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第六章 正義を終了する

はぁ……はぁ……はぁ……はぁ……」

襲い来る全ての刃を奪い、盗み取る技……奪刀術。 人のものを奪い、そして己の力にして逆転をする。

それこそがこの術の真骨頂であるが、いくらなんでも数が多すぎだ。

腕はボロボロであるし、体も寒さで感覚がない。

流れ出る血は景気良く俺の体温を下げていくし、昨日眠れなかったのも相まってか睡魔が俺に襲い掛かる。


「ランスロットならもっと華麗に危機を脱したのかねぇ」


 不知火深紅とかつて話した御伽噺を思い出しながら、俺は呼吸を整える。

 戦場で武器は選べない。 己の剣は折れ、丸腰であっても英雄は戦い続けなければならない。


 だからこそ、全ての武器を同じように使える人間に憧れる。


 そう、あいつが言ったから。 俺はその日から万物になった。

あいつはもう覚えてはいないだろうが、俺はお前を超えたくて、お前と並び立ちたくて……英雄になることを決めたのだ。


「生きてるな」


呼吸が少し落ち着いたところで、俺は眠りにつく少女を木にもたれ掛けさせてやる。

ここで横になったらそれこそ埋もれて凍死しかねない。


割と加減なしに一発入れたため、少女は意識を深く刈り取られているが、まぁ命に別状はなく、ついでに目立った外傷もない。


本当にこっちが勝利したのか疑問に思ってしまうほどだ。


「ったく……約束は守ったぜ?相棒」

まったく、真紅と桜ちゃんの影響か……俺も随分と甘くなった。

「あ~くそ……」

両腕の肉はそぎ落とされ、全身は刃で切り刻まれている。

「俺の方が重傷じゃねえか……」

血は止まりそうになく、術式も当然のことながら起動しない。

体はもういう事を聞かず、氷点下三十度の極寒の地で……半袖姿。

「我ながら……笑える死に方だよ、まったく」

苦笑を漏らしながら、俺は謝鈴とは反対側の木の幹にもたれかかり、ゆっくりと瞳を閉じる。

後悔はなく……ただ、心に刻んだ言葉を最後に復唱する。


「俺が英雄で……お前が正義……。俺は人の心を救い……お前は人の命を救う……だから、俺達二人が一緒に居れば……きっと」

――全部を救える。


「……全部救えよ……相棒」


我が友の勝利を確信しながらそう呟き……俺は、ゆっくりと呼吸を整える。

昨日寝不足だった分、ゆっくりと眠らせてもらうとしよう。

                  ◆

ゼペットに走った止めの一撃は、避けることも反応することも間に合わずに、ゼペットの体を切ろうと走った。


ゼペットにはその剣筋を見切ることは不可能であり、自分の身に危険が迫っていることさえも、彼は理解できていなかった。


だからこそ、不知火深紅の勝利は揺るぎないものであり……その刃はゼペットへと真っ直ぐ吸い込まれていった。


が。

「がはっ!?」

限界。

童子切安綱の浸食により、不知火深紅の体は限界を迎える。

走る刃の速度はわずかに落ちる。


「……惜しかったな、死帝よ」

そして、そのわずかな速度の下降は 決定的な敗北の原因となった。

「っ!?」

刃が止まる。

最後の最後で、ゼペットは不知火真紅の刃をその大剣で受け止め。

簡単にはじく。

「……終わりだ」

「―――――――――――ッ!?」

大剣の一撃……。それを深紅は胸に受け、血液を噴出させる。

誰が見てもその量は致死量であり、雑巾のように投げ出された深紅はピクリとも動かずに、雪の上に死んだように倒れる。

「……見事な刃だったが、天は我に見方をしたようだのぉ……」

「はぁ……はぁ……はぁ……」

その言葉に反応して、肉塊は呼吸を再開し始める。

生きてはいるが、もはや虫の息。 

腹部への一撃は深く入り、臓器の機能がほとんどを失っている。

「ふん」

だがゼペットはそれに向かい、さらに言葉を投げかけた。

「中途半端な覚悟で、正義を捨てようなどとするから、結局両方を失うのだ……愚か者が」

それは、深紅を戒めるような発言。

だが。

「ふ……っ」

死神は、そんな状況で一つ笑みを零した

「何がおかしい、己の愚かさが笑えてくるか?」

そうゼペットは零すが、深紅は返事の代わりに言葉を漏らす。

「……誰か……いないのに気付かないか?……ゼペット」

「……む?」

瞬間、ゼペットは周りを見る。

――冬月桜が……いない?

