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第七章 覇王とお風呂

夜、とりあえず担当医であるカザミネをたずねる。

時刻は夕食の時間が近くなっているため、ミコトの作る食事を誰よりも楽しみにしている大食い野生児カザミネであるならば、おそらくは部屋にて獰猛な肉食動物よろしく腹をすかせて待機をしているだろう。

「おーい、カザミネーいるかー?」

言い終わるやいなや……というのもなんだか古い表現だが、とりあえずすぐさま勢いよく扉が開かれ、カザミネがよだれをたらしながら現れる。

「飯かい!?飯なんだね!!もーおなかペコペコでおなかと背中がくっつくかとおもったっさー!で?今日の夕食はなんだい?トナカイの丸焼きかい?それともふんだんに羊の肉を使ったシチューかい!?」

ほらな。

「残念ながら飯じゃない」

「かえれ!」

とんだ言い草である。

「いやいや、今日は狩人であるカザミネではなくて、担当医であるカザミネに話があるんだ」

「む?なんだい?傷の縫合は終わってるし、術式っていう魔法のおかげで体は激しい運動さえしなければもう何も問題は無いはずだよん?それともどっか痛むのかい?」

自分の仕事に不備があったのかと不安になったのか?

カザミネは珍しくいぶかしげな表情をしておれの体をじろじろと見回し、ぺたぺたと傷口を確認してみせる。

案外、こういうところはしっかりしているらしい。

「いや、カザミネ先生のおかげで体調は順調に回復している」

「じゃあ何のようだい?」

「いや……そのだな、この体の状態で、風呂に入っても傷口が開かないかどうかを聞きたいんだ」

そう、俺が現在カザミネを尋ねているのはほかでもない。 この傷口が風呂に入ることによって開かないかどうかである。

今までは桜に体を拭いてもらっていたわけだが、さすがに三日も寝込んでいると体を拭いていても少しばかりの体臭が鼻につく……。

別にそれが気になるというわけではないが……まぁ、こういう場所で共同生活を営んでいる以上、そこそこ気は使わなくてはならない。

とまあ、言い訳を心の中に浮かべては見たものの、要するに俺は数少ない楽しみである入浴がしたくてたまらないのだ。


「風呂? ああ、大丈夫だよ。見たところ傷口は完全にふさがってるし、術式ってやつも水にぬれたくらいじゃ解けないんしょ?」

「ああ、俺のコートは特別制だからな、脱いでも破いても術式が切れることは無い。桜の奴に壊されると駄目だけどな……」

「ははは、じゃあ本当に桜ちゃんに頭が上がらないってことさね」

「そういうことだ」

「じゃあうん。入浴は問題ないっさ、さっさとお風呂に入っといで」

「ああ、そうさせてもらおう。じゃあな」

「うい、ばいばーい」

カザミネはそう一つ笑うと、扉を閉めてまたしても餌を待つ獣のように部屋の中での待機を再開し、俺はそれに一つ肩をすくめて、意気揚々と浴場へと向かうのであった。

                   ■

「おぉ死帝よ、よく来たな!はいれはいれ!……ぬ?どうした?心なしか疲れているみたいだのぉ?」

担当医の許しが出たため、俺は食事の前に入浴を済ませるため、いつものように東側の廊下から浴場の扉を開けたわけだが、どうやら先客がいたらしく、その先客は俺の顔を見るなりそんなことを言ってきた。


余計なお世話だとため息を漏らし俺は一通り体を洗った後、ゼペットから体一つ分距離を開けて湯船につかる。

ゼペットは気持ちよさそうに温泉に胸辺りまでつかり、湯船に盆を浮かべて徳利酒としゃれ込んでいる。

その数も一本や二本じゃない。ゼペットの背後……と言うよりも浴場の床一面には空になった徳利が転がっており、近くに待機する徳利はゼペットに飲み干される順番待ちをしているかのように、規則正しくゼペットの手の届く範囲で整列をしている。

この量、どうりで脱衣所にアルコールの臭いがかすかに臭ったわけだ。

「がっはははは、何度も顔を合わせる仲にはなろうと思ったが、まさか裸の付き合いにまでなるとは思わなんだなぁ!なぁ?」

酔っているのかゼペットはいつにもまして上機嫌であり、俺の傷口である背中をバシバシと叩き、三度目でなにやら嫌な音が背後に響いた。

「やれやれ……むしろ、お前がどうしてそんな元気なのかを知りたいね」

こいつと繰り広げたあの死闘。俺は体が両断される寸前まで追いやられ、あちらはこっちに臓器のほとんどを駄目にされた。

……状況から見ればどちらも即死級の重症。

だというのに、なぜゼペットの半裸体は、包帯もかさぶたすらない綺麗な肌なんだ?

