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第七章 少女は人よりも人らしく

12月20日。

その後、俺は一日だけ怪我の経過を見て、仕事に復帰する。

かなりの大怪我を追って、全治三ヶ月とカザミネには診断されてはいたが、桜の最後の日までベッドですごすわけにも行かないため。俺はギャーギャー騒ぐ桜をなだめて見張りの任務にだけ復帰することにする。


「……ふむ」

回復率は40パーセント。

術式によって普通に生活するのには支障は無いが、戦闘は厳しい。

ファーストアクトの衝撃でおそらく臓器がめちゃめちゃになる。

「……傷の治りが遅いな」

いくら大怪我とはいえ、弓先の作り上げたこのコートの術式があれば、完治とはかなくても怪我をごまかして戦闘をするくらいには回復するはず……。

「やはり……侵食されているのか」

そう一言つぶやいて、俺は一振りの刃を取り出す。

黒塗りの鉄ごしらえの鞘に、反りの少ない日本刀。

唾は菊模様に装飾されており、柄には一つ鬼の文様が描かれている。

「その直刃に、独特の反り……まさかこれほどの名刀に合間見えることが出来るとは……いやはや、長生きはするものですねぇ」


しゃがれた声。

その声に俺は振り向くと、そこにはいつものように微笑みながら静かに背後に立つ石田さんがいた。

「……石田さん!?怪我はもう良いのか?」

「ええ、あなたに比べれば軽傷ですよ。それに、心臓病もカザミネ様からいただいたお薬が効いたらしく、今ではほら、この通りでございます」

両手で力こぶを作る動作を見せて元気であることをアピールする石田さんに俺は一つ安堵の息を漏らし。

「いつおきたんだ?」

せっかく久しぶりに目覚めたので、リハビリもかねて世間話でも振ってみることにする。

「動けるようになったのはつい先日です。寝てばかりでは逆に体に悪いですからね……足の傷も治ったので、こうして城の中の範囲でリハビリを兼ねて散歩をしております……仕事のほうは……桜様からしばらくの暇をいただいておりますので、しばらくはミコト様に任せる形になってしまうのですがね」

爺は楽チンです。

なんて一言冗談を石田さんは漏らし、からからと笑う。

なんだかその様子はどこか朗らかで。

「なんか、雰囲気変わったな石田さん」

俺はそんな感想を漏らす。

「ええ、胸に抑えていたものが全て解決しましたからねぇ……」

そういって石田は、背広のうちポケットを裏返すしぐさを取り、はにかむ。

それは、桜に対して抱えていたもの。

……思えばこの老人は、主人を守るために、ずっと嘘を一人で守り通してきたのだ。


「そうか、大体は察してるのか」

「ええ、出来れば知らないでいて欲しかったのですが……致し方ないこと。ゼペットの言うとおり、運命とは抗うものなのでしょうね……現に、桜様はこうして強く全てを受け入れてらっしゃる。本当に、爺は過保護が過ぎて状況をかき回してしまっただけなのですね……ご迷惑をおかけしました」

深々と頭を下げる石田さん。

だけど。そんな必要はどこにも無い。

「あんたはあんたの忠義を通しただけだ……それはみんな理解している。だから恥じることも悔いることも無い……唯一つだけ教えてくれ」

「何でしょうか」

「あんたはいつから知ってた?その、桜が……」

仮身という単語を少しだけ詰まらせて、俺は石田さんに聞くと。

石田さんは少し遠くを見つめるように空を見上げ。

「……私の任務。 昔、冬月一心を暗殺しようとしたことは知っていましたよね?」

「ああ」

「……その任務の目的は、桜様の抹殺にありました」

「!?」

「……冬月一心が作り上げる、仮身を越える先天性異常を有する仮身……術式無効化、月の異常を繰る兵器……術式を戦術の基本に据える対大量破壊兵器専門部隊にとって、これほどの脅威は無く……アメリカCIAは、極秘裏にその破壊工作に乗り出しました……そのとき送り込まれたエージェントが私です」

「…………ではなぜ」

今でも桜を守っているのかと問いかけて、俺はその質問が愚問であることに気がついた。

「……ふふふ、命を救われたから……なんて簡単なものじゃないですよ。 深紅様。あの時、私は気づいたんです……自分がとんでもない大馬鹿者だってね。桜様に拾われたとき、そしてその小さな幼子が、私が破壊しようとしていた大量破壊兵器だと知ったときに…………気づいてしまったんです」


「……」

「人を救える手を持ちながら……それを破壊と殺戮にしか使用できなかった私、そして破壊兵器であるはずの少女が……人を救っていた」

なんてばかげた物語でしょうね。

と石田さんは一つつぶやき。

「あの子は兵器なんかじゃない……ましてや、われわれ兵士なんかよりもよっぽど人間らしい……だから私は、一心の考えとは逆に……あの少女を人間として育てることにしたのです」

だから、あの子は自分の運命を知る必要も、そのことで悩む必要も無い。

なぜならあの子は……人間なのだから。

そう石田さんは一つつぶやいて俺に笑いかける。

「………まったくだ」

その言葉に俺は同意をする。

俺は、桜に人らしい感情を取り戻してもらった。

人間よりも人間らしい。

本当に、その通りだ。

「……深紅様……あなたも随分と、変わられたようですな」

「まぁな……」

否定はせず、俺はそっと胸ポケットから一心の部屋の鍵を取り出す。

「……返すのを忘れていた」

「あぁ、それは深紅様がお持ちください」

「なに?」

「私にはもう不要の長物です……あなたの方が、あれをよく利用できるはず」

「……?それは一体どういう意味だ」

「ふふふ、ミコトさまではございませぬが……私にも一つ。未来が見えただけですよ」

石田はそう冗談をもらして、そっと屋上の扉を閉めたのだった。

                  ■


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