そう、先ほどまで確かにいたはずの冬月桜が……いない。

「なるほど……うまく逃がしたか。だが、それがどうした。 いずれにせよ……」

「逃げる? ……ゼペット。あいつが逃げないってことくらい……お前だって分かってるだろ?」

「……何が言いたい?」

「この勝負は……俺達の勝ちだ……」

「!?」

「act…!」

 瞬間……ゼペットの術式が、その意味を剥奪される。


                      ◆

「!!」

冬の森の中……一人雪に紛れて二人の戦いを見守る私は、その合図が現れたと同時に空間認識を開始する。


真紅が発動した術式は……ポイントマーカー。

ゼペットと繰り広げたあの打ち合いの時につけたポイントマーク……。

視認することの出来ない術式の光を放つだけのその術式は……私にのみ認識できる目印。


 ――ズキン……。

距離にして約三キロ……真紅が稼いでくれた距離……。

そこから私は、赤く光るマークと……。

              そこに光輝く、術式を視る。

――ズキン……。

眼が痛い……理解してはいけないものを見て、脳が拒絶反応を起こす。


壊れてしまいそうなほどの脳の駆動に、全身は強制的に見ることをやめさせようとする。

だが……。


    「そんなこと!知ったことかあああああ !!」

その先を……私は見る。


白に包まれた銀世界の森の中……見えるのは点として光る赤に……膨大に渦巻く緑色。


「目標視認……」

その場所を視認し、私は白銀のハンドガンを構える。


真紅から預かった、最高速の弾丸を射出する魔銃。

指定した座標から召喚され目標を穿つその術式は、その場所を視認。もしくは座標化できればいかなる場所にも召喚することが出来る。


だからこそ真紅は最初からサードアクトで戦い……。

私が戦闘に参加できないとゼペットに認識させるために、あんな臭い芝居まで演じて見せた……。


故に、この一撃はゼペットの予想も想像も及ばぬ闇からの一撃。


生きるため……当主としてこの村を守るため……そして何より、真紅と共に生きるため。

全ての思いを込め、私はその始動キーを口にする。


「セカンド!アクト!!!」

                     ◆

「!?なっ!!」

現れた魔弾は、避けることの出来ない最速の紫電。


認識された座標に現れる召喚陣は、まるで花火のような広がり方を見せ、そこに術式を描きだし、そこから薄い膜を破るように……銃弾は一つゼペットへと走る。


その一撃を、ゼペットはその身に受けてなお理解をすることは出来ず。

その身は鉛の感触を肩に受け入れる。

「っ!っぐうあ!」


防護術式を打ち抜き、音もなくゼペットの肩は風穴を開け、遅れて銃声が響き渡る。


だが、それで終わりではない。


続いて現れる陣は五つ。 ゼペットを取り囲むようにして現れたその陣は、先ほどと変わらず、意志があるようにゼペットを穿つ。

走る弾丸は初弾に次ぎ、計五発。

その五発すべてが紫電を纏い、閃光を走らせる。


走る軌跡は点であり……防ぐことは困難。

「っ!小癪な!」

だが、それでもゼペットはその全てをギリギリのラインで回避する。


突き抜ける弾丸は四発……体を捻って心臓、頭、腹部を狙った弾丸をそらし、最後に放たれた左目の死角を捉えた一撃をゴルディオス・レプリカで防ぎきる。


「残念だったなぁ!万策尽きたと言った所か!」

遅れて走る残響を背に、ゼペットはそのまま倒れた深紅へと向かう……が。

「そうでもないさ」

不知火深紅は勝利を確信し、笑みを零す。


「!?」


刹那。

ゼペットの術式が、全機能を停止させる。

「なっ!?」

深紅が行った術式と術式の衝突による一時的な破壊ではなく。