あの戦いからまだ一週間もたっていないというのに……術式の力……っていうのにも限度があるだろう。

「ぬぅ?そりゃお前、我は人と体のつくりが違うのだから他の人間よりも傷の治りが早いのは当然であろう?」

「なんだ?飯にセメダインでも混ぜて食ってるのか?」

「むぅ、謝鈴の料理の味は確かにアロンアルファだが。、あれには接着能力はないなぁ」

「はぁ、生まれつきタフっていうんだろ?」

「まさか、それこそありえん話よ。我は昔は病弱もいいところだった」

「……冗談だよな?」

「……そういえば言っておらんかったな……」

「?」

「我は、改造骨格だ」

「改造?なんだそれ?」

聞きなれない言葉だ。

「……人の体を改造して、仮身と同程度の力を得たものの名前だ」

「……まさか」

「そうだ、我の体の中はもはや人ではなく仮身だ。もちろん、そのことに対しては特別だという感覚は無いがの」

「……人を、仮身にすることなんてできるのか?」

「むろん、別に驚くことでもないだろうて、仮身と人の差など、あって無いようなものなのだから……少々丈夫な臓器を移植する様なものだ」

「いやいや……」

半壊した臓器が三日で元通りになるのは、明らかに生物の領域を超えているだろ。

「がっはっは、どちらにせよ治るのだし治り方は同じなのだ、早さなど些事であろうに」

「……覇王さまは器がでかいというか豪快と言うか」

「あっはっは、我は覇王ぞ?傷の治りがたかだか数日早い程度のことを逐一気にしていたら、王なんぞやってられんわ」

「……そういうもんなのか?」

なんだか、俺がものっそい神経質なだけに思えてきた。

「はぁ」

「ため息ばかりだと、女子に嫌がられるぞい?」

「ほっとけ」

「冬月桜はあんなにも明るく快活だというのに、何故にこんな根暗なんぞを選んだのかのいやはや、これもまたクロノスが息子の気まぐれか……もしやトロイエの再来をも臭わせる策略かもしれんな」

「さ……桜は関係ないだろ!?」

ってか、何も奪ってもいないのにアガメムノンに攻め落とされてたまるか!?

「おや?その反応を見るに、どうやら気にしてはいたようだな?」

「ほっとけ!!だ、大体お前みたいな鈍感サイボーグが相手の謝鈴の方が気の毒だろう!」

「む?」

どこか不満そうな表情を零すゼペットは、しばしこちらを睨んだ後ぼりぼりと頭を掻き。

「そうかなぁやっぱりそう見えるか」

困ったような表情を漏らしてため息を漏らす。

「え?」

それはどこか新鮮で、その姿はまるで恋心を患った子供の様な色を浮かび上がらせている。

「……はあ~確かになぁ、最近あいつ俺にに近づこうとせんからなぁ……あー昔みたいにひょこひょこ着いてこなくなったからなぁー」

おいおい、何だこのしおれた表情は。

しかも言葉遣いまで変わっているし。

これこそ天変地異の前触れか?

もしや俺は、今とんでもないトップシークレットに触れて、第三機関だか第四機関だか分からん抑止力だか神のなんたらだかの争いに巻き込まれる物語の引き金を引いちまったのだろうか?

などと、俺の頭はバタフライエフェクトによって生じた異なる世界線の 人間を垣間見たかの如き衝撃について行けず、稚拙な妄想を発生させてしまっている。

落ち着け俺、問題はそこじゃない。

確かに、この男がここまでしょげた顔をするのは珍しいが、こいつだって人。

表情がないわけではないし、むしろこいつは表情に富んでいる方だ。

そう、だからこそ俺が驚いているのは表情自体ではなく、……これじゃまるで。

「どうした?俺が謝鈴を愛しているように聞こえて、驚いたか?」

「……あ……あぁ」

そう、まるでこいつの方が謝鈴に片思いをしているかのような口ぶりに混乱をしたのだ。

「その通りだよ。 俺は、謝鈴を愛している」

俺の混乱などつゆ知らずと言った所なのだろう。

そのセリフは、恥ずかしげも冗談めいた風でもなく。

ましてや虚言と聞き取るには……あまりにも清々しく響いた。


「え?」

其れに俺は一瞬呆けてしまい、ゼペットは髪を一度かき上げて笑う。

はねた水滴が、顔にはねた……。

「あいつだけは特別だ。 覇王でも反逆者でもない……一人の男として、初めてあった時からあいつに心を捧げた」

……頬が火照るのは、こいつのあまりにも清々しすぎる告白に当てられたのか、それとも単にのぼせただけか……。

そして同時に気がつく、今この男はジスバルクゼペットとしてではなく、ブケラファスモーターズ社長、ギブソンプライムとして話しているのだと。

なるほど、ギブソンプライムになるとこんな人間らしい表情をするのか。


「……はぁ、ったく。なんだよ、結局鈍感なのはあんたじゃなくて、謝鈴の方だったってことか」

「む?そうなのか」

「…………」

両方が鈍感だという結果を勝手にだし、俺はため息交じりに指でゼペットに水をはじいてやるが、ゼペットは何の反応も見せずに湯船に浮いている盆の上の猪口に徳利の酒を注ぎ、赤ら顔で幸せそうに中身を飲み干す。

