ!」
「桜様……それ以上やると死んでしまいます」
「まぁ、別にいいけどな」
「ちょっ!?まっ!助けてよ深紅!」
「やだ」
「そんな!って桜ちゃん止めて!いつもみたいに可愛い顔して!?可愛い顔して!可愛い顔してかわいいかおぎゃあああああああああああああああ!!?」
雪降りしきる雪月花の森。
その中にまぎれるようにひっそりと立つ冬月家の城は、今日はいつにもまして騒がしく、森に騒音を響かせようと震えるが。
しかし、むなしくもその声は外にて雪にかき消され、雪月花の森は今日も何事も無く……静かな夜を迎えていた。
■
12月21日
本日は晴天なり。
朝目覚めたときから星が顔を覗かせていたため、まさかとは思っていたが。
昨日の雪はどこへ行ってしまったのか、今日はすがすがしいほどの晴天となった。
忘れている方も居るかもしれないが、桜はこの一ヶ月、基本町へと赴くことは禁じられているが、ある一つの条件をクリアすると、町に繰り出すことが許可される。
その条件こそ。
「はぁ……イイテンキデスネ」
そう、天候が晴れになったらである。
勿論のこと、ツンドラまで下手をしたら歩いていける距離にあるこの雪月花村。
近くに立てられている暴風雨の術式のせいもあってか、基本一年三百六十五日雪が降り続け、特に冬場に太陽が顔をのぞかせることは無い。
そのため、石田さんとしてみれば桜を町に生かせないようにする条件としては最適なものを選んだわけだが……。
桜の運がいいのか、それとも唯単に石田さんの運が悪いのか、本日は石田さんをあざ笑うかのような雲ひとつ無い晴天の空。
こればっかりはさすがの石田さんも何も言うことが出来なかったのか、桜の部屋のガラス張りの窓から外を望むと、庭で石田さんが遠い眼をしてひたすらに太陽を眺めている。
そして。当然桜は。
「真紅!デートだよデート!!今着替えてくるから、真紅もちゃんと今度はデート用に準備してね!護衛じゃないんだから!」
前回の失敗を引きずっていたのか、それとも特別な関係になったからか、朝っぱらからずっとあんな感じである。
しまいには上で寝ていた長山まで部屋に引っ張ってきてはしゃぐ始末……外で見張ってたんだからわざわざここにつれてこなくても晴れだって事くらい誰でも分かるというのに……。
やれやれ、あれで味覚と触覚が失われているといって誰が信じるのであろう。
「……大変だなぁ深紅……傷」
長山はたたき起こされたのがそうとう応えたのか、あくびをしながらそんなことをポツリとつぶやく。
「まぁ……多分大丈夫だ」
傷の具合は半分ほどといったところか……軽い運動くらいならば傷は開かないだろうが、当然のこと戦闘などしたら全身からトマトケチャップを噴出すことになる。
「しかしまぁ、前回は街中でジェルバニスによる襲撃を受けはしたが、今回ファントムは雪の廃墟の穴の中だ……」
「そうだな……まぁ、もし穴倉から顔を出してきたら、手柄は独り占めさせてもらうからよ。お前はたまにはのんびりしてこいや」
「……長山」
長山は俺の顔を見ると、にっこりと笑顔を見せてそっと肩を叩く。
「なっ」
満面の笑顔で、瞳を輝かせて俺を送り出す長山はとても輝いている。
まったく……お前って奴は。
「俺が居ない間に豪快に羽を伸ばす気満々だなこの野郎」
「ぎゃあああああイタイイタイ!?腕が!?この龍人君の腕がああ!何で分かったの!?」
「顔に書いてあるんだよお前の場合は!」
「うわああああ!?なんだよ!?何テンションあがってんだよお前!緊張してるだろ!桜ちゃんとのデートに緊張してるだろお前!」
「!!」
「ぎゃあああ!図星かああああ!」
ギブアップの声を無視し、タップも無視して長山を黄泉の国への渡し舟へ乗せる作業を続けること数秒。
動かなくなった長山をそこらへんに放置して、俺は仕方なく桜とのデートの準備を開始する。
といっても、気を抜くわけにも行かないため服装はいつもと同じ。
やることといえば顔を洗って歯を磨いて……そうだ、髪型も少し整えたほうがいいのか? このぼさぼさのくせ毛はやはり正したほうがいいのか……それとも桜は自然体の方が好ましいのだろうか……。
いつもの通りでいいと自分で自分に言い聞かせては見るものの、俺は準備の手を止めて部屋の洗面室で鏡とにらめっこをして思い悩む。
今まで、身だしなみとか気をつけたことも無かったから……こういう時どうすればいいのかまったく分からない。前回は何も気にせず桜と共に町を回ったが、今回はお互いの立場が違うし…………やはりそれ相応の格好をしなければ桜も悲しむだろうか?……だがしかし……。
ああ、どうにも落ち着かん。
別に緊張しているわけではない。断じてない!
