第七章 成功確立50パーセント
通された部屋は、全回使用した部屋ではなく、桜についての資料が眠る冬月一心の部屋。現在では石田が掃除をし、電球も取り換えたため、最初はいった時とは全く異なった印象を植え付けられる。
「おぉ……おお!すごいぞ謝鈴!?こんなにも事細かに仮身の作成方法が記されておる!?しかもどれも我らでは思いもつかぬようなことばかり……」
「……」
ゼペットは中に入り、書物を取ると、まるで子供がおもちゃのコレクションを前にしたかのように大はしゃぎをしている。
「む、すまんがシェイ。次の巻を取ってくれ」
「あ……主、本棚の最上段は私の身長では届きません」
「そうか……意外とシェイは小さいのだなぁ」
本棚の上にある本が取れずに小さく飛び跳ねている謝鈴がそう訴えるとゼペットはそんな感想を漏らしてひょいと最上段の本を取り、また読み始める。
「……あの、人形師さん?」
その様子を見るのが飽きたのか、それともその奔放さに呆れたのか。
珍しく桜は少し苦々しい表情をしてゼペットに話しかける……と。
「む?」
ゼペットは我に返ったような顔をして、こちらを向く。
「わざわざ別の場所にまで連れて来たんだから、そろそろお話を初めさせてもらってもいいかしら?」
「おぉ!?すまんすまん!どうにも職業柄そういうことには目がなくてのぉ」
「別に、その気持ちは分からないでもないからいいですけど……龍人君やカザミネ達を置いてこさせたんですから、それほど大事な事なんでしょう?」
「……」
現在、この部屋にいるのは俺と桜、そしてゼペットと謝鈴のみ……石田さんでさえもゼペットは立ち入り禁止にしたという事は、それはつまり、桜にかかった停止の運命を変える方法は話しにくいという事だ。
だからこそゼペットはわざと他の書物に目を通して、桜に心の整理をつけさせようとしたのかもしれない。
まぁ……そうだとしても桜にとっては余計なお世話なのだが。
「ふむ……」
どうやらゼペットもそれを悟ったらしく髭をさすりながら真剣な表情をする。
「ではまず聞こうか」
「何?」
「先も聞いたが、体の感覚はどの程度失われている?」
「!?」
瞬間、俺も含め、すべての空気が凍った。
体の感覚が失われている。
確かにそう聞こえたはずなのに、俺はその言葉を受け入れられずに。
「どういうことだ、ゼペット。体の感覚が……なくなるって」
俺は再度ゼペットに問う。
「三年前に起こった仮身による事件……村が一つ消えた事件は知っているか?」
「……」
その一言を聞いた瞬間、先とは打って変わり頭の中にあの光景が鮮明に再生される。
「……あ。あぁ……当事者だ。だがそれと何の関係が……」
「そうか……あの事件以来、仮身の制御が出来ないときのことを考え、ジューダスによって仮身の駆動時間を設定するシステムが開発された」
「ジューダスが?」
設定された時間だけを駆動し、制限が過ぎれば、今までのデータを抹消したうえで停止をするシステムだ」
「……それが、桜にも入ってるってことか?」
「さよう」
「……だが、それと感覚がなくなっていくってのとどんな関係が」
「……そのシステムは、技術保存の為、データや記録をすべて壊し停止させる……つまり冬月桜は現在少しずつ体の中を壊されていっている……という事だ」
……それはつまり、人としての機能がそがれ始めている……ということ。
「……そうなのか?桜」
桜は少しばかり唇を噛み、悩むような素振りを見せた後。
「一昨日は……味覚……昨日と今日では触角と視覚も鈍くなってきてるわ」
そう口を開いた。
「!?」
「そうか……やはりな」
「手遅れかしら?」
「大丈夫だ……と言いたいところだが、そこまで停止が進んでるとなると、元に戻る確率は五分だ……資料を見るに、お前は我よりもジューダスよりも作りが複雑……それを三日で我がマスターし、かつ、失われた部位も作らねばならん」
「……そう、失敗したらどうなるのかしら?」
「死ぬなぁ、それは」
軽く、ゼペットはそう言い放ち、俺はハンマーで頭を叩かれたような感覚に襲われる。
