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第七章 正義の味方への花束


「……ん」

何かに運ばれる感触がして、俺はそっと瞳を開く。

サク……サク……サク。

何かを踏みしめているのだろうか……歩くたびにその足音は乾いた音を不規則に響かせている。

……あぁ、思い出した。俺は確か、ゼペットと戦って勝ったのだ……。

つまり俺を運んでいるのは長山であり、この音は雪を踏む音なのだ。

「……悪いな、長山」

殺すなと言う縛り付きで戦わせていたのに、俺を運ぶ体力があるとは頭が下がる。

何だか自分がどこか情けなく思えて、俺はそっと瞼を開け瞳はその光を受け入れる……と。

「!?まぶし……」

冬の雪の森に似つかわしくないような光が目に侵入し、俺はそのまま目をつぶる。

「おや、目が覚めました?深紅」

やけに丁寧な口調でやけに低い声が俺の耳に響く。

……おかしいな、長山って、こんなに声が低いわけないのだが、なのにその声は懐かしく俺の中に響き、そして安心感を与えてくれた。

「あ……つい?」

不意に俺の声がすぐそばで聞こえてくる。 どうやら無意識のうちに呟いた、いや、俺の声にしては少しばかり高い。

まるで子供のころに戻ったかのようなそんな感じがして、俺はそっと目を開けた。

「……ここは?」

あるのは一面の砂……俺がいた雪の白ではなく、砂の黄ばんだような白色が一面に広がっている。

そこでようやく、俺はこれが夢であることに気が付く。

この光景は覚えている。昔、親父が歩いて砂漠を横断しようとして、俺が途中で倒れておぶってもらったんだ。

「……ということは」

俺はふと気が付いて、視線を降ろすと。

「あ……親父」

そこには俺の父親、不知火真一がいた。

「おやじ?またゼペット君の影響ですね?まったく、あの子も親に似て口が悪いから」

「……あ、ご……ごめんなさい、父さん」

「ふふ、君は素直ないい子ですね、深紅」

ニコニコと笑いながら、父さんは背負っていた俺を一度背負い直す。

あぁ、本当に覚えている通りの大きな背中と温かさだ。

とても懐かしくて、俺は少しだけ強く、父さんの肩のコートを握る。

「……俺、どうしたんだ?」

「おや?覚えてないんですか?砂漠を横断中に疲れて君は倒れたんですよ」

「……其れは熱中症と言って、割と危ない状況なんじゃ」

「ははは、君も随分賢くなりましたね、大丈夫ですよ、こうして目を覚ましているんですから。しかし、徒歩で砂漠を横断するというのはいささか無理があったかなぁ」

「……それを子供に強要するなんて……」

「むぅ?今日は随分と食い掛かってきますね」

困ったような表情を俺に向けて、父さんはサクサクとさらに砂の上を歩き続けていく。

あぁ、やっと思い出した。 いっつも父さんはとんでもないことを実行しては、俺はそれに連れまわされていたんだっけ。

……今思えば、よく生き残ってこれたと思うよ……。

「いやぁ、それにしても熱いですねぇ。 では問題です!!どうしてこんなに暑いのでしょうか?」

「赤道直下のジャングルと違い、少し外れた乾いた土地だから雨も降らないし緑もない……だから熱いんだ」

「……深紅……君この暑さで脳が活性化でもされたかい?とても四歳の子供の返答とは思えないんだけど」

……あぁ……そういえば、この時の俺はお日様が出てるからって答えたんだっけ……。

まぁどうせ、夢なのだからどうでもいいか。

「……」

「何やらご機嫌ななめですね、何かあったんですか?」

父親は不思議そうな顔をして俺の顔をのぞきこんでくる。

その表情は、俺が記憶している姿よりも鮮明で、まるで何年も前にタイムスリップをしたかのようにも思える。

「……なぁ、父さん」

だから……。

「はい?」

「一つ聞いてもいいかな?」

俺は夢だと分かっていながら、その幻想に質問をした。

自分が追い求めたものの、誇張も風化もしていない、本当の姿を確かめるために。

「なんだい?深紅」

その笑顔は変わらず温かく、俺を背負うその背中は、記憶と寸分たがわず雄々しい。

正義の味方を絵にかいたようなその夢は、そう俺の名前を呼び、俺は少しだけむず痒い感触に表情をさらに硬くする。

どうやら先ほどから、久しぶりに見た父の影に緊張しているらしい。

「……」

「どうしたんだい?なんか聞きたいことがあるなら、なんでも言ってくれて構わないよ?」

「……父さん」

「ん?」

なんだろう。こんな質問に意味などないのに、だけどそんな言葉しか思い浮かばなかった。

