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第七章 目覚めると

白い光……薄い線が、視界を覆っていた黒いキャンパスの真ん中に走る。

「……ん」

その白はとてもまぶしくて、俺は小さく声を漏らして、反射的に目を閉じようとする。

と。

「ガッ!?」

いきなり俺の瞼を何者かが指でこじ開ける。

「捕まえたわ!!もう寝かさないわよ、深紅」

「い……いだだだだだだだ!?」

「そう何度も昏睡状態になんてさせないわよ!?少し眠いかもしれないだろうけど、このまま私たちを安心させてもらおうかしら!」

「み!?ミコトか!?その声!」

「えぇ!そうよ!」

「いつからお前そんなにアグレッシブになりやがった!?」

「うるさいわよ守護者さん、あなたのせいで、またお酒が飲まないと眠れなくてイライラしてるの!さっさと起きて!いや!起きなさい!」

そういって、ミコトは俺の上にかけられていた布団を引きはがす。

ひんやりとした空気が全身をくすぐり、俺は思わず瞳を見開く。

「まっぶ!?」

瞳孔が開きすぎて千切れるんじゃないかと心配になるほど開かれ、俺は瞳に走る痛いようなくすぐったいようなそんな感覚にベッドの上で悶える。

「ミコト……いきなり何しやがる!?」

「何って?それが守護者さんをず~っと看病してあげた私に言うセリフかしら?」

「む……」

ミコトの少しすねるような声色に、俺はまだ光の受け入れを拒否している目を手で隠しながら、ミコトの表情を見る。

「本当に冷や冷やしたのよ?守護者さん。全身打撲に始まって、首の動脈の断裂……右の肺がつぶれて、お前けに胃にはぽっかり穴が開いてたの……自分でも生きてるのが不思議じゃないかしら?」

……確かに、良く失血死をしなかったものだ。

コートの術式のおかげで自動的に止血が行われていたことを考えても、俺が生きていることは奇跡に近い。

「ってことは、俺は相当眠ってたことになるな……一体どれくらい眠ってた?」

「四日よ……その間あなたはず~っと生死の境をさまよってたの」

「……そうなのか」

言われて自分の体を少し確認してみると、確かにあちこちに包帯が巻かれている……。

「お前がずっと看病してくれてたのか?ミコト」

「まさか、そんなに体力はないしまだ守護者さんにそこまで心は奪われてないわ。三時間ごとに交代で看病してたの」

「……そうか」

「あらどうしたの?なんだか少し残念そうね?」

「そんな顔してたか?」

「えぇ、酷い顔」

むしろ俺にはミコトの方がいやらしく顔を歪ませてて酷い顔に見えるが。

「そうね。まあ誰を探してるのかくらいは守護者さんの眼を見れば分かるわよ、まるでご主人様を探す子犬みたい」

あ……こいつ楽しんでるな。

「おい……」

「えぇ、分かってますよ守護者さん。そんなに心配しなくたって、守ってもらっておいて自分だけがいつものように暮らすのは我慢ならないそうで、彼女だけはあなたの隣にず~っといてくれてるわよ。 ほら」

