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第七章 デスクッキング リターンズ

感じたのは悪寒。

壮絶な寒気と、避けられない死の恐怖に駆られて、俺は眼を見開き半身を起こす。

どうやら術式のおかげで千切れかけた半身からソーセージが飛び出すという悲惨な事にはならずにすみそうだが、まだ体が動きそうに無い。

「なんだ……なんかバカにならないほど嫌な予感がするんだが」

慌ててあたりを見回すと。

「カザミネちゃーん、そろそろこのめんどくさい包帯とってもいいかー?ってあれ?誰もいない……」

扉を開けていつもの間抜け面をした長山が医務室へと入ってくる。

「長山」

「お、起こしちまったか深紅?悪かったな」

先ほどはすぐに気を失っていたために気付かなかったが、長山のほうも激戦だったようで、その両腕には包帯がぐるぐる巻きにされている。

戦いの結果も聞いていなかったから気になるが……それよりもこの悪寒の正体のほうが俺にとっては重大だと直感が俺に告げる。

「いや、起こされてはいないが……なぁ長山……なんか起こってないか?」

「???どういう意味だ?なんかの言葉遊び?」

「いや……そのままの意味だ、なんだか嫌な予感がして飛び起きたんだが……城の外の警備は万全か?」

「あ……あぁ、もうゼペットやジェルバニスのことは気にする心配はねーからな。

ゴーレムはファントムが潜伏してると思われる場所に集中させてるし……何かあったらすぐに対処できるようにはしてるから大丈夫だぜ?」

ボディーガードの人たちも、なんだかんだで村周りの見回りをしてくれてるみたいだし、と長山はそう付け足して警備が磐石であることを示し。

俺もその言葉に嘘はないと判断する。

……第一、何かあるならばミコトが反応するだろうし……。

って事はファントムの強襲って線は薄い……。

となるとこの悪寒は唯の杞憂か?

しかし、生まれてこの方こういった不運の兆しが外れたことも無いのが俺のため、少しばかり思案をめぐらせる。

と。

「……なぁ深紅」

不意に長山が、鼻をヒクヒクさせながらポツリとつぶやくように俺に問いかける。

「……なんだ」

「なんか、におわないか?」

「……………ああ、タイヤのゴムが焼けるようなにおいがするな。とうとう桜の独裁に対してクーデターでも目論む奴が現れたか?」

「……ははは、まっさかー」

「あら、守護者さん。眼が覚めたのかしら?」

「?あれ、何でミコトちゃん。厨房にいたんじゃないの?」

「?いいえ、なんで?」

「いやだって、ちょいとつまみ食いしようと思って厨房入ろうと思ったら鍵かかってたし……なかで誰かが作業してる音してたから、俺はてっきりミコトちゃんが」

「………む」

「……あっ」

察し。

単純な足し算引き算。 

ここで俺は、石田さんが奇跡の回復力を見せて厨房で調理を作っているなんて妄想に狩られはしたのだが。

残念、現実とはかくもはかないものであり、隣で眠る石田さんが俺の視界に入り込む。

となるとここにいないメンバーはカザミネと桜。

どちらに転んだとしても。


デスクッキング リターンズ!


「やべーってどうするよ深紅!?桜ちゃん殺りに来てるよ!お前のこと殺りにきてるって!?」

「おおお、落ち着きなさい英雄さん!まだ深紅が死ぬって決まったわけではないわ。とりあえず落ち着いて、深紅の形をした人形を探すのよ」

「お前が落ち着けミコト」

明らかに気が動転して病室だというにもかかわらず部屋の中を縦横無尽に駆け回る二人。

味見だけで気絶してしまった俺にはわからないが、どうやら相当恐ろしいものらしい。そしてミコトは俺の顔を見て青ざめている所から、このまま行くと俺はとんでもない目にあうようだ。

「お前桜ちゃんの料理の恐ろしさと桜ちゃんの恐ろしさをしらねーからそんなことがいえるんだよ!逃げたって追いかけてくるんですよ!?あ~ばよ~とっつぁーんって空に逃げたってジャベリンミサイルよろしく追ってくるんですよ!?逃げても無駄なんですよ!?」

「分かった!分かったから泣くな!」


「この状況はまずいわね……こうなったら、一つしか手は無いわ。真紅!今からでも遅くは無いわ……脱腸しましょう!」

「はぁ!?」

いきなり何を言い出すんだこの占い師は……また酔っ払ってるのか!?

「そうか!さすがミコトちゃんだぜ!脱腸してれば飯は食えねえ!深紅が死ななくてもすむ!」

「飯で死ななくても物理的に死ぬわぁ!バカなのか!?お前ら根本的にバカなのか!?」

「ごめんなさい深紅!! 覚悟!」

「殺す気満々じゃねえか!!」

「あばれんな!暴れんなって!」

「しかも素手かよ!?おいやめっ!本気かよ!?ぎゃあああああ!」


まずい、こいつら本気で傷口から腸引っ張り出そうとして来てやがる!?

抵抗は出来ないし、なによりこいつら眼が本気で逝っちまってやがるし!?脱腸の方がまだましって、飯にニトロでも混ざってるのかよ!