よろめいた先にソファがあり、手を置くことが絵着たのは幸いだった……下手したら倒れていたかもしれない。
確率は二分の一。 五十パーセント 五割。半分の確率、二回中一回は失敗し、桜はこの世から消えてしまう。
そんなふざけた話しあるのか……これだけ苦しんで、自分の人生をめちゃくちゃにされたってのに……それでも、それでも半分しか生き残る可能性は無い。
そんな……そんなの認められるわけない。
「そん……」
「そう、もう一度確認をさせてもらうけれど、確率は二分の一なのね?」
しかし、視界がぐらつく俺とは対照的に桜は真っ直ぐにゼペットを見据えてそう問うた。
「あぁ……二分の一。 50%だ」
それに対し、ゼペットはもう一度そう答える。
「了解したわ、では三日後に」
その姿は迷い無く、
あっさりと、三日後友人との待ち合わせ場所を決めるかのような軽い返事で桜は承諾する。
「うむ」
その姿は、少しだけ自棄になっているようにも、諦めているようにも見えて、俺は慌てて桜の肩をつかんで引き止める。
「桜!? 2分の1だぞ?そんな簡単に決めて……!!」
「大丈夫だよ」
しかし、桜は俺の手をそっと振りほどいて、まっすぐに俺の瞳を見つめ返す。
強い光を放つ青い瞳がそこにはあり、俺は射抜かれたかのように呆然とし、次の言葉を続けることが出来なかった。
「たとえ、1パーセントの確率でも、可能性があるなら最後まで足掻くと決めたから!……だから、50%もあるなら十分だよ……真紅」
「!」
その瞳は、諦めたわけでも投げやりになっているわけでもなく、唯々前を向いていた。
そうだ……彼女は生きるために最後まであがくと覚悟を決めたのだ……。
ならば、この最後のチャンスに怖気づくなんてありえない……。
どうやら、覚悟が決まってなかったのは俺のほうだったようだ。
「……そうか……そうだったな……すまん……取り乱した……」
「ううん。心配してくれて、ありがと真紅」
桜はどこか嬉しそうな笑顔で俺に笑いかけ。
「……そうか、ではしばし、この場所を貸してほしい」
「そうね、私の情報を一番内包してる場所だものね……いいよ」
話がまとまったところを見計らい、ゼペットはそう桜に条件をだし、桜はそれを快く受け入れる。
「桜、本格的に手術をするなら」
「分かってる、みんなにもきちんと話さないとね……とりあえずみんなに話してくるから」
「分かった」
桜はそういうと、俺達を置いて一人みんなが待っている談話室へと駆けていく。
「外野が増えると判断が鈍ると考え人払いをしたが、どうやら始めから覚悟が決まっていたようだの」
ゼペットは感心したように走っていく桜を見つめ、そう俺に言う。
「お前と同じ、独裁者だからな」
「あぁ、何となく同じ匂いがしますね、確かに」
「ぬ?どういうことぞ謝鈴」
「言葉の通りですよ」
謝鈴は皮肉をこめてそう主人に笑いかける。
「まぁよい、それよりも死帝よ、我等はこれより手術の準備に取り掛かるゆえ
戦闘行動は殆ど取れなくなる」
術式の修復も終わっていないしのぉとゼペットは付けたし、顎鬚をさする。
「つまりは黒い仮身は自分の手で何とかしろって事だな」
「さよう。謝鈴も我の助手として手伝ってもらうからのぉ助太刀は出来ぬものと考えてくれ……まぁ、相談程度には乗れるが」
「あぁ、もとよりこれはこちらの問題だ……俺達の手で解決するよ」
「うむ、こちらも王として約束を反故にするのは我の誇りに傷がつく
冬月桜をタナトスの身元に置かぬようにの」
「もとより死なすつもりは毛頭ない」
「それなら良い」
ゼペットはそういうと、数冊の本を手にとり一心の部屋の出口へと向かい、扉を開ける。
「どこへ行く?」
「そうと決まれば時間が惜しい、冬月家当主が皆を説得するにも時間がかかろう
死帝よ、城の案内を頼む」
「……あぁ、そういうことなら」
桜が助かる可能性が少しでもあがるならば何でもやってやろう。
そんなことを思いながら、俺はロビーにも響く大声で繰り広げられる石田さんと桜の大喧嘩をゼペットと聞きながら冬月の城を案内した。