唯いつもの服装で、桜と町を回るだけだ……そう……唯町を。
「キスとか、しちゃったりして」
「!!」
瞬間、桜の唇が俺の脳内に思い浮かび、俺は一瞬で自分でも分かるほど耳まで赤く染まる。
「あら意外……とっくに口付けの一つや二つ終わらせてると思ったのだけども、その反応からすると案外ヘタレなのね守護者さん……」
「っ!?ミコト……いつからそこに」
振り返るとそこには、いつものように不適な笑みを浮かべたミコトがたっており、俺に向かってわざとらしくあきれる様なモーションを見せ付けてくる。
「あなたがそろそろデートが楽しみすぎて発情期真っ盛りの猫よろしく興奮してあたりを駆けずり回ってるころだと思ってね」
「誰が発情期の猫だ」
何勝手に変な未来を見てんだお前は。
「ふふふ、それにしても。私が入ってきたことにも気づかないんだから……気を抜いちゃ駄目よ守護者さん」
「分かってる……」
「そ、ならいいのだけれども……口元、緩んでるわよ?」
「なっ!?」
慌てて確認するために口元を触ってみるが、依然変わったところは無く、しかし同時に。
「冗談よ。本当に、守護者さんはからかってて飽きないわ」
悪戯っぽく笑うミコト。
本当に、美人なのにむかつく笑顔って言うのはこいつにしか出来ない芸当だと俺は心の中でつぶやき、とりあえず無視する方向で支度を進める。
「っと、そうだ。ガードの奴らに森近辺の見回りも頼んでおかなきゃな」
石田さんは町に配備しろといいそうだが、ファントムが森から直接居場所も分からない桜目指して町に訪れるなんていうことは考えにくいため、雪月花村付近に配置したほうが賢明である。
「あら?どういう風の吹き回しかしら……うちの従業員に聞いたところ、守護者さんが仕事をくれないから暇になるって聞いてたのだけど?」
ミコトは俺のその呟きが気になったのか、どういう心境の変化かをたずねてくるが、まぁたいしたことではない。
「なに……戦うのがあいつらの居場所なら、それで死のうが文句は言われなさそうだからな……使えるなら駒として働いてもらおうと考え直しただけだよ」
そう。
俺はもう正義の味方ではないのだから、使えるものは全部使っていく。
ただそれだけだ。
「ふぅん……まぁ桜ちゃんがいかに偉大かって言うのが伺えるわねぇ」
「ん?なんで桜が出てくるんだ?」
「べつにぃ」
なんだこいつ?なんでさっきまで人のことバカにしていたのに……なんでいきなりすね始めてるんだ?
なんか俺、変なこと言っただろうか?
「おーい、シンクー!でかけよー」。
「ほら呼んでるわよ」
「あ……あぁ、分かってるよ」
なにやら殺気めいたものをミコトより感じるが、まぁそんなことは置いておいて……桜の元に向かおう。
ぱたりとドアが閉まる。
主人を失った冬月家当主の部屋は静まり返り、ミコトを包み込む。
「ちょーっとは期待してたんだけどなぁ……幼馴染って事で」
その声はお遊びのように……しかし、その表情は今にもなきそうであり、主を失い静かにその帰りを待つ冬月家当主の部屋は……そっと、包み込むように、少女の頬を伝う涙をその身に受け入れ、少女はただただ未来というものの明確さというものを憂いながら……その先に待つ未来を受け入れた。




