第七章 盟約を果たしに空から覇王がやってきた
「ん……く~!?」
清々しい天気……とでもいうのだろうか。
差し込む陽ざしに腕を伸ばす。
ゼペットを撃退してから早6日、今までの戦いが嘘のようにとことん平和な時間が俺達の間には流れており、暇な見張りに飽きて少しばかり気を抜いてしまう。
一番危惧していた、俺の負傷中のファントムの襲来は、どうやら杞憂に終わったらしく、俺は一人伸びをして文字通り平和ボケをする。
「サボリ見っけ♪」
「!?」
隙しかなかった背後からのくすぐり攻撃。
効果は抜群であり、俺は声にならない悲鳴を上げて小さく飛び上がる。
「なるほど、シンくんは脇腹が弱点か……」
「っか!?カザミネ!?何するんだいきなり!」
「ほにゃ?いや~暇だからねぃ、ついつい誰かさんと遊びたくなってホイホイって屋上まで来てみたらあら不思議。珍しくシンくんの気が抜けているからこう……ちょいちょいと」
「む……気が抜けていたってところは確かだな」
「まぁでも、しょーがないんじゃないかい?」
「?」
「ロシアの銀狼も、あのジスバルクゼペットも打ち倒したんさ。今のシンくんの敵になりそうなやつはもう出てこないっしょ」
「……だが、あのファントムは」
「あれだって、ゼペットに一撃でやられたって聞いたよん?襲ってきたって楽勝っさね」
なはは、とカザミネは笑いながら、気持ちよさそうに伸びをする。
「…………っ」
「ん~?どうしたっさシンくん?」
「ん?いや、確かにそうだな」
苦笑を漏らし、俺はまた日の差し込む森へと視線を戻す。
と。
「………なっ……」
上空に………馬が飛んでいた。
「あ…馬?」
「馬?何寝ぼけてるっさシンくん。気が抜けすぎっさよ?」
カザミネは笑いながらからかってくるが、俺はそれに構わずその馬を凝視する。
冬月家の庭上空に突如として現れた其れは、しばしそこに浮遊をし……。
ゆっくりと二つの何かを落としてくる。
「……まさか……」
この感覚は覚えがある。
雪月花の見張りも、長山のゴーレムもすり抜け、当然のように雪月花村にまで侵入した男。
「ゼペット?」
セリフと同時に……まるで空爆でもされたかのような轟音と共に、冬月の庭に雪塵が舞い上がる。
「ななな!?何が起きたっさー!?」
「うるさい!お前は城の中に隠れてろ!」
「にゃふー!?」
慌てながらカザミネは俺の服にしがみつき、俺はそれを引きはがして城の中に押し込むと、すぐさま屋上から飛び降り、着地地点へと駆けつける。
「ゼペット!!」
舞い上がる雪の中……二つの影はゆっくりと穴の中から立ち上がる。
戦いの怪我は完治していないようで、体のいたるところにはまだ包帯が残っているが……大きな傷はほぼ癒えているようで、のんきに出迎え御苦労と笑いながら出鱈目な覇気を振りまいている。
「何しに来た……まさかまた……」
最悪だ……ここで暴れられたら、村にまで確実に被害が及ぶ。
そうこの状況に困惑をしながら、クローバーに手を伸ばす……と。
「誓いを果たしに来たぞ……死帝よ」
ゼペットは友人の家に遊びに来たような軽い口調で、そんなことを言ってきたのだった。
■
「……えっと」
流石の石田さんもその状況の理解をするのは難しかったらしく、玄関越しに俺と並んで立つゼペットと謝鈴に対して、きょとんとして放心状態となる。
「うむ、先日は迷惑をかけたのぉ」
「あ……はぁ」
ゼペットはそう片手をあげて挨拶を済ませると、石田さんの隣をすり抜けて城の中へと入っていき。
「突然の訪問と無礼をお許しを」
「あ……いえ」
謝鈴はそんな主に少し呆れたような表情をしながら静かに一礼をし、中へと入る。
「えぇっと……!!……桜様ああああ!!一大事でございますうううう!!」
どうやら心のキャパシティを超えたらしく、石田さんは自らが執事であることを忘れ、全速力で階段を駆け上がっていく。
「あっはっは、愉快な執事だのぉ……相も変わらず」
「そのようで」
「のぉ?死帝よ、ああいう者どもと共に過ごすと飽きないであろう」
「……あぁ……うん、そうだな」
せめて連絡の一本でも入れれば、あんなに驚くこともなかっただろうよ……。
「やれやれ」
俺は代わりに心労絶えない石田さんの苦労にため息を吐いた。
色々と慌てふためいた冬月家の昼下がり、桜の元へとかけていった石田さんと入れ替わるように長山とカザミネが階段から顔をのぞかせ、これまた一悶着。
長山はいつもどーりどうでもいい様子で、あの戦いがなかったかのように謝鈴と会話をし、カザミネはカザミネで、ゼペットに対してちびと言ったことについての謝罪を申し出て食い掛かっては良いようにからかわれている。
桜が寝癖を直すまでの二十分間。玄関前では落ち着いて離すことも出来ないため、騒ぎを察知して現れたアカネにより、ゼペットは客人として迎えられ、談話室に通された。
「がっはは、相変わらず元気なチビよのぉ」
「どぅあああれがチビだあああ!!今日こそあんたを熊鍋にしてやるから覚悟しろっさ!!熊おやじ!」
まぁ、場所が玄関から談話室へと移動しただけで、会話の内容はまったく変わらないわけなのだが。
「え?あんたらまだ付き合ってねーの?おいおい、いくらなんでもそれはないだろねーちゃん。言っとくけどあんたら、夫婦にしか見えないからな?」
「なっ!?それはほんと……じゃなくて!あ……あんまり私をからかうな!」
「はぁ」
ギャーギャーと騒ぐ四人。
何だかんだで気が合っているらしく、戦闘後の遺恨だとかそういうものは微塵も感じさせず、俺は少し離れたところで少々の脱力感と呆れに、やれやれと肩をすくめた。
「待たせたわね」
と。
背後から声が響き、桜がようやく姿を現した。
立ち振る舞いはいつもの桜ではなく、敵対した人間と接する、頭首としての桜であり……まだ警戒をしているのか、ピリピリとした空気を醸し出している。
いや……あれはもしかしたら眠ってるのを起こされてご機嫌ななめなだけかもしれない。
「おぉ!当主よ、息災であったか?」
「……まぁまぁね、で?何か御用?」
「うむ、先の戦で我は主らに敗北したからのぉ、不知火深紅との契約を果たしに来た」
「っ!?」
桜はそのセリフにいぶかしげな表情をする。
「して、聞くのだが、どこまで進んでおる?」
そう意味不明な言葉を発すると、桜は驚いたような表情をして。
「場所を変えましょうか」
そう一言告げた。
◆