本当に、変なところで繊細な奴かと思えば、唯の朴念仁になり下がったり。

本当に良くわかんない奴だよこいつは……。

「やれやれ、人の事言える立場じゃないが、見ていてむず痒いよ、お前ら二人は」

しかも、結局両想いなんて属性まで付与されちゃなおさらだ。

「むぅ? ……どうすればいいか?」

「……自分で考えろ、それは」

ってか、俺だってわからん。

そういう悩みはミコトか石田にするのが一番だと思うぞ?

「 確かにそれもそうか。他人に教えを乞うて解決できる問題でもないよな。

 すまん、聞かなかったことにしてくれ……しかしなぁ。いやはやどうにも惚れた女の事になるとよわい」

「……永遠に添い遂げてろ」

そして永遠に爆発しろ。 永遠にな。

「……がははっ何やら愉快なセリフだなぁ、今のは。 どこか稚拙な割にしかし奥が深い」

何かがツボだったらしく、ゼペットは愉快そうに笑っている。

つくづく人生が楽しそうで何よりな奴だ。

「ところで死帝よ。 永遠で思い出したが 」

「なんだ?」

「主も改造骨格の手術は受けるのであろう?」

「……は?いきなり何言ってる。確かに便利そうだとは言ったが」

「いや、それは分かっておるが、言い忘れていたのだ」

「言い忘れた?なにをだ?」

「冬月桜の寿命を延ばす手術だが」

「あぁ」

「手術が成功すれば、冬月桜は他の仮身同様半永久的に生きる体を得る」

「……!?はっ?」

「知っておるだろう?仮身とは理論上永久機関。……特に記録をあさる限り、冬月家当主は相当念入りに作られたらしいからのぉ、生きる芸術と言っても過言ではない程完璧な人間であり、完璧な人形であったよ」

「……何だか、仮身と人の違いがはっきりと分かった瞬間だな」

「いやぁ、普通の仮身ならば、老化と言うものが訪れよう。だがな、桜はちと特別でなぁ、寿命は十五年のくせして体は四百年以上動くように作られておる」

「やれやれ、寿命でさえも製作者の意のままってことか……難儀なものだな、仮身とは」

「普通はそういうことは出来ないんだがのぉ、まぁ冬月家の持つ異能が仮身とうまく適合しておるのだろうな……まぁ其れはいいとして。これから先、お前はあの娘と共に生きるのだろう?だというのに、主一人あの娘を残し老いるというのは我としても当主と主との盟約を守ったとはいえんからのぉ。 不死なる者と唯の人との悲恋ものなれば聴衆わかせる物語ともなろうが、こと現実においては盟約の女神の怒りを買わんことは免れんからのぉ。というわけでサービスだ、主を改造骨格にして、ともに永遠を歩むものにしてやろう。

どうだ?悪くは無かろう?」

「……む、確かにそうだが」

「なんだ?やはり仮身は嫌か?」

「いや、そうじゃない。人と仮身の差など俺は気にするつもりはないし、桜と共に添い遂げることも俺の望むところだ……だが」

「だが?」

「それは全てに決着がついてからでもいいか?少し、心の準備がしたい」

「なるほど、確かにそれもそうだ。よかろう、全てを終わった後答えを聞こう……ではな死帝よ我は今一度手術の手筈を整える」

ゼペットはそういうと立ち上がり、一足先にと出口へと向かっていく。

「ゼペット」

その背中に向かって、言葉を投げかけるとゼペットは何を言うでなくぴたりと止まる。

「必ず、成功させてくれよ」

「……ふん、神は賽を振らない。こればかりはクロノスの息子とて操れん。確率は六割……それは揺るがんよ」

そう目前の覇王は片手を振ると、風呂場の扉を閉めた。

一割上昇していることに笑みを零し、その姿を見送った後になってふと気になる。

……

「ゼペットの改造手術は、誰がやったんだ?」

人を仮身にする……と言うのがどのくらい難しいのかは分からないが、しかしできるのはそれこそジューダスか一心くらいだろう……。しかし、ゼペットとジューダスは敵対関係、口ぶりからは一心とは出会ったような感じはしない。

となると。

「……まさか、自分で自分を?」

……もしかして、前半分だけが仮身で後ろは生身だったりして。

「……まさか、なぁ」

自分のふざけたイメージに俺は苦笑をもらし ゼペットが散らかした徳利を片付けたのち風呂から上がり、丁度響き渡るミコトのみんなを呼ぶ声と、漂う香ばしい香りに俺のふさがったばかりの腹はあのことを忘れてしまったかのように正常に空腹を訴え、俺は欲望のまま食事の待つ食堂へと足を運ぶことにする。


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