「む……」

なにやら腑に落ちないが、指の刺された方向を見る。

「……」

丁度床のあたり、白銀の髪をばらまいたかのように床に広げて、とんでもない寝相で眠る少女がいた。

「まずは真っ先に彼女にお礼をしてあげないとねぇ……守護者さん……」

楽しそうにミコトは笑いながら席を立ち、ニヤニヤと笑いながら兎の形をしたリンゴを口に放り込む。

「……はぁ」

そんなミコトから俺は視線を外し、どうしようもない桜にため息を一つ漏らす。

何をどうしたらこんな格好で眠ることになるのやら…。

ペンがあったら落書きをしてるところだ。

「……ふっ」

そんなことを内心で思いながら、ベッドからそっと桜の頬をなで、引っ付いた髪の毛を払う。

……。

「ありがとな、桜」

感謝の意を込めて、俺は桜にそう告げる。

と。

「ふえ!?」

不意に、桜が素っ頓狂な声を上げて目を開け。

「あ!?あああああぁ!?」

かと思ったらいきなり大声を上げて立ち上がり、ベッドの柱に頭を強打する。

「あう!?」

「おいおい、大丈夫か?」

「ってて……シンくん!!目が覚めたの!?」

「まぁ、おかげさまで」

「体の調子は大丈夫?まだどっか痛む?」

「いや……一応は……問題ない……が」

「…………………」

桜はその言葉を聞くとうつむいて……肩を震わせる。

「桜?……泣いて」

「良かったああああ!」

「おわぁ!?」

まるで猫のような跳躍力で、桜はツギハギだらけの俺に飛びかかり、当然何やら嫌な音を立てて俺は桜にベッドに押し倒される。

「真紅!真紅真紅!!」

「桜!?おい!?やめろ……き、傷が開くって!」

「ふふ、二人ともお盛んね」

「ミコト!?お前はそこで見てないで助けろ!」

「そんな、お二人の甘い一時を邪魔するほど、私は無粋じゃないわよ?」

本当に悪い笑みを浮かべて、ミコトは作り笑いのまま、リンゴを頬張っていく。

と。

「おい、今変な音したけど……何かあったの……」

「大丈夫かい!ミコトッち……って……あれ?」

示し合わせたかのように、長山とカザミネが部屋に到着し。

俺の顔を見るなり……固まる。

いや、ただ固まるだけならいいのだが。

「真紅」

「シンくん!」

その次の行動が、想像できてしまったのに動けないという恐怖が俺を襲う。

「おい、お前等……やめろ落ち着けっておい!」

『目が覚めたんだなああああ!』

予想通りの二人によるダイビングボディープレスにより、俺はまた意識を深海の奥まで潜らせる羽目になるのであった。

                      ◆

「ん……」

目を覚ますと、今度は桜がひとり。俺の手を握って困ったような表情をこちらに向けている。

「あ……真紅!!目が覚め!」

「!?ま、待て!また気絶は勘弁!」

「あ……うん……ごめん」

桜はしょんぼりとした表情をして、飛びかかるポーズをゆっくりと解除して、エサをねだる犬のようにベッドに顎を載せて、上目づかいで見上げてくる。

「……まだ痛い?」

「!?」

しいて言うならその反則的な行動で心臓が痛い。

「はぁ……大丈夫だ。それより、俺はどれくらい寝てた?」

「う~ん……五分くらいかな?」

「……そうか」

あんまり長い間眠っていたわけではないようだが、何故だろう。さっきよりやけに頭が重い」

「他の奴らは?」

「外で正座させてます。龍人君とカザミネがいると、真紅傷が開いて死んじゃうもん」

「……たしかお前にも飛びかかられた気がするんだが、あれは果たして俺が気絶していた五分間の間に見た夢だったのだろうか?」

「私はいいの!それとも何?……し……真紅は私より……ミコトやカザミネと一緒にいる方が……いいの?」

「え?」

「っ!?この朴念仁!」

「おわっ!?」

顔を赤くして、桜は俺の布団の中へと入ってくる。

……桜の暖かい肌の感触が、先ほどの強引な飛びつきとは違い、ゆっくりと浸透するように……俺の中へ溶け込んでくる。

「さくら?」

「……君は、寝てたからほんの一瞬にしか感じないかもしれないけど……私は、三日も君と会えなかったんだよ?」

ぎゅっと……桜の小さな手が、俺の頬に触れる。

「……桜、もしかして、寂しかったのか?」

「!?当たり前でしょ!!だ……大好きな人が何日も目を覚ましてくれないなんて!本当に、本当に寂しくてつらかったんだからね!!……ちょっと今から黒魔術でも勉強して、君を強制的に目覚めさせようかなとか考えちゃうくらい寂しかったんだよ!」

「……ふっ」

「何よもう!!怖かったんだから!」

「……大げさだな、お前は」

桜を抱きしめて、俺は自分の心臓の音を桜に聞かせるように……顔を胸の中に埋めさせる。

「……あ……ふぅ」

「どうだ?安心したか?絶対にお前を置いて行ったりなんてしない」

「……………うん、わかった」

桜は胸から顔を離して、本当に幸せそうな表情を向けた。


「……桜」

「さて、うん。きちんと三日分今のでチャージできたから……もういいや」

なんだ?……俺の体から天然ガスでもあふれてんのか?

いやだな、それ。

「それに……」

「?」

「……ずっと見られてる状態じゃ……やっぱり恥ずかしいし」

「え?」

扉に視線を向けると、小さくドアがぱたんと閉まった。


……視線に気づかなかった俺も悪いが、今のを見られてたのかと思うといきなり頭痛がしてくる。

「あいつら……」

「安心して……後でお仕置きしておくから」

……あ、怒ってる。

「明日からは動いて大丈夫ってカザミネ言ってたから、今日はゆっくりしてね……あ、でも……誰かが入ってきたとき眠ってると心配しちゃうから……できるだけ起きてて上げて」

じゃね、なんて手をふって、桜は静かに扉を閉める。

【ぎゃー!?桜ちゃん!ごめんなさい!ごめんなさーーーい!?】

【ご乱心っさ!桜ちゃんがご乱心っさああ!】

そのせいだろうか、そのあとに聞こえてきたいつもの心地よいバカ騒ぎが、扉越しだというのにとても大きく……懐かしく耳をくすぐった。

「あぁ、何だ」

結局は俺も、三日間あいつらに会えなくて寂しかったんじゃないか。


そんなことを思い、ついで訪れた自分らしくない思考にため息を漏らし、さっさと俺はベッドの上に倒れた。


桜に起きててと言われたが……悪いがこんだけ疲れてる状態で……それは、無理な話だ。


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