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第七章 予感

12月19日

疲労のせいか? それともほかに原因があるのか、今日に限って俺は朝の日差しで眼を覚ます。

雪降りしきる雪月花は、今日ばかりは俺の生還を祝して日差しを送り、俺はそのありがた迷惑な気遣いにより、しぶしぶ瞳を開けて起床する。

ずきずきと痛む頭に全身動くと取れそうな体のパーツ。

はぁ、おそらく使い古されてあちこちぼろぼろの人形って言うのはこういう気分なんだろうなぁ。

そんな感想を抱きながら、ゆっくりと動かない体で視線だけを動かすと。

「……え?」

隣には桜が寝ていた。

添い寝をするように……。

「!?」

傷が開く。

ずきずきという音と同時に、俺の心臓は張り裂けそうな勢いで脈打つ。


「ささ……桜!?」

うれしいんだが、この状況は非常にまずい!?なんというか、俺の健康的にも精神的にもまずい!?

「……ん……シンクン」

どんな夢を見ているんだ桜は!?


まずいまずいまずいまずい……心臓の鼓動はもはや車のエンジンのようにフルスロットルで回転し続け、その圧力に耐え切れずに縫合した傷はみしみしと音を立てて傷口を広げていく。

だけど。それだけ死に掛けた状況でありながらも、俺はその状況を見つめ続けたまま眼をそらすことが出来ない。


……。

「シンクン……好き」

眠ったまま、桜はそっとそんな告白の言葉をつぶやき、そして。

「え?!」

俺の後頭部を両手でしっかりと押さえ込み、力をこめて引き寄せる。

万力のような力。 抵抗する事はおろか動けもしないこの俺はなすすべも無くそのホールドに身を預け。

……気づく。

だんだんと桜の唇が近づいてきていることに。

「!!!!桜!?ちょっまっ!おきろ!おきてくれ!桜!」

「だーめ、はなさないー」

唇が揺れるたびに、俺の心臓は限界を超えてさらに早鐘を打ち。

そのピンク色の柔らかそうなものが……そっと、俺の唇に触れる感触がする。


うわ……柔らかい。

                   ■

「うおあああああああああああああああああああ!」

怒号と共に眼を覚ます。

時刻はいつもの通り四時二十分。

そんでもって、まぁ当然といえば当然なのだが世界は一面の銀世界。

というか猛烈吹雪……太陽は絶賛有給休暇中で顔を覗かせるきは微塵も無いらしい。

「…………夢?」

ベッド、確かに夢の状況と似てはいたものの、当然隣に桜は寝ていない。


同じ事といえば、全身の痛みくらいである。

「はぁ」

ため息を漏らす。

あれが夢であったことがうれしいやら残念やら……文字通り二律背反の想いが頭の中を駆け巡り。

「はあ」

とりあえずもう一度全てを吐息と共に吐き出す。


まぁ、夢の話をいつまでも引きずっていても面白くもなんとも無いし、どうせ後数分で内容なんて忘れてしまうのだ。

ならばそんなものに現を抜かしていないで現実を見るとしよう。


そう判断して、とりあえず自分の現実を見つめる。

まずは利き腕である左腕の動作確認から。

「いっ!?」

だめだ、骨も筋もほとんどいかれてしまっているらしく動かそうと脳が命令を送っただけで全身に痛みという警鐘が鳴り響く。

お次に右腕……こちらはまぁ、左腕に比べれば軽傷なのだろう

腕は動く……手首も指もまぁ無事だ……とうぜん、激痛というおまけ付きなのだが。

「ふぅ」

とりあえず、自分の状況がとんでもない重症であることを再確認し、俺はそこで動作確認を終了する。


腕だけでこれなのだ……おそらく、体はとんでもないことになっているだろう。

……というか、昨日聞いた話では体が分裂しかかっていたそうではないか。

さすがに、起き上がっておなかの調子を見る勇気は俺には無い。

下手に動いて自分の腸なんて見てしまった日には、二度とソーセージは食べられないだろう。


そう自分のイメージに軽いめまいを覚えた後、俺はそっと布団をかけなおして寝なおすことにする。

今日からしばらくは……この状態の闘病生活が続きそうだ。

そう世話になるベッドによろしくなと冗談を零し、俺は誘われるまま再度夢の中へといざなわれる。

頼むから今度は、傷口が開かないような奴にしてくれよ俺。


                      ◆


「ふぅ」

相変わらず真っ白な雪月花の森の中、私こと冬月桜はいつもの日課である射撃の訓練を行う。

おそらく、もうゼペット戦で役目を終えたであろうこの日課であるが、それでもここまでやったのだから、続けておいて損は無いだろう。

それに楽しいし。


距離は大体五十メートルほど。

シンクンがいないため今日は通常の的であるが、私はその的をハンドガンで打ち抜いていく。

結果は最悪……ゼペット戦の二百メートル先の術式を打ち抜いたのが嘘のように、私の放った銃弾は的から逃げていく。

「……あれれ?」

この前まではきちんと当てることが出来てたのに……疲れてるのかな?