「おまたせーシンクン!ベッドで寝てばっかりで口さびしいかと思ってクッキーやいてきたんだけど……って……え?」

不意に、ドアが開かれ長山とミコトの間からちらりと桜の姿が見える。

「あ……さ、桜ちゃん……いや、違うんだよこれは……俺は深紅のためを思って」

「……そそ、そうよ当主さん……これは真紅の」


「……ミコト……龍人君」

一瞬。 桜の頭から角が生えたような錯覚を覚える。

「は、はい!?」

「はっはい!?」


「私言ったよね……真紅は絶対安静だって」

「………い、いえす まむ」

「意味分かってなかったかな?」

「いいいいいいい、いいえ!きちんと理解していましたであります!」

「……じゃあ、何をしていたのかな?」

「……」

ちらりと、桜の視線がこちらに向き、長山とミコトは涙目で俺に後生だと訴える。


「俺の腸を傷口から引きずり出すって言ってたぞ」

「ひいいいいい!この人でなしいいいい!私は守護者さんの為に!?」

「へえ」

「いやいやいやいや!?桜ちゃん待ってくれ!これには深いわけがってゅぅ!?」

言い訳をしようと歩み寄る長山へ、桜のか細くも万力のような腕が伸び、まるで地獄から伸びる亡者の手のように長山の手をつかんでへこませる。

「問答無用」

「は……はひ ごめんなさいぃ」

その力もさることながら、その威圧もまさにワールドクラス。

たった四文字の熟語だけで、あの長山が子犬のようにおとなしくなる。

「ミコト、逝きましょう?」

「は……はいいぃ!」

次に向けられた視線はミコト……あぁ、こっちは万力だけは免れたようだがすでに半泣き状態で魂が口から半分漏れてだしている。


殺されかけたわけだが……なんだか少し哀れに見える。


「シンクン……ちょっと待っててね」

「あ。ああ」

怖い。

笑顔が怖い。


世界は一瞬にしてフリーズアンドサイレンス。 

近日銃声やら電子音やらバカ騒ぎやらで静寂というものを忘れかけていたこの城も、久しぶりに本物の静寂というものを思い出したらしく。


しんしんと外で降りしきる雪の音が聞こえそうになるほど、桜により連行される二人の姿は、物音一つなくお送りされる。


誰かがリモコン操作でミュートを押したのか? 


いつもなら古臭い金属がすれる音が響く扉も、今回ばかりは物音一つ立てずにしまり、俺は唖然としながらただただ二人を見送ることしか出来なかった。


……………………………………………………………

「ぎゃあああああああああああああああああああああああ!?」

響き渡る悲痛な叫びを皮切りに世界に音が戻ってくる。


声の主は考えるまでもなく、俺は小さく合掌をして冥福をお祈りし。

ふと外を見る。


外はいたって穏やかな気候。

病室の窓から望む粉雪舞い散る雪月花の森は、白いキャンパスに描かれた影絵のようで……俺は外の風景を一度楽しんだあと。


もう一度布団をかぶり、眠りにつくことにした。


                   ■


「まったくもう……」

ため息混じりに私は逆さづりにした龍人君を一度小突き、放置して厨房へ戻る。

一生懸命作ったクッキー。 

おなかがすいてると思って真紅の為に作ったのだが。

真紅の様子を見に行ったら気持ち良さそうに眠って起きないし、仕方なく私は一つつまんで口に運ぶ。


「………ん?」

おかしい。

もう一度つまんで口に運んでみる。


「!?」

……………ない。

「え……うそ」


味が……しない。

めまいがする。

クッキーだ……どう作ったって味がしないわけがない。


ぞくり……と全身に悪寒が走る。

嫌なイメージが脳裏をよぎり、私はそのブラウニーを持って厨房を飛び出す。

誰でもいい。 

これで私の料理が下手すぎて、味がなくなってしまった……とか言うのだったらまだいい。

しかし……もし違うのだったら。


「あれ?なにしてんのん桜?」

「カザミネ……」

厨房から出ると、丁度森から戻ったのか、カザミネが玄関に立ってこっちに手を振っている。

「……?どうかしたのかい?なんか顔色が悪いよ?」

「ちょっと!これ、食べてみて?」

「??おっクッキーさね!おいしそうっさ。本当に食べて良いのかい?」

「いいから早く!」

「ほんじゃま早速」

さらに盛られた黒い味のしない塊を、カザミネは一度においをかいでから笑顔で口にほおばる。

一度 二度。 口にほおばった黒いものを咀嚼し、飲み込むまで……たったそれだけの動作なのに、私にはそれが何分にも感じられる。

……つぶさにカザミネの表情を観察し……そして、飲み込んだのを確認すると、身を乗り出すように。

「味は?」

と聞くと。


「……うん。 甘くて美味しいっさ♪」



瞬間……私は目の前が黒く染め上げられ、手に持っていた食器を取り落とす。

「ちょっ!?桜!?どうしたっさ!?」


あぁ……。

分かっていた、こうなることはずっと前から分かっていたのに、あまりにもそれは唐突で……幸せだった時間をあざ笑うかのように……私に全てを押し付けていく。

とうとう、来てしまったのだ。


私の、タイムリミットが。

                  ■


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