「……俺は、正義の味方になれたかな?」

不安だった。

自分の行動、自分がしてきた正義。

誰かの命を踏み台に多くの命を救ってきた。

だがその代わりに、気が付けば……俺の背後は血で染まった。

仲間だと信頼してくれた友人を切り捨てたこともあった。 助けを求める子供の泣き声に耳を塞ぎ、死にかけた人間の伸ばす手に目をつむり、ひたすら人の命を救い続けた。

誰にも知られず、誰にも理解されず。

……俺はひたすらに……あなたを目指したのだ。

だけど。

「……どんなに救っても……父さんみたいに笑えないんだ」

そう……あなたはいつも笑っていた。

誰からも理解されず、裏切られ騙され続けながらも……あなたは変わらず笑い続けていた。

……それはきっと、どこかで間違っていたから……。

気づいていながら、その事実に目を向けたくなくて、ひたすらに正義を実行した。

もしかしたら……歪んでいく音が聞こえないくらい……。

……そんな答えが返ってくることは分かった。

これが俺の見ている夢なのだから、俺が理解していないことを言うはずがない。

……だから。

「……深紅、君は僕なんかよりもずっと……正義の味方だよ」

その言葉に俺は、耳を疑うしかなかった。

「え?」

「僕は、君が思っているような人間じゃないよ深紅。……正義なんてものはとてもあやふやで、それを貫けばとても笑顔でなんかいられない。自分が多くの命を救う反面、自分こそが多くの人間を殺している殺人鬼と言う矛盾を抱えるようになる。

……それは、行ってしまえば答えのない螺旋。

まじわることもなければ、互いに近づくこともない。

隣りあわせでも、顔を合わせることなんて出来ず、ただ反転するだけ」

俺は静かにうなずく。

「……だけどね深紅。正義は一つじゃないんだよ」

「……」

「自分が悪だと思っている行為も、見様によっては正義になりえる。大事なのは自分が貫きたい正義は何か?ってことなんだ」


父さんは優しい笑顔をこちらにむける。

そう……つまり。

「僕は、君の描く正義の味方ではないよ」

そういうことだったのだ。

「……僕はずっと、君を守っていた」


子供のころに夢見た父さんの姿は、笑顔の父さんはずっと俺の方を向いていた。


……それが、彼にとって大切なものだったから。

俺を守ることが、父さんにとっての正義だったから。

だから……人を救い続けるという仕事を続けながら……。


それでも彼は、笑っていた。

「正義の味方は、どこからともなく現れて、すべての人間を救い、知らない間に去っていく。だけど、それは不可能だから、必要最低限の人間を切り捨て、一人でも多くの命を救う。その妥協は月と太陽ぐらい離れていて、水面に映った月のように簡単に自分を壊す。つまり、それを自らの正義にすることは、人なんかじゃ無理なんだ」

だから……【正義】という概念を生み出し、多種多様な正義が生まれた。

「だから英雄には、それに見合うだけの花束が必要なんだよ」

父さんはそっと俺を背中から降ろして、俺の両肩をもってその表情を見せる。

「僕の花束は深紅……君なんだよ」

「……」

不意に、涙がこぼれた。

今まで枯れたと思っていたその涙は、止めようとしても決して止まることなく、唯ひたすらに零れ落ち続けた。

それは、亡き父の姿のせいか……背負った重荷を降ろせたからか……そんなもの分からなかったが。

俺は唯々、静かに泣き続けた。


「どうやら君も、花を見つけられたようだね。桜の花びらのように美しく、桜の木のように強い……そんな花を。 だったらもう悩むことはない、自分の信念を……いや、自分の思うままその正義を自分の魂の声のまま行動しなさい」

……たとえ、桜が村人の命を脅かす様なことになったとしても、彼女の命と世界中の人間を秤にかけなければいけなかったとしても。

……彼が、俺の命を守り抜いたように……。

大切な人を……守り抜こう。


「父さん……もう一度あなたにあえてよかった」

「あぁ……僕も君が息子であることを誇りに思う」


その言葉を一つ残すと、父さんは踵を返して遠ざかっていく。


本当は追いかけたかった。


だが静かに父さんに背を向けて、一歩を踏み出した。


間違ってなどいなかったのだ。

桜を守ることも、誰かを助けたいという気持ちも。

俺にとっては両方本物だから。

例え矛盾していたとしても、最後にそれが原因で自らの命が絶えたとしても……。



その選択をしたことに……後悔など存在しないのだから……。


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