確かに、今日はやけにクローバーが重く感じるし、ついでに手も痺れているような気がする……。

「今日はもうこれくらいにしておこう」

マガジンを抜き取り、私はクローバーをホルスターに収納して、きびすを返す。


と。

「あれ?」

世界が揺れる。

侵食されていくみたいに、ゆがみだす世界。

平衡感覚はおろか、意識さえも保てなくなりそう。

「う……」

倒れそうになるのをすんでのところで押さえ込み、私はしばらくの間その場にしゃがみこむ。

「桜様!?」

となりで見ていたボディーガードの一人が、私を慌てて立ち上がらせて心配そうに顔を覗き込んでくるが、襲ってくる侵食は耳も眼もだめにしてしまっているようで。

私には怪物がもごもごと恐ろしい単語を言い放っているようにしか聞こえない。

「…………………はぁ……」

おさまった。

すこし激しい立ちくらみだったのだろうか。

「桜様?大丈夫ですか」

「……う。うん。ちょっと疲れてるみたい。もう帰って休むから……その、悪いけど片付けお願いしちゃっていい?」

いつもなら自分でやるのだが、今日ばかりは気分も悪い。

「え、あ、はい。お任せください……大丈夫でしょうか桜様?誰かお供をつけさせますか?」

「……あー大丈夫大丈夫。 軽い立ちくらみだよ……そんなに心配しないで」

「そうですか……では、お気をつけて。今はシンクもいないんですから、あまり無理をなさらないでください……あなたに何かがあったら、私達が殺されてしまいます」

ため息混じりにボディーガードはそう苦笑し、私もそれに笑い返してゆっくりと城へと戻った。

                    ■


「はぁ……休むとは言ったものの、やることがまだあるんだよねぇ」

城に戻り、とりあえず腰を落ち着けたのは談話室。

本当はベッドに寝転がってだらだらと干物女と行きたいところでは有るけれども……当主としての仕事がまだ片付いていない。

遺産配分は石田に任せているとはいえ、私の後任やこれからの企業方針……経営管理体制も磐石にしなきゃいけないし……何よりも現在手を伸ばしてるレアアース産業の完成も間近の状況でトップがすげ替わるのだ……今のうちから方針やら何やらを固めておかなければ、せっかく父が残していったものを私のせいで崩壊させることになってしまう。

「……まぁ、正式にはまだ当主じゃないんですけどねー」

そう考えるとやっぱり私はだらりとソファーに背中を預け、そのまま崩れるように横たわる。

はぁ、柔らかい感触が私を包み込み、体の疲労と精神の磨耗を回復していく。

「ふえー」

まだまだやらなければいけないことはあるのだけれども、まぁこうやってだらしなくお昼寝をする時間くらいはあるはずだ……


髪留めをとり、私は長い髪を無造作に広げながら、天井を仰ぎ見る。

薄暗い明かりを放つ照明は、まるで豆電球のようで、私の意識を揺らがせていき……私のまぶたはだんだんと重くなる。


世界はゆっくりとゆがんでいき、代わりに顔を覗かせるように私の脳内のイメージが視界をジャックしていく。

それは、楽しい楽しいパレードの幕開けであり、映画を見ながら同時に体も休まるなんていうすばらしいイベントに私はだんだんと見も心も委ね、欲望のままに体の力を少しずつ抜いていく。


……すぅ。

自分の吐息が、呼吸ではなく寝息に変わる音が聞こえ。


その中に、彼が現れる。


あぁ、そうだ……真紅は大怪我してまだ動けないんだ。

思考の邪魔をしようと、パレードは私の思考に割り込もうとするが、一度浮かんでしまった彼の顔を消すのは容易ではなく、逆に彼のイメージにパレードが侵食されていく。

……一人で寂しくないかな……おなかすいてないかな……。

そういえば、真紅ゼペット戦が終わってから何も食べてない。

「駄目だ」

夢には申し訳ないが途中退場をしてもらい、私は談話室で昼寝をするのを止めて、厨房へ向かうことにしたのだった。

                  ■


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