ゼペットの鎧から、ゴルディオスレプリカの術式でさえも、術式の持つ意味を剥奪され、発動自体が不可能となっている。

「チェックメイトだ……人形師」

そう、冬月桜はゼペットに向かって銃弾を放ったのではなく。


ゼペットにかかっている術式に向かい、銃弾を放ったのだ。

「これは……先天性異常の……まさか、あの娘!?」


ゼペットは知っていた。冬月桜が何か策を弄していると……。

しかし、侮っていた。

戦いを知らない小娘一人に、覇王である自分が揺るぐことはないと。

しかし、その慢心と、冬月桜に……ゼペットは間違いなく敗北した。

「ぐっ!?」

ゼペットの術式は起動せず、反応も驚愕さえも間に合うはずも無く……。

「!?」

ただただ覇王は目前の死神をその目に映すことしか出来なかった。

                      

その姿は既に死に体。


生きているだけでも、形を保っているだけでも不思議だというその死神は、虫の息でありながら立ち上がり。

「っはああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」

猛然とゼペットへと切りかかった。


そこにあるのは覚悟、今彼を動かしているのはもはやその覚悟のみ。

全身の壊れる音を聞きながら。

 何かが剥がれ落ちる音を聞きながら。

   何かが断ち切れる感触をその身に感じながら。


それでも、守護者は迷わず、刃を振るう。

「っくあああ!」

術式も何もない、唯の鉄の塊をゼペットはカウンターに合わせ振りおろし。

「!!」

其れを巻き込み、不知火深紅は全てを両断する……。


                   一閃。


斬撃音と衝撃が両者を襲い……そして無音が訪れる。


「……はっ……ただ散るだけの桜と思いきや、随分と鋭い棘を持っていた用だのぉ」

無言の間が数秒続き、ゼペットはそう一言を渡し。

「……あぁ、俺が認めた女だ」

深紅は刃を鞘へと納める。

「なるほどのぉ……敵わんわけだ」

漏れる苦笑はどこか清々しく……ゼペットはゆっくりとその瞼を閉じる。

                  

大きくえぐり取られた肩口からあふれ出る血液が噴水のようにあふれ出す。


其れは、死神の勝利を告げていた。



「見事也」

どこか満足そうな笑みを零して倒れ、覇王の侵略は終了する。


唯ひたすらに理想郷を目指し走り続けたことへの後悔はなく、自らの行いが間違っていたとも思うことはない。

ただ此度は、侵略をするには少しばかり美し過ぎただけ。

目が覚めれば、また英雄は走り続ける。 かのイスカンダルがそうであったように。

民の為、何より己の夢の為……覇王はまた、世界への反逆を続ける。

響く音は世界の果てに響く潮騒に似た、家族の笑い声。

目指した場所は覇王が築いた、誰もが瞳を輝かせたあの世界。

止まることなどありえない……止まるのは自らが果てる時……。

そして己が果てるのは……反逆が終了するとき。

そう胸に今一度誓いを立てて……覇王・ジスバルク・ゼペットは雪の上に倒れた。



「……正義を……終了する」

その姿を見送り……死神もまた安堵の表情をもらし、自然と言葉を漏らしたのち、雪の上に倒れる。

背負った父の記憶を残したまま……。

正義の味方を続けることを……この時をもって、不知火深紅は終了する。

そこに、後悔があったわけではない。 己の正義が間違っていたわけではない。

ただ、その正義よりも大切で。誰の命よりも重い少女を守りたいと思っただけ。

だから…不知火深紅は 「正義」を捨てた。

自らが、過ちを続けても守りたいと思えるほど……大切な少女の為に。

不知火深紅は……悪